378:訳あり物件
「う~むぅ……」
「どうしたのよナガレ?」
「いや、行く先々で戦闘になってるからな。まともに町や村を平穏に通過したい」
「イルミスの町では無事に過ごせると思ったんだがなぁ。それもお前の人徳と言うものだろう?」
「そんな人徳などいらんわ! はぁ~平穏ってなんだっけ?」
『またそう言う事を言っちゃう……懲りない人ですねぇ』
そんな美琴の予言めいたお小言を頂戴しつつ、流たちを乗せた氷狐王は暗闇を走る。
しばらく進むと、上空より声が聞こえてくる。全員その方を見れば、見慣れた改造巫女服に身を包んだ娘、Lが魔力で作った明りを手に静かに下りてくるのが見えた。
「マイ・マスター報告いたします。この先に村があり、野党に襲われているようです。如何いたしますか?」
「なッ!? それは本当か?」
「はい、この目でしかと確認しました」
『ほらぁ……』
美琴の予言が的中した事に顔を引きつらせつつ、早急に救出をしようとする。
だがエルヴィスはその報告を聞き、眉をピクリと動かし訝しむように話す。
「Lさん、もう一度聞くがそれは本当か?」
「ええ、私の命にかけて」
「そうか……」
「どうしたエルヴィス、何か気になる事でも?」
「ああ。実はその村だが、数ヶ月前に魔物の襲撃によって滅んでいる」
「なんだと? するとLが見たと言う、その村を襲撃してる奴らと村人は一体?」
「分からん。考えられる可能性は二つ。一つは勝手に住み着いた人間が、野党に襲われている。二つ目は……罠だ」
「ちょっと待ってよエルヴィス。一体誰を罠にハメようと言うのよ?」
「そうですなぁ。こんな夜も明けきらんうちから、誰をハメようと言うんじゃ?」
「おふた方、居るじゃないですか目の前に」
そう言いながらエルヴィスは流を見る。不思議そうに自分を指差し、「俺?」と言う流は、続けて「なるほど」と頷く。
「そう言えば〆たちにも言われたな。いつ、どんな時でも襲ってくるから用心しろとな」
「ナガレ、あなたの敵って本当に節操ないわね」
「まったくだな」
走る氷狐王。その良すぎる目も捉えたのか、流へと報告する。
「主。Lの報告通り、前方の村で火の手が上がっています。どうしますか?」
「ワシはお嬢様の安全を考えれば、みすみす罠と分かってる所へは行きたくはないがの」
「ちょっとルーセント。私はもう子供じゃないんだからね? それでどうするのナガレ?」
「爺さんには悪いが……当然喰い破るッ!!」
「まぁそう言うと思っておったわい。仕方ない、乗りかかった船……いや、狼じゃ。とことん付き合おうぞ!」
「悪いな。さて、鬼が出るか蛇が出るか……楽しみじゃないか」
氷狐王は「狼じゃなく狐の王だ!」と、ルーセントへ不満げに話している。
そんな会話を聞きながら、まだ見えぬ先の罠へ思いを馳せる流であった。
氷狐王の足で走れば、見えない距離だった村もすぐに見えるようになる。
確かに村が火に包まれており、人々が逃げ惑っていた。だが……。
「何か違和感を感じないか?」
「そうかしら? それより早く助けてあげないと!」
「そうじゃな。ではワシとお嬢様で先行する、小僧は状況を見て参戦してくれ」
「分かった。Lは上空で待機、判断はお前に一任する。氷狐王はここを陣地とし、エルヴィスを守りつつ、村人が避難して来たら保護しろ」
全員頷くと、即座に行動に移る。まずセリアとルーセントが身体強化魔法でブーストし、村の中へと突入して行く。
村人は阿鼻叫喚の地獄絵図で、逃げ惑いながら家財を持ち出したり、家族を誘導したりと目を血走らせて叫んでいる。
「うわあああああああ!! 助けてくれええええ!!」
「落ち着いて! 助けに来たわ! まずは賊がどこに居るのか教えてちょうだい?」
「うわあああああ!! もうだめだああああああ!!」
「落ち着かぬか!! 助けに来たのだ、もう安心せい!!」
「きゃあああ!? やめて来ないでええええええ!!」
「落ち着けと言うとろうに!! おい、そっちじゃない待て!!」
セリアたちが救助に来たのが、まったく目に入らないように逃げ惑う村人。
声をかけても、肩を揺らしても、錯乱するばかりで話にもならない。
「どういう事かしら……なぜ私たちを無視し、あんなにも錯乱しているの?」
「分かりませんなぁ。ただ言えることは……そこの、出てこい」
ルーセントは鋭い視線で敵を睨む。するとそこには、いかにも粗暴な盗賊が十人〝ぬるり〟と影から出てくる。
全員装備はまちまちで、ショートソード・短剣・鈍器・槍と、まとまりが無い。
だが一つだけ共通点がある。それは――。
「こやつら……生きているのか?」
「そうね生気を感じられないばかりか、目が死んでる。アイヅァルムで私が戦ったのとも違う感じね」
無言で迫る盗賊たち。セリアたちもそれに合わせ静かに抜剣すると、弾かれるように左右に分かれる。
右のセリアが賊の一人を袈裟斬りにし、そのまま隣の鈍器を持った男が、セリアへと大振りに攻撃してきた。
それを魔法で強化した剣で弾き返し、そのまま蹴りを鳩尾へとめり込ませる。たまらずくの字に体が折れ曲がる賊の側頭部を、剣の柄で思い切り殴りつける。
ルーセントを見れば、すでに三人目を倒したようで、四人目の胸に剣を突き刺したところだった。
負けてはいられんとばかりに、セリアは迫る短剣をロングソードで弾き返した後、剣を左斜上に構える。
「エヴェン・スラッシュ!!」
セリアは剣に魔力を込め、刃に震える空気を纏う。それを袈裟斬りに振り下ろすと、二人の賊が真っ二つに裂け、勢い余ってその後ろの賊まで倒してしまう。
「お見事! 成長しましたなお嬢様」
「なにを言うのよ。ルーセントの方が早く、しかも通常攻撃だけで倒しているし」
「ハッハッハ。経験の差ですかな?」
「自信なくすわね。それよりお客さんは、まだ満足していないようね?」
「やれやれですわい。小僧とイルミス伯爵の話を聞いていなければ、こうも落ち着いてはおれんかったでしょうな」
ゆっくりと立ち上がる賊ども。その目……と、言うより体自体が死んでいるようだ。
「ゾンビやグールとも、また違う感じ。また死人と言うのとも違いますな」
「ええ。歩く死体と違って、統制された動きがあるわね。すると、司令塔を破壊するのが最善かしら?」
「ですな、それに同意ですわい。小僧の働きに期待しましょうぞ」
建物の影から這い出るように増える賊。それを見るセリアは「面倒ね」と呟くのだった。




