003:古廻流、ヤバイ骨董と出会う
「〆:まぁまぁ、そこはサービスと申しますか、記入するお手間を取らせては申し訳ありませんので先に記載しておきました」
「そう言う意味じゃなくてな、なぜ名前や夢が分かるのかって事だよ! はぁ~、まぁいい。どうせ妖怪屋敷の事だから怪しげな妖術の類か何かだと思っておくさ」
するとメモ用紙の文字なのに、何故か〝ムッ〟とした怒った感情が伝わってくるような感じで書きなぐられた。
「〆:妖怪屋敷と一緒にしないでいただきたいですね! もう一度言いますが、ここは由緒正しき『異怪骨董やさん』なのですからね!」
「怪が入っていますが分かりましたよ~はいはい、分かりましたよ~っと」
「〆:……反省が全く感じられませんが良いでしょう。では最後の空欄へ『素晴らしい人生と義務の遂行を』と書いてください」
何処かで聞いたことがあるような台詞に一瞬考えると、それを思い出す。
「なんだそりゃ? あれか、ノブリスオブリージュみたいだな」
「〆:そんな感じですかね、素晴らしい人生を選択出来れば自ずと義務が生まれます、それを遂行していただきたいと言う先人の願い……ですかね」
「ふむ、まぁいい。どうせ書かないとあちらの世界には行けないのだろう?」
「〆:その通りです。鍵……いえ、一般的な言い方ですと鉾鈴にそのような条件で異世界への滞在が解放されると聞いて居ます。行けても時間制限があるので戻る事になり、結果活動に制限が掛かってしまいますからね」
「よく分からんが、常識の範囲内で楽しんで来るよ」
流は羽ペンを取ると、指定された文字を書き始める。普通ここは署名するんじゃない? と思いながら。
すると一瞬用紙が青く光ると、そのまま元に戻り普通の紙となる。
「ほら、書いたぞ。後はどうすればいいんだ?」
「〆:ありがとうございます。ふぅ~これで一安心ですね。お帰りになられたらどうしようかと思っておりました」
「は? ●を押して契約したから帰れないのだろう? どんなに入口の戸を引いても一ミリも開かなかったぞ?」
何か聞き捨てならない事を言っているメモ用紙に、流はジト目で反応する。
それが気になったのか、〆はひな人形の折紙になり話し出す。
「〆:よく言うじゃないですか、押してダメなら引いてみろと。だから『普通には帰れません』と申したのです。ですので、あの引き戸を押してみれば開いたと思いますよ? 私の能力では入口の封印も解除も不可能ですが、固定観念さえ打ち払えば、古廻様なら押せば開いたと確信しています。因みにこの情報は古廻様が本契約をなされたのでお伝えが可能となりました、決して教えなかった訳ではありませんよ?」
それに一瞬唖然としながらも、沸きあがる悔しさに〝ぐぬぅ〟とする流。
「ぐぬぬぬぬぬ……。でもあれだろう、例えば『押せ!』とか関係の無い所に書いておく事とか可能だろう?」
「〆:流石に頭が回りますね、はい。可能ですね」
「やっぱり! じゃあそれで、教えてくれれば良かったじゃないか?」
「〆:それはあれです。何故って『聞かれませんでした』からね♪」
折紙くせに、両手を器用に上に向け肩をすくめる。
そのあまりの言い様に唖然とした後、怒りが沸騰するお湯のように沸きあがる。
「こ…………この、性悪妖怪屋敷がああああああ!!!!!!」
「〆:ム、失礼な。まあ、とにかく固定観念は捨てるべきですね、これからの人生においてはそれがとても重要です」
「ぐぬぅぅぅ、なんと言う痛い代償だ」
あまりの〆の言い様に、怒りを通り越して呆れる。
だがよくよく考えて見ると、流にとってこの状況は悪い話ではなかった。
(とは言え、予定とは大幅に違うが骨董屋を開けるなんて夢のようだ……しかも元手は無し! もしかしてこれは最高か?)
自分の元の生活がある意味元手なのだが、流にとってはソレはどうでもいい事であった。
両親は起業家で海外で生活しているし、兄や姉は家を出ている。そして祖父は気ままな一人世界旅行の最中で、二年も会っていない。
家に一人しか居ない流は、実にお気楽な次男坊なのであった。
「時に、お前の名前の『〆:』に何か意味が?」
「〆:はて? SNS等でも名前やアイコンの後に文字を打つでしょう? 常識を知らないのですか?」
「お前に常識を問われると軽く凹むんですがね? それと今までの口ぶりではお前、いや〆はここの主ではないんだろう? 主はいつ戻るんだ?」
「〆:そうですね……。そのうち……と、だけお伝えします」
主にはそのうち必ず会えると言う予感がしたのと、これ以上今は聞いても答えないだろうと、なぜか心が騒めくのでこれ以上は聞かない事とする。
「……そうか。それと最後に一つ聞かせてくれ。なぜ俺が選ばれ――いや、呼ばれたんだ?」
「〆:本当によくお分かりになりますね……。現代では希薄な価値観ですが、古来より日本には物を大事にする文化が特に強くありました。そして大事にされた物には魂が宿るとされています。この店にある品の中にはそう言った特殊な品が存在します。人はそれを『付喪神』と言い、最近では九十九神とも言います。その中の一つである神事の道具であるのが古廻様が持つ物です」
流はその手に持っている鉾鈴を〆に向けて問う。
「つまりこの鉾鈴に呼ばれたと?」
「〆:はい、その通りです。なぜかは私には分かりかねますが、結果的にここに居ると言う事が全てだと思います」
しばらく無言で考え込みながら、右手に持った鉾鈴をじっと見つめる。
何も反応は無いが、妙な存在感と、そこから溢れる力のような物が自分へと流れて来るのを感じた。
(鉾鈴は俺に何をさせたいんだ? いずれ分かるか……)
「そうか、分かった。じゃあそろそろ行ってみるか。あ! そうだ。また障子戸潜り抜ける時、視覚と聴覚がやられるのか? あれは本当に酷かったぞ? 目と耳が潰れたかと思う程酷かったからな。大佐の苦労が初めて分かったよ……」
「〆:あ~あれはサービスですよ、サービス」
「マテ、目が潰れそうになったんだが?」
「〆:人生油断してはいけないと言う教訓を学んでもらったんですよ? ほら、だから今、現在、ここで油断無く質問をしてるじゃないですか。人は成長する生き物なんですからね。ふふん」
実に得意げに言い切る〆を破り捨て、その後焼却したい衝動を抑え流は核心をつく。
「で、本当の所は?」
「〆:過剰な演出で見てると面し……コホン。感動を味わっていただけたらぁ~って感じです?」
「キサマー! 今すぐ破り捨ててやるわ!!!!」
「〆:暴力反対! でも止めた方がいいですよ、一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚になるだけですからね」
「お前はガマの薬売りかよ……」
(〆:本当は最初の解放は資格者が通る時に受ける洗礼のような物で、『門』に資格無しと判断されると、裁断されて元の世界にばら撒かれるんですけどね)
「たく、お前と居ると驚すぎて老け込んだ挙句、老衰で死にそうなるよ。さて、これ以上精神的に爺さんになる前に旅立つとしますかね」
長い溜息を吐いた後、椅子から立ち上がる流に〆は思い出したように話す。
「〆:あ、お待ちください! 門の解放記念として、そちらの刀『悲恋美琴』をお持ちください」
背後の棚に〝コトリ〟と、何かが置かれた音がしたので振り返るとソレと逢った。