392:天を穿つ瞳
「それでなぜイルミスは、ザガームを生かしておいたんだ?」
「何でしょうか。今思えば不思議な事ばかりですわ。ただ……あの子は一言『生きたかった』と言ったのです。それでらしくもなく、魔法師の道へと導いてしまった」
「なるほど。そして国へ仕えるようにしたわけか」
「ええ、国の囲い者となれば、他国もおいそれと手出しできない。だからこそ、国に絶対の忠誠を植え付けることによって、王家の忠実な家臣となるのですわ」
そこまでの天才なら、確かにそうなのだろうと考える。ましては自分の部下すら、実験に使い皆殺しにする男だ。全てを欺くことなど容易いだろう。
「だがイルミス。ザガームは人間だろう? いったいどうやって延命しているんだ? しかも二十代半ば頃のまま」
「それも魔法で解決したと言っていましたわ。逆行魔法……とでも言いますか、一定の魔力が貯れば、起点となる時間まで体を修復できる、と」
「ちょっとまて。するとザガームにトドメを刺したのに、生きていると言うことは」
「ええそうでわね。その魔法を使ったはずですわ」
「ズルイだろう、それ」
イルミスはその事に苦笑い気味に頷くと、流にその魔法の欠点を話す。
「ですが万能でもありませんわ。あの魔法、「リィ・ユニバース」はあの子のオリジナルスペル。その回数は、あの子の魔力量に依存していますわ」
「つまり、あの死に戻りは回数制限があると?」
「ええ。その魔力量はどれほどかは分かりませんが、それが尽きれば……あの子は死ぬ」
「そうか。貴重な情報をありがとよ。正直もう先生とは戦うのはゴメンだが、状況はそうも言っていられないようだからな」
「あの子は本当に恐ろしい子。流……決して油断なく、自分より上手だと思って、慎重に対峙してほしいのですわ」
流は「あぁ」と一度頷くと、ザガームがいるであろう方向を睨む。
山間部より昇る朝日が刺すような光と、抵抗するようにしがみつく闇との境を、あぶり出す。
やがて闇の抵抗も虚しく、光は大地に満ち溢れるのだった。
◇◇◇
「う゛ぇっくしょいッ!! あ゛~呑みたりねぇ。中途半端に呑むと風邪っぽくなる。ったく、安酒はダメだねぇ~」
「ちょいとアンタ! その安酒を散々かっ喰らって、今まで寝ていたのを忘れたかい!? ほら、さっさとツケを稼いでおくれ!!」
「っぅ~。朝っぱらから大声出すなよ。ちゃんとガンバリマスよ~ヘイヘイ」
「ハイは一度でいいんだよ! ほら、そろそろ朝飯を食べにお客が来るよ。早くおしよ!」
「へいへい……。あぁ~、それにしても朝日ってのは気が滅入る。ど~してこうも光ってのは眩しいのかねぇ」
ここは王都にほど近い場所。通称「屋台村」と呼ばれる、観光客を相手に発展した場所だ。
名の通り屋台や店屋が二十四時間稼働し、訪れた客に食と快楽を提供する。
その村の大通りに面した広場に、古いが清掃の行き届いた、このあたりでも有名な店があった。
そこは飲食ができ宿もとれ、娘をあげて宴会とその後。こみこみで価格も安く旅人には好評だ。
木造二階建ての店は意外と広く、一階の長椅子で田酔し寝ていた男は寒さで目覚める。
その一癖ありそうな男の顔つきは、右目で狩人のよう天をみつめ、左目は「楽」と一字刻まれた黒い眼帯があった。
ゾリっとした無精髭を生やした男は、目覚めたと同時に恰幅のいいおかみに尻を叩かれる。
男はおもむろに紫色の生地に黒い竜が描かれている、シワの入った着物を伸ばす。
シワが伸びた事で、こころなしか竜も気持ちよさそうに見えるが、気のせいだろうか。
男はやれやれと乱れたザンバラ髪を結い直し、東方で流行りの髪型であるマゲに仕立て、黄色い太陽を睨みつけるように悪態をつく。
「日は昇り、そしてまた沈む……今回はどこまでお天道様は昇るのかねぇ」
「ちょっと早くおしよ! お客様が来たよ!」
「へいへい。いらっしゃいまぁ~せぇ~! オンボロ宿へよ~こそ。飯だけはウンマイよ~」
男は明るい笑顔でお客を迎える。妙に白いたすき掛けが似合っており、あちこちで似たような事をしてたのがよく分かる行動だった。
◇◇◇
その頃エルヴィスの案内により王家の天領へと到着する。途中でLがザガームと遭遇した場所を検分したが、特になんの痕跡も見つからず、エルヴィスの祖父がいる場所へと向かう。
現在進む森は緑が濃く、朝日が昇ったはずだが薄暗いままだ。その森を氷のバケモノが疾走する。
「このまま進めば最後の町がある。名はアルマーク」
「アルマーク? それってお前のところの町って事か?」
「ああそうだ。アルマークは全ての税制が免除されている特区であり、祖父が興した町でもある」
「日本にもそんな場所があったなぁ。まぁ税は同じだと思ったが……で、そのお前ちの町。今度こそ平和に通過出来るんだろうな?」
「それは私の台詞だね。ナガレ、お前がいなければ平和に通過できると思うが?」
「おいおい言い過ぎだろう? 本当の事だけに何も言えねぇがな」
笑い合う二人を優しく見つめる美琴。この薄暗い森を抜けた先に、何が待っているかと思うと少し不安であった。




