034:【奴の名は?】
美琴を存分に愛でた流は、昨日ファンに聞いた場所へ向かっていた。
そこは町の東側にある裏路地のような通りだが道幅は広く、通称「骨董市」と呼ばれる場所だった。
そんな骨董市は軽い傾斜が付いた坂に露天の他に骨董店が立ち並び、流としては夢の国より夢の市と言う風景が実に心地よい。
「うううぅ。こ、この雰囲気! イイ……実にいいぞ!! これだよこれ、俺が求めていた異世界の骨董屋ってのはさあ!!」
突然骨董街の入り口で両肩を抱きしめ、一人で悶える男を見る人の目は生温かった。
しかし中には冷たい目で見るものも居たが、比較的他の場所よりは少なかったのは、ここがそう言う人達が集まる場所だからである。
「あ~、俺もここに店を出そうかな~? でもまだ売る物が少ないしなあ、こっちの名品や珍品の目利きも全然分からんし……よくよく考えればなんてハードルが高いんだ」
歩きながら市場を見つつ色々現実的に考えると、やはり異世界骨董屋の開業はかなり難しいと感じる、が――。
「ククククッ! だからこそ面白い!! やりがいがあって良いじゃないか!」
一人で気合を入れる流に周囲は不思議そうに見ているが、元々変わり者が多いこの市場ではさほど関心が薄い。
しかしそんな変わり者が多いこの市場で、周囲がドン引く異臭を放つ存在がそこに居た。
その男は小柄だが身なり良く、金髪緑目が印象的な貴族然としたロングヘアの美男子だった。
だがその言動がかなり「異常」だと、流ですら感じる程の狂気さを感じる。
「おい、店主! この壺はアレクス王時代の物だな!?」
「は、はい。その通りでございます」
「だがこの色彩は何だ?? 普通は白だが、黒と白が織り交ざって見た事が無い風合いを出しているぞ?」
「そ、それは釉薬の調合が間違って出来――」
「そんな事は良い! この『もてっ』とした捻り返しはどうだ!? 全体的にスットした形なのに、何故そこだけ『もてっ』としている? たまらん、実にイイ! 壺なのにその『もてっ』とした部分に口づけをしたい、今すぐにだ!」
漢は店主の説明を遮り、あろう事か、その『もてっ』とした部分に口をつけ、中身が無いのに飲むような仕草をする。
「あ、あのう……それ、壺なんですが……」
「…………嫁に……貰おう」
「はい!? 私には娘はおりませんが?」
「馬鹿者! この『もてっ』とした娘だ! 今すぐ包んでくれ、早急にだ!」
「ひぃぃ。は、はい只今すぐに!」
それを見ていた周囲の空気は凍り付く、そして流石の流も思った、思ってしまった……「ああは絶対になるまい」――と。
「ご店主も哀れに……世の中には狂人が多いな、俺には全く理解が出来ない。恐ろしい領域者を見た気がする」
そう流は独り言ちると、首を「ありえない」と左右に振りながら残念な人を見るような目で漢を一瞥し、骨董街を進み目を養う事にする。
しばらく進むと何やら見たことが無い、壺と言うにはシャープな佇まいなのに、肩と腰が『もにゅ』っとした一品が目に飛び込む。
「ご店主! その壺のような物は何だ!?」
「は、はい? それは壺その物で、トール帝時代に作られた失敗作ですが、形が面白いので仕入れて見たんですが……」
「これが失敗作だと!? 何を言う! この『もにゅ』っとした腰から肩にかけての曲線美が分からんのか!?」
「ひぃぃ!? す、すみませ――」
「俺に謝る前にこの『もにゅ』っとした壺の素晴らしさを学ぶことだな! この『もにゅ』っとした武骨さからくる、曲線に繋がるシャープさは伊賀焼に通じるものがある。もう我慢が出来ん!」
流は店主の謝罪を遮り、『もにゅ』っとした壺に頬ずりをする。何度も、幾度も。
「あ、あのう……もう満足……されましたか?」
「…………君を……俺の家族にする」
「はい!? わ、私にはそう言う趣味はありませんので」
「馬鹿野郎! あんたじゃない、この『もにゅ』っとした娘だ! 今すぐ包んでくれ、早急にだ!!」
「ひぃぃ。は、はい只今すぐに!」
それを見ていた周囲の空気は凍り付く、何だこのヘンタイは……と。
そして、ソレ目撃していた小柄だが身なりの良い、金髪緑目のロングヘアの美男子は思った、思ってしまった。
「ああは絶対になるまい」――と。
「店主も哀れに……世の中には狂人と言う者は居るのだな、俺には全く理解が出来ない。恐ろしい領域者を見た気がする」
流の被害にあっている店主が壺を必死に包んでいる間に、身なりの良い漢は「ありえない」とばかりに首を左右に振りながら流を一瞥し、大事に『もてっ』とした壺を抱えて立ち去って行った。
流は『もにゅ』っとした壺を購入後、さらに骨董街を満喫し、それなりに買い込んだところで空腹を覚える。気が付けば日も傾むいている。
「腹が減ったと思ったらもうこんな時間か。そう言えばここに来る前に、屋台と公園が一緒の雰囲気のいい場所があったな。そこで飯にしよう!」
美琴をポンポンと撫でながら流は機嫌よく屋台が集まる「屋台村」へ向かう。
中央広場程ではないが、この巨大な町のいたる所で屋台村があると聞いていた流は、全て行ってみると決めていた。
屋台村の中では屋台で海鮮物を小麦粉で焼き固めたような、一見お好み焼きモドキを購入する。
味は日本で馴染みのあるソース味では無く、醤油に近い風味の醗酵した何かと、酸味がある辛いソースが一体となった、妙に癖になる変わった味だった。
その「お好みモドキ」を齧りながら公園のベンチへ向かう。
丁度夕食時のせいかベンチはほぼ埋まっており、一つだけ空いていたベンチは、背中同士がアーチ状に繋がるタイプの物だった。
後ろの座席に先客が居たが、重なり合わない様に背後の人物と逆の方へと座る。
「これ、中々美味いな~。この町に来れて本当に良かった……。街並みは綺麗だし、住民の顔は大体明るいのが良いな」
久しぶりにマッタリとした空気と雰囲気を楽しんでいると、先程見た狂人の事を思い出す。
「しかしあれは無いわ~。いきなり『もてっ』とした壺に口づけするとか異常すぎる」
「全くあれはないだろう。いきなり『もにゅ』っとした壺に頬ずりとは、異常すぎる」
「「ん?」」
どこかで聞いたことがある話が聞こえてきたが、それよりあの狂人的変態の方が気になった。
「大体ご店主の話を遮って興奮をしすぎだわ、しかも聞いた事を無視とか」
「それも店主の謝罪も無視をしてまで、形に拘り学べとか意味が分からぬ」
「「んん??」」
「……あと最後のあれは何だ、言うに事欠いて『嫁に欲しい』だよ、人としておかしいぞ! あれは常識を知らない狂人だな」
「……挙句の果てには誰が聞いても店主に愛の告白をしたと思うだろ、何せ『君を俺の家族にする』だったか? 狂人すぎる」
「「…………エッ?」」
近くには喧騒が聞こえるが、このベンチの周りだけは時が止まったかのように静かだった。
「「…………」」
「「――――ソレは俺の事かあああああ!!!!!!!?」」
互いに斜め後ろに座っている漢に向き合い絶叫する。
良く見れば先程骨董街で見た、「狂人的変態」がそこに居た。
「お、お前はあの変態ッ!?」
「き、貴様は先程の変態!?」
「「変態に変態って言われただと!?」」
「ちょっと待て、俺は別に変態じゃないぞ? ただ『もにゅ』っとした、この壺っ娘を家族にしたい、そんなありふれた事を言っただけだ!」
「馬鹿を言うな、俺こそ変態などではない! ただ『もてっ』としてる壺娘を嫁にしたいと言う、誰が聞いても真っ当な事を言っただけだ!」
互いに譲らぬ「自分はマトモ」だと言う確固たる信念がそこにあった。
いつの間にか、この漢達の周りにはギャラリーが出来上がっていた。
丁度そこに仕事を終えた骨董街の住人も、ここを通って帰宅するのか、見た顔もちらほらとあった。
そこに――。
「あのう~。さっきはお買い上げありがとうございました……」
「兄さんの店でも買ってくれたのかい? あ、うちの店でもありがとうございました」
「ご店主! 丁度いい所へ来てくれた。この変態に説明してやってくれ、『俺はマトモ』だと!」
「貴様はあの店主! この失礼な変態馬鹿に説明をしてくれぬか? 『俺はマトモ』だったと!」
そう迫られた兄弟は互いの顔を見合わせてから一言伝える。
「「どちらも言っている事に然程変わりがありませんが……」」
「「なん……だ……と!?」」
熱い主張を繰り広げていた漢達は絶句する。そしてその視線を周りに向けると全員が「ウンウン」と頷いていた。
「「そ、そんなバカな……」」
閑話休題
子供は無邪気な生き物だ、だからこそ天使にも悪魔にもなりえる。
そんな天使だからこそ、子供の言葉はいつも真実を照らす。
「ねぇ~パパ? あのお兄いちゃん達の言っている事や、言葉の間や『文字数』まで同じ気がするんだけど、気のせいなの? 本当は凄く仲がいいお友達なんでしょ?」
「シ~! 見ちゃだめだよ。リリンはあんな領域に行ってはダメだからね? さあ、リリンが汚されないうちに、ママが待っているから行こうか」
「「チョ、ま……」」
去る親子に、右手だけを伸ばす仕草で固まる二人。
そんな彫像のように固まる二人の漢は、周囲の人々を油の切れたオートマタのように「ギギギッ」と見回す。
すると誰も目を合わせようとしなかった。
そんな現実と言う名の残酷が、骨董を愛でる漢達に深く突き刺さったのだった。