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387:残り、還る

「それでこの亡者は、この後どうするんだ?」

「そうですわね……この子達を使役して、数百年の者もいますわ。忌まわしい箱も無くなった事ですし、そろそろ開放してあげましょう」


 イルミスはそう言うと、自分のキバに右手親指を〝スッ〟と引く。直後染み出す、最高級ベルベッドのような色艶の、美しい鮮血が地面に落ちた。

 その血が広がるように魔法陣になると、イルミスは楽しそうに儀式を始める。


「その血、肉、魂。全て、わたくしのもの。それを今、貴方たちへ返えしますわ。天にお還りなさい――呪縛の楔――開放」


 そう言うと、イルミスは右手を天に向けて広げる。直後、亡者たちが光だし、淡い粒子となって天へと昇っていく。

 その様子は淋しげでもあり、嬉しげでもあった。

 ただ誰もイルミスへ恨みの感情は無いようで、手をふっている者も多い。

 天に昇る魂たち。ただその中で十体ほどなぜかそのままだった。


「イルミス、こいつらは還さないのか?」

「え? あら嫌ですわね。貴方たち、どうして還らないのです?」

「…………お……」

「お?」


 イルミスは不思議に思う。彼らに意思はなく、イルミスが指示した通りにしか、動けないはずだったのだから。


「お…………れ。イルミス……様……すき」

「わた……し。も。」

「ぼく……もす。き……」

「え!? な、なんですの? こんな事があるはずが……」


 困惑するイルミス。それを見た悲恋の中の人が、一つの提案をする。


『ふぇ~。イルミスちゃん。面倒ですけどアドバイスです…………』

『ちょっと向日葵ちゃん、アドバイスの最中に寝ないで』

『……ぁ、そうでした。あのですね、名付けをしたら良いと思いますよ?』

「名付けですの?」

『ええ。この世界では特に、その力が強いと確信しました。氷狐王よろしく、LとR。大殿が名付けた者はことごとく力を得ています。そして今ありえない事が起きた……そうですね?』


 イルミスは考え込む。ヴァンパイアになって三百年。確かにこんな事になった事は一度もない。

 必ず使役者は、自分の意思に従っていたのだから。それが今目の前で起きている現実。それが全てだった。


「ええ……そう。こんな事は初めてですわ。向日葵はその理由が分かりまして?」

『そうですねぇ。一つは貴女の心が彼らにも分かったのでしょう』


 心。その言葉でイルミスは〝ハッ〟とする。なぜならこの世界に、他のヴァンパイアも当然いるが、どれもこのような下等な存在はゴミと見ていた。

 もっと言うと、使い捨ての消耗品であり、彼らに感情を込めるなどと言うことはありえない。

 しかしイルミスはそうじゃなかった。


 彼らに対し、敬意をもって接した。無論酷い使い方をしたことも多々あったが……。

 だがそんな彼らはイルミスの心に癒やされた。そう、自我すら無い自分の中の器に、徐々にイルミスの心が染み込んできて満たされた。

 それは優しさや愛と言った感情に、非常に近かったのかもしれない。


 それが彼らに自我を取り戻させた要因では? とイルミスは考える。そして。


『もう一つは十中八九、大殿のせいですね。ええ、大殿のせいです。大事なことなので二度言いました』

「よく分からんが、また俺何かしちゃったの?」


 向日葵の自信たっぷりな宣言で、流も「またやっちまった!?」と、額に汗を浮かべる。

 そんな流の顔が愛しくも可愛く見え、イルミスは頬が緩む。そしてその意味を向日葵に問う。


「ふふ。それで向日葵、それはどう言う意味かしら?」

『簡単です。大殿はこの世界のバランスブレーカーとなりうる存在。姫と私たち。そして最高神クラスの神をも巻き込んだ存在。それがこの場にいた事も、関係すると思います』

『え、向日葵ちゃん。流様がいるとどうしてそうなるの?』

『さす姫。鈍いですねぇ。いいですか? 大殿がいる。そしてこの場は特殊な場所だった。過去形ですが、それでも大殿とイルミスちゃんは、何かある(・・・・)関係上、影響を及ぼしていても不思議じゃない』


 向日葵のなんとなく。だが射抜くような指摘に、イルミスはドキリとする。

 だが顔には出さず、にこりと微笑むと、向日葵に語りかける。


「ねぇ、向日葵。貴女どこまで気がついているのかしら?」

『ふぇ~。そんな怖い瞳で見つめないでくださいよぅ。テレル』

「ふふ……まぁいいわ。それで納得しておきましょう。全ては流のせいだって事で、ね」


 その二人の会話で不満を口にする流。だがそんな彼を無視し、二人は乾いたように笑い合う。


「では名付けをしたら、彼らはどうなるのかしら?」

『さぁ? 大殿の場合は、種族すら変えうる程の変化をした事もあります。が、貴女はどうかは未知数ですね』

「そう……」


 イルミスはそう言うと、残った亡者たちに向けて静かに語りかけるのだった。

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