376:脱出~開幕
「ふぁ~……あるじぃ~。本当に出発するワン?」
「当たり前だ!! いいか? このままなら確実にフラグを回収するハメになる。その前に逃げ……いや、名誉ある撤退をするッ!!」
「言っていることがカッコ悪いのに、その堂々とした態度で騙されるワン」
ここは二階の窓辺。そこに〝まあるい眼〟をこすりながら、ワン太郎が窓から入ってくる。
下を見れば嵐影も手を振っている。実にほっこりな光景だ。その回りに屋敷の警備兵が気絶していなければだが。
「人聞きの悪い事を言うな! いいか、俺は堂々とこの屋敷を去る。ただそれだけの事よ」
「ねぇナガレ。今から逃げ出す人が、そんな大声でいいのかしら?」
「お嬢様だから言ったでしょう。こやつはダメですわい」
「どうでもいいが、早く逃げ出したほうがいいぞ? あの伯爵様は甘くない」
「逃げ出すマイ・マスターも震えるほどステキですぅ!!」
『流様。早く尻尾を巻いて逃げなきゃだよ!!』
「キミタチ……俺にコマンドが使えたら確実にこう指示するだろう。『流に優しく』となッ!!」
そんな馬鹿な事を言っている間に、ワン太郎は氷の階段を窓から庭にむけて構築する。意外と有能なワンちゃんだ。
「ほらぁ~早く逃げるんだワンよ」
「逃げるって言わないで、せめて撤退と言ってくれ」
『そんなくだらない事にこだわっていないで、さっさと行きますよ』
「ウン……。こほん、逃げるぜ野郎ども!!」
「馬鹿言ってないでさっさと行く!!」
「ぬおおおおッ!?」
セリアに蹴られるように外へと押し出される流。隠密行動のはずだが、実にウルサイ。
氷の階段を転げるように脱出に成功すると、次々と階段から愛すべき仲間が降りてくる。
自分のときと違い、軽やかに上品にだ。……何かが違う。
やがて全員が降りてくると、先程の馬鹿話が嘘のように行動しだす。
流が全員を見渡し頷くと、ワン太郎が先頭になり屋敷の壁へと突き進む。
さらに流が指を鳴らす。その瞬間ワン太郎は氷狐王となり、全員の足場が氷でもりあがる。
そのまま成長を続けた氷の土台は、最後はスベリ台のようになって、屋敷の外へと全員でスベリ落ちる。
そのまま氷狐王の背に乗り、イルミスの町を疾走する。
時刻は深夜三時半。人もまばらな大通りを走ると、酔っぱらいは幻でも見たのかと目をこする。
水路の多い古い町並みだが、魔具の光により水面に反射した光が実に美しい。
氷狐王の氷の体がその光を吸収し、背中の乗客席のようになった部分に光が伝わり、実に幻想的だ。
「わぁ綺麗……。ナガレとこの景色が見れて本当に嬉しい。二人だけなら特に」
「それもいいが、みんなで見たほうが楽しいだろう? なぁ?」
「ハァ~。お嬢様もこんな男のどこがいいのか……。ん、見えて来おったが、やはり」
「だと思ったのよ。どうするのナガレ? あなたの熱烈なファンが手をふっているよ?」
「ファンを選ぶ権利を欲しいものだがな。L、仕事だ。嵐影と共に突っ込んで蹴散らしてこい」
「仰せのままに、マイ・マスター」
Lは並走している嵐影の背に乗る。迫る大門まで、残り二百メートル。
百人ほどの衛兵がバリケードを築き、魔具の拡声器でこちらへと叫ぶ。
その様子は、流たちの行動を予想したものとしか思えないものであり、実に対応が早い。
「そこの者共とまれえええええい!! 今の時間は開門をしていない!! 日が昇った後に正式に通行許可を取るがよい!!」
「隊長! ダメです止まりません!」
「チッ、槍兵構え!! 怪我をさせても構わん、全力でかかれ!!」
「た、隊長! ラーマンと女が突っ込んできます!!」
「なっ!?」
嵐影の背に立ったままLは、宝槍〝白〟を両肩に担ぐように両手で持つ。
前方のハリネズミのような槍衾を見、ニヤリと口角を上げたLは、嵐影にお願いする。
「ねぇランエイちゃん。手前十メートルになったら、あたしを放り投げてくれないかな?」
「……マァ」
「じゃ、よろしくね♪」
迫る嵐影とL。衛兵は持つ槍に力を込めて、その突撃を耐えきろうと全身に力を入れる。
背後の指揮所から隊長の声が一層強まる。それに気をとられた一瞬だった、まだ距離に余裕があったはずの敵が、もう目の前にいる。しかも――。
「……マッママ~」
嵐影は槍隊の手前まで来ると、前足を踏ん張るよう尻を浮かせる。
その勢いはかなりあったようで、地面を削りながら土埃を巻き上げた。その中から黒い改造巫女服に身を包んだ娘、Lが舞い上がる。
「なッ!? と、飛んだあああああ!!」
「大当たりぃ~、ご褒美にこれをあ・げ・るふふふふ♪」
大門の上空に打ち上げられたLは、そのまま翼を展開。空中に対空すると、宝槍〝白〟を構える。
それと同時に嵐影も囲みへと突入し、槍をながれるように捌く。その様子、まるで流水で遊ぶ魚のように、槍を前足で左右へながれるように弾きいなす。
互いの槍同士がぶつかり防御に穴が出来た刹那、嵐影はそこへ突っ込み、衛兵の鎧の上から殴りつけ、吹き飛ばす。
吹き飛ばされた衛兵は、周囲を巻き込み囲みが乱れる。それをチャンスと見た嵐影は、次々と回りの衛兵を吹き飛ばし、前へと突き進む。
上空からそれを見ていたLは、好機到来とばかりに舌で上唇を舐めると、宝槍〝白〟を大門の鍵の役目である、閂へ投擲する。
「なッ!? 大門前から退避しろ!!」
隊長がそう叫ぶが、高速で飛来する白き槍からは逃げられない。
大門前の兵が死を覚悟した瞬間、頭をかすめるように飛び去る白い槍。
直後、閂に白が突き刺さり、閂が真っ二つに折れる。
その余波に怪我をしたものはいたが、全員命に別状はないのを確認した隊長は、上空の娘を最大の脅威と認識するのだった。