363:二つのジジイ流
静まり返る六角の部屋。だがその中心にいる二人は、音のない世界の中で互いの心音のみが手にとるように伝わり、それが轟音のように感じられた。
腰を少し落とした状態で、静かに抜刀する二人……。
やがて不協和音のようだった、互いの心音が重なるとき、同時に右手が動き出す。
「「三連斬!!」」
イルミスは下からすくい上げるように、備前長船で斬り上げると同時に、返す刀で切り下げる。
流もまったく同じ動きで悲恋美琴でそれに対応し、目の前で火花が飛び散り花火のようになる。それが三つ。
「「四連斬!!」」
火花が躍る向こうから、さらに追い打ちの四連斬が互いの首、右肩、胴体、左足へと向けて舞い散る光を超えて来る。
それを同時に迎撃すると、自然に互いの距離が密着。
流は左手でイルミスの首へと手刀をお見舞いするが、イルミスも左ヒジでそれを防ぐ。
逆にイルミスが、流への腹へと左ヒザで蹴り上げるが、流もそれを右スネでガード。
すれ違うように互いの距離は一瞬開くが、床を滑るようにお互いへと向き直る。
続けて流は右脚を思い切り、前へむけて倒れるように踏み込む。イルミスも同じように踏み込むと、左斜め後ろに構えた備前長船を右へと一閃!
それに流も同時に一閃することで、緑色の室内に火花が飛び一瞬明るくなり、そのまま鍔迫り合いとなる。
「ここまでは完璧だ。だれだ、だれに教えてもらった?」
「ふふ、女の秘密はそう簡単にお教え出来なくてよ? それが知りたければ」
「オ~ケ~、力で示すとしよう」
互いに押し出すように刀を前に出す。それで背後へとジャンプする二人。
流はそのまま大きく背後へと飛ぶが、イルミスは真紅のドレスを靡かせ、空中で一回転して背後へと飛ぶ。
その場違いとも言える服装で、その動きに驚く一同。それは流も同じであり、一瞬気がそれる。
が、それを狙ったのか、イルミスは猛烈に激しく動く。
「あ~たまりませんわ~その顔、その視線! では貴方も逝きましょう? ――古廻流・刺突術! 間欠穿!!」
「そこまで使える!? チィ、ジジイ流・刺突術! 間欠穿!!」
穿つように迫る間欠穿。流もそれに対抗すべく「妖気を乗せた」間欠泉を放つ。
通常の間欠穿ならば、確実に流のソレが勝るだろう。それに一撃必殺と言う、この世界に来てから得たスキルもある。
流は口角を上げ、結果を予想する。イルミスの間欠穿を食い破り、そのまま左肩へと直撃する事を。
だが――。
「なにぃ!?」
「甘くてよ? 少し本気でイキますわ。古廻流・刺突術! 針孔三寸!!」
「舐めるなあああ! ジジイ流・刺突術! 針孔三寸!!」
間欠穿を見事相殺した後、イルミスはさらに業を放つ。しかも古廻流と名乗ってだ。
三つの銀色に輝く直線のような斬撃が、互いの斬撃に当たり火花を散らす。
さらにイルミスはそのまま突っ込んで来ると、真紅のドレスをヒラリと躍るように、背中を向けて半歩回転し回りだし――。
「古廻流・断斬術! 羆破斬!!」
「っそだろ!?」
(やべぇ、間に合わねぇ!! こうなったら飛ぶしかねぇ!!)
流はイルミスの業のつなぎ方に驚愕し、そしてその見事さに息を呑む。
そしてそれが相殺時間が無いと判断すると、大きく背後へ跳躍し躱す。
ギリギリで羆破斬を回避し、斜め後ろへと滞空中にそれを見る。
イルミスはさらに凄い速さで、羆破斬を追うように突っ込む。羆破斬が背後の壁に着斬し、爆発するように壁の鎧が飛び上がるのを足場に、流の背後へと飛び上がる。
その顔は実に妖艶な魅力で頬を染め、いまにもキスをせがむ女のように目が潤む。
その表情にゾっとする流は、なんとか体を空中でひねり、迫るイルミスへと悲恋美琴を高速納刀し備える。
なぜならイルミスも備前長船を納刀し、確実に業を放つ姿勢だったからだ。
流には一つ確信とも言える思いがある。あれはどう見ても抜刀術の構えだと。
だからこそ、動きながらでは威力が出ないだろうし、下手したら失敗する。
しかしこの女。イルミスの実力はこの短時間の戦闘で、その実力が本物だと理解した流は――。
(あれは本物だ。例え移動中だろうと確実に放てる!! ならばッ)
互いの距離、残り三メートル。流も初の空中戦での抜刀術を放つ決意をする。
だが初の試みだ。だからこそ、これまでの戦闘・修行の記憶を呼び覚ます。
(芯は固定しろ、体はブレるな、丹田に妖気を励起し一気に放つ!!)
流はこれまで込めなかった妖気を、体全体に薄くまとう。
そのままブレないように固定すると、悲恋美琴を持つ手に力を込める。
イルミスも備前長船へ力を込めるのを感じる。それは薄く光る赤い輝き。
すでにお互い射程に入っているが、その距離二メートルになった瞬間、高速抜刀が始まる。
「古廻流・抜刀術! 奥義・太刀魚!!」
「ジジイ流・抜刀術! 奥義・太刀魚!!」
至近距離からの太刀魚が、互いを食い尽くそうと凶悪な歯をむき出しにし、容赦のかけらもなく襲いかかる。
太刀魚同士の牙が噛み合った刹那、まばゆい閃光が緑の部屋を白く塗り替えるのだった。




