401:森のようせいさん
東の大門を抜けた氷狐王は、岩場地帯を走り抜ける。ゴツゴツした十メートルの巨石から、数十センチのものまで様々だ。
それを器用に飛び跳ね、粉砕し、氷で道を作りながら最速で駆け抜ける。嵐影ならスマートにもっと早く駆け抜けただろうが、氷狐王としてはこれが最善だった。
その走破力は人間なら耐えることが難しいだろう。だがそれを可能としたのが、人ではないこの三人である。
『もぅ、流様ぁ。話して通してもらえばよかったのに』
「そうですわ。おかげで指名手配犯ものですわよ。どうしてあんな強引な方法で?」
「どうしても、やらなければならない理由がある……」
「「『どうして?』」」
「一秒でも早いほうが、生存率も上がるだろう? それにこれが一番大事だ。助けに行く感を演出したかったから!」
ガクリと肩を落とす二人。ただ一人は「完璧すぎますぅ!!」と歓喜していたが……。
やがて岩場群を抜けると草原が広がる。その奥に鬱蒼と茂った森が見える。
「イルミス。あれが例の森か?」
「いえ、あの森の奥にあるもう一つの森が目的地、『蜜熊の宴会場』ですわ。この速さなら……あとニ時間もかからないくらいですわ」
「結構遠いな。その宴会場ってなんだ? はちみつで宴会でもしてんのかよ」
「ええ、そのまんまの意味ですわ。ま、行けばわかりますわ」
『なんだか可愛らしいね』
「響きだけはそうだよなぁ。どんな熊さんが出てくるのか楽しみですね」
流は腕時計を確認しつつ、森を見つめる。現在の天気はいいが、遠くの山には雲がかかり始めている。どうやら天気が下り坂になるのかもしれない。
(雨雲か? 面倒だな……急がねぇとな)
黒い雲を見つめながら、流は森へと突入するのだった。
◇◇◇
「みつけたゾ! ほら、あそこが蜜熊の宴会場だゾ!」
「ちょ、ちょっと。大きな声出さないでくださいよ。見つかったら事ですぜ?」
鬱蒼としげった森を抜け、湖に囲まれた一角にそれはあった。
周りの森よりも木々は明るく、まるで新緑が目覚めたばかりのようなフレッシュな黄緑色。
美しく周りの湖と調和がとれた美しい光景に、褐色の肌の少女、シーラは歓声をあげる。
褐色の肌によくあう金髪は、肩にかかるほどであり、そのクリっとした黒い瞳は楽しげに森を見つめる。
美しい顔が可愛らしく見えるくらい、よほど嬉しいのか今にも踊りだしそうだ。
その服装はこの湖によくあうような、露出度の高い白のアラビアンスタイルの服装に身を包む。
「昨日も森へ入る前のキャンプ地で、ひどい目にあったばかりだろ?」
「ん? ごめん。あまりにも美しい光景につい叫んだゾ」
「ハァ~カンベンしてくださいよ。これで何度目だと思ってるですかい?」
「そうだぜ嬢ちゃん。アンタは依頼主だが、俺らの命が最優先だ。不注意はこれっきりにしてくれよな?」
「ぉ、ぉぅ。すまなかったんだゾ。大丈夫だゾ! ぼくの魔法があれば、蜜熊なんて一撃だゾ!」
「だから叫ぶなつーの。ホントに頼むぜ? ったく、とんだ依頼主だな」
冒険者たちはシーラの奔放さに振り回されながらここまで来た。たしかにシーラの魔法の威力は凄く、森にいたゴブリンやオーク。それに猿型の魔物、ロジャを駆逐した。
だがあまりにも魔法を使いすぎ、すこし休憩が必要との事で蜜熊の宴会場を目前に控え休憩中である。
「もぅ早く行くんだゾ」
「アンタが考えなく魔法ぶっぱなすから、今こうして休んでいるのだがね?」
「そ、そうかも知れないんだゾ。うん、仕方ないからもう少し休んでから行くんだゾ」
「ったく……先が思いやられるぜ……」
冒険者たちは油断なく森を警戒する。そして鼻歌を歌いながら、奥の美しい森を見ている少女に、冒険者たちは嘆息するのだった。
◇◇◇
その頃、流たち一行は森の中程までに到達する。遠くからこちらを伺うゴブリン等がいたが、氷狐王を見て一目散に逃げ出す。
どうやら身の程はわきまえているようだ。しかし……。
『何だと思います?』
「バカなんじゃありませんこと?」
「バカなんだろうなぁ~」
「我を恐れぬとは、見どころのあるバカです」
「不遜……八つ裂き確定です」
Lはそう言うと氷狐王の背から勢いよく飛び上がり、目の前の巨体へと宝槍・白で斬りかかる。
その勢いは目の前の巨体を真っ二つにしたと思ったが、突如現れた巨大な棍棒でそれを弾かれてしまう。
マジックショーのように現れた棍棒に、Lは「チッ」と一言吐き捨てると、巨体を睨みつける。
その巨体はトロールと呼ばれる魔物で、森に生息するタイプのものだった。
身長は四メートルほどで、全身から草が生い茂り、顔は人のそのものだ。その不気味さが異様で、ヒゲ顔の男は不思議な言葉で唸る。
「ルヴヴヴヴヴヴテ!!」
「気持ち悪いなぁ。イルミス、あれはなんだ?」
「トロールの上位種ですわ。棍棒を召喚しましたでしょ? あれは魔法をつかえる希少種ですわ」
「希少種かぁ……そう聞くと、コレクターの性として見逃してあげたい」
「なんですのそれは。まぁ、人間を見つけたら食べるような魔物ですので、駆逐するのをオススメしますわ」
「うん、L。倒しておしまいなさい!」
「ハイ! マイ・マスターのおおせのままにぃぃ」
Lはトロールの足を槍で払う。だが、トロールはそれを予想していたように飛び上がると、槍を飛び上がり躱す。
そのまま上部から棍棒でLを打ち下ろし潰す! 一瞬流たちもドキリとする。なぜなら……。
「ばっかじゃないの? 見くびらないでほしいねぇ。あたしをそんな棒きれ一つで、どうこうなるとでも思ったのか、ばーっか!!」
Lは自分の背丈もほどもある、マンガ肉のような棍棒を槍で受け止めると、そのまま払いのける。
さらにトロールのデップリとした腹へと蹴りをいれ吹き飛ばすのだった。




