038:ダメっ魔界令嬢が生まれる日
「フム。こう言っては何だが、流様はあの業を中伝まで納められたとの事だが、未だに未熟。しかも『鍵鈴の印』はまだ発現されておられない。このままではいささか不安ではあるし、主としてまだ未熟」
「壱:あ、馬鹿や……」
壱がそう呟くが早いか、〆の殺気が形になる密度の妖力を壱と参に放つ。
「フゥッ!? お、落ち着つくのだ、妹よ! わ、悪気があって言った訳じゃない、寧ろ心配をしてだな」
「壱:ちょーま!? 何で僕まで巻き込むん!? 何も言ってないやんか!!」
「いくら良い出来の兄とは言え、流れ様に対する暴言は許しませんよ? 愚兄は存在自体がすでに『やらかしている』ので問題ありません」
「壱:なんでやねん!!」
参は額の汗を拭いながら〆に苦言を呈す。
「ふぅ……妹よ、いささか過保護では無いのかな? 事実を認めなければ、それこそ流様の身が危うい」
「……分かっていますよ。それでは参は流様に付いて行って、あちらでのサポートをなさい。具体的には屋敷の防衛施設としての拠点化と、執事としてね」
「フム。ここで流様と憚り者が接触したと言う事は、やがて来ると思っているのだろう?」
「ええ、残念ながら……出来れば流様には、あちらで自由を満喫していただけたら良かったのですが、今日の事を思うとやはり難しいかと」
〆は出来れば流が異世界で自由に生きて欲しかった。そして何時か外界へ戻る事になっても、たまに帰ってきて、自分達に無事な姿を見せてくれればそれでいいと。
三兄妹は代々の古廻家の当主に仕えて来た。それはこの「異怪骨董やさん」の守護者としての役割は無論、新たな古廻家の当主を育て導くために。
そして、数百年閉ざされた異界との道を開ける「古廻の者」が現れるまで、悠久の時を静かに待って居たのだった。
そしてついにその願いを叶える一人の男が現れる。
これまで如何様にしても異超門は開かず、異世界へ残した「悔い」を取り除く事が出来るかもしれないチャンスに恵まれた。
だが〆を始め、今居る三兄妹はそれを強要するつもりは無かった。
ただ流が異世界を楽しみ、それに満足したら店の入り口の扉は開くのだと知っていたから楽観視していた。
そう、これまで「古廻家の者に仇なす存在」は、あの時を境に消え失せたのだから。
だから「もうあの仇成す物は滅んだのかもしれない」と思ってしまった。
しかしそんな些細な願いも『憚り者』がまたしても奪って行ってしまった事に、〆は無論、壱も参も内心穏やかでは居られなかった。
「フム。執事の件は承った。やはり鉾鈴が流様を呼んだのは、憚り者が動き出したからと考えるべきだろう」
「壱:せやな、僕としては流様には楽しくやって欲しかったんやが、こうなっては仕方ないわ」
「では壱の情報通りならば、ダンジョンにあの二人が居るはずです。早急に『討伐』して流様のお力になりなさい」
「壱:ちょ、待ちぃな。僕らが討伐するんかいな?」
「それが何か? ……燃やしますよ?」
恐ろしい事をさらっと言う〆に、流石の壱も言葉を失い丸投げする。
「壱:……なんか言うたれ、参」
「フム。妹は流様の事となると、いささかダメな娘になるのだと初めて知ったよ。おっと! そう睨むな。まあ、確かに我らで向かえば話は早かろう。しかし現状では、どうしても『鍵鈴の印』を流様が手に入れなくていけない状況になったのは分かるな?」
〆は「ふぅ~」とため息を吐くと、それに同意する。
「私を馬鹿な子呼ばわりは解せませんが、まあ『解せませんが』それは分かっていますよ。ただ……少しでもご苦労をお掛けしたく無かっただけですよ。それに忌々しい『理』がありますしね」
大事な事だからと、二度言った〆に二人は冷や汗を流す。
その後、今後の打ち合わせをしながら時間は過ぎて行った。
途中因幡が何度か様子を見に来たが、状態は変わらず、流が目覚める時まで、三人は傍に控えていたのだった。
◇◇◇
(んあ……ここはどこだ? 夢……なのか?)
流は『憚り者』の妖力にあてられて気絶をした後、不思議な空間に来ていた。
周囲は厚い霧に覆われているが、どこか懐かしい滝や、川。そして岩山や大木が鬱蒼と茂る森がそこに広がっていた。
(でもここは見たことがあるぞ……あ! 思い出した、昔ジジイと修行した場所だ!!)
そう流が独り言ちると、突然頭上に激痛が走る。
後ろを見るとそこには、六十代ほどの白髪の老人が居た。
その男は眼光鋭く、口ひげを綺麗に整え、六十代とは思えない体つきをしている。
「馬鹿者が!! 誰がジジイじゃ!! この大馬鹿者め!! 御爺様と呼ばんか!!」
(なッ!? ジジイ! どうしてここに――アイダッ)
またゲンコツが降って来るのを、流は避ける事も出来ずに食らってしまう。
「こん未熟者めが、だから大馬鹿者と言うんじゃ。しかし流よ、ここに来たと言う事は、おんし……得体のしれない化け物と遭うたな?」
(そ、そうなんだよ! ジジ――御爺様は知ってるのか? 今俺が何処にいるか、何をしているかって事も?)
「まあ、ある程度はな。おんし異界骨董屋さんにおるのだろう? そして…………門を超えた、か」
そう言うと流の祖父は天を仰ぐ。その眼には涙が溜まっており、堪え切れずにその瞳から決壊する。
(ジ、御爺様、どうしたんだよ!? え? これが噂に聞く鬼の霍乱ってや――アイダッ)
「馬鹿者め。そんなんだから未熟なのじゃよ……」
そう言うと祖父は流れを抱きしめる。
(な!? どうしたってんだよ、御爺様?)
「黙っとれい。流よ、これから話す事を良く聞いておくれ」
そう言うと祖父は、流の横にある石の上に腰を落とす。
「まず何処から話した物か……。よいか、今から話す事は全て真実。そしてこれから予測する事も夢、幻ではない」
(何だか仰々しいな……それ程、か)
「そうだ。以前我らの祖先の事を話した事があったな?」
(ああ、武門の出だとか何とかってやつだろ)
「うむ、その一族の名を『鍵鈴の一族』と言う。家として滅んだのは今から三百年ほど前じゃが、わし等がその子孫になる」
その言葉を聞いた流は、背中に嫌な汗が噴き出る。
(まさか……その滅ぼした奴ってのがあの化け物か?)
「そうじゃ、だからお前はここに来た。ここの空間は、わしがお前の心の領域に特別にこさえた物での。万が一あの化け物に遭うた時に精神がやられんように細工をしとったんじゃよ。あやつは精神から蝕んでくるからのう」
(オイオイ、人の心に何してくれてんだよ!? まぁお陰で助かったけどな。なあ、御爺様。何で俺だけに剣術を仕込んだんだ? 親父もアニキも誰も教えてもらってないのに)
昔同じことを聞いた流だったが、祖父は教えてくれなかった。だが今なら聞けると思った流はもう一度問う。
「ふむ、一言で言えば才能……かの」
(また曖昧な~)
「いやいや、これは本心からじゃよ。おんしは異超門の向こう側を見たのだろう? わしは……いや、最後の鍵鈴の者以外で、歴代の古廻の者は誰一人として潜った者はおらなんだ」
(そうなのか? とても簡単に開いたぞ?)
「ワハハハ! それこそが才能と言うやつよ。〆の奴がいかようにしても開いた者は誰も居ない、それは何故か分かるか?」
流は黙って首を左右に振る。
「まずあの骨董屋を見つける事が出来ると言うのが最初の難関だ。次に異超門を開ける鍵、つまり鉾鈴に『選ばれる』事じゃな。最後はまぁ、わしら古廻の血だ。特に最初の難関である、異怪骨董やさんを見つける条件として『骨董品が好きかどうか』と言うのがある」
流は思い出してみる、自分が骨董を好きになった原因を。そしてそれに拍車をかける祖父達「六郎爺さんや他の骨董仲間」が流をその世界に誘った事を。
(ちょっと待てクソジジイ! やっぱりあんたのせいじゃないか! くそ~ 骨董好きにならなければこんな命の危機もなかったってのか? ……いや、骨董は素晴らしい! ジジイにはムカツクが、ここは素直に感謝しとこ――アイダッ)
「馬鹿者め、心の声はここでは駄々洩れだと何故気が付かない。ほんに愚かよ」
拳骨を頭に直撃されながら言われてみれば、ここでの会話は全て心の声だったと今更ながらに気が付く。
(く!? 何て卑怯な手を!)
「馬鹿め! 早々に気が付かぬ、おんしが悪いわ」
祖父はヤレヤレとばかりに溜息をつく。
「さて、それでじゃ。わしら古廻の者、つまりは鍵鈴家は悪妖を狩る家として、『妖滅三家』のうちの一つだったんじゃが、とある神の処遇で二家とは袂を分かった。だが、まだ袂を分かつ前に一つの退魔の依頼があってな……」
そう言うと祖父はため息交じりに語りだす。
「それがあの化け物を討滅すると言うものじゃった。化け物の奴は元は人形に憑いた付喪神だったのじゃが、原因は分からぬが人間に悪さをし始めたらしい。その化け物に三家が手を出したのが、不運の始まりよ」
その話は以前〆が言っていた気がすると、流は祖父に問う。
(討滅って言うと魂から滅却するって言うのだろ? 討伐より上ってやつの……なぁ、御爺様。それって〆から聞いてたのと似てるけど、同じ奴か?)
「そうじゃ、そしてその人形は袂を分かった二つの家の者と、我らの先祖を尽く皆殺しにしたのじゃが、袂を分った事で我らは流浪の民となった。そこで運よく逃れたのが、わしら少数残った古廻の者と言う訳じゃ」
(そうだったのか……でも何で苗字を変えたんだ?)
祖父はそれも説明せねばな、と独り言つ。
「あの人形は、我らの一族を心底怖れていたらしい。そこで各地に草を放ち、鍵鈴と言う名前を聞けば、人形を始めとした総動員で潰しにかかったと言う。そこで流浪にまで落ちた我が先祖は、無念のうちに名を捨てたんじゃよ」
祖父はその事に思いを馳せたのか、悔しさを滲ませた顔で空を見上げる。
「だがご先祖様達は逃げた訳じゃない、何時か人形を破壊するために『古来より存在する力ある道具』を探す旅に出たのじゃ。古き物を探し、各地を廻る……それを家名としたのが――」
(古廻家って事か……)
「うむ、そしてその道具を集めたのが、異怪骨董やさんと言う訳じゃ」
流は日本に居た頃から、自分に備わっていた異常とも言える直観力や、危機察知能力が、血から来ているものと確信する。
(だから俺は気配察知や観察眼なんかがある訳か……)
「おんし、そんな能力があったのか? ふむ、納得は出来る。修業時代より異様に感が良かったり、地霊を察知し払う事もあったしな」
(いや、俺も異世界に行って、ゴブリンって魔物を倒してから分かったんだよ)
そう言うと祖父はニヤリと笑う。
((カッカッカ! そうかそうか、あれは役に立ったか))
(ん? 御爺様、今何か考えてただろう? なぜ伝わらないんだ)
「馬鹿者め、おんしなら筒抜けだろうが、わしクラスになれば容易い事よ」
流はチッと吐き捨てて、その後を促す。
「おっと、すまんすまん。どうも脇道にそれていかんな。と、まあここまでが、おんしが襲われた原因じゃな」
一呼吸おいて祖父は今後の予想を重々しく話し出した。