334:エルヴィスの覚悟
流たち一行は湖をショートカットすることで、本来の移動時間を大幅に短縮する。
やがて平原を抜け、森林が目前に迫る頃に街道が見えてきた。
エルヴィスの説明では、ここは王都への正規のルートではないとの事だが、目的の場所へ通じる道だという。
そのまま森林へと入る一行の目前に、突如広がる広い場所の異常さを誰しもが目撃する。
「……異世界ってのは、こういう事を平気でするのか?」
「っ、ナガレ落ち着いて。みんなあなたの怒りでまいってしまうわ」
「すまない、思わず妖気が漏れ出た。みんなもすまない」
「いや、キサマの怒りはもっともじゃよ。ワシもこんな凄惨なものは久しぶりじゃわ」
思わず漏れ出た怒りが濃厚な妖気となり、周囲を刺激することで周囲の動物や獣は逃げ出す。
それを近くで受けたセリアたちは、恐怖心よりも心臓を掴まれるような緊張感にゾクリとする。
流がそんな周囲を巻き込むほどの怒りの原因、それは人を無残に殺害した現場だった。
だがただの殺害現場じゃない、それだけなら流もここまで怒りはしない。
「なぁ、どうしてここまで残忍な事ができる?」
「……それは、領主だからよ。領主は絶対。領主が法。領主が正義なのだから」
セリアのその言葉を聞き、流はギリリと奥歯を噛みしめる。その視線の先にある、欠損した死体の数々を見て。
ある者は綺麗に腹をさばかれ、その内容物を撒き散らす。ある者は自分の口いっぱいに、足の指を詰め込まれて窒息。ある者は両目に自分の両親指を突き刺され、火炙りにされてた。
それはもう人が行う所業ではなかった。〆に以前見せてもらった地獄より、尚地獄がここにある。
その他にも口にするのもはばかられるような、汚物で窒息させられているものや、皮を綺麗に剥ぎ取られ、口に詰められている者等など、狂った残忍さの見本市のようになっていた。
「マイ・マスター。我ら龍人が人間を見下し、積極的に関わらないのはコレが原因です。彼らは欲を満たすために、同族すら快楽に使う。ゴミ以下のように使い潰して」
「Lちゃん……ええそうね。そう思われても仕方ない事ばかりしてるわ。現在もこうしてね」
全員凄惨な現場を凝視し、その怒りを蓄える。そんな状況を静かに見ていたエルヴィスは、頃合いかとばかりに流の隣へ来る。
「さぁ、目的の場所は近い。行こうか」
「……まだあるのか?」
「ここはその結果さ。本来の目的地はこの先だ」
「分かった、行こう」
あまりの死体の多さと、処理する方法もなくその場を離れる。その事に誰も口を開かず、静かに進む。
やがてまた森へ入ったところでエルヴィスが馬を止めると、セリアへと話す。
「セリア様、ここからは敵が駐屯しています。具体的に言うと『狩猟村』があり、その警備と称した番人、やく百名が警備しています」
「狩猟村? 聞いたことがあるわ、領主が人族狩りを行うためだけに存在する、人間を得物とした村があると」
「おいセリア。じゃあさっきの死体は……」
「そう、あれは領主が狩った記念に作った、トロフィーなのよ」
「そこまでかよ……」
絶句する流をよそに、エルヴィスは話を続ける。
「ナガレ私はな、この国の闇をお前に知ってほしい。そしてその結果どういう判断をするのかが知りたい」
「どうしてそう思う? 俺は何も知らないただの若造だぞ」
「うちの爺さんがな、あるモノを持ってるヤツと出会ったら、そいつの考えを見極めろと言われている。それ、その腰のモノはカタナだろ?」
「そうだ。もう知ってると思うが、これは刀だ。しかもただの刀じゃない、別世界最強の妖刀だ」
「やはりそうか。ならうちの爺さんの言いつけどおり、お前の思いを見せてくれ。それ次第で私は――アルマーク商会と決別する」
「お前……」
エルヴィスのその言葉に嘘が無いと流は思う。それほどエルヴィスの言葉は重く、覚悟という思いが詰まっていた。
それに流も一瞬驚くが、その思いに応えるべく真剣に頷く。
「わかった。お前の思いに応えられるように、俺は俺の道を進もう」
その応えにエルヴィスも頷く。そしてこの先にあると言う狩猟村と言う虐殺施設へと向かう。
一行はかなり狩猟村を迂回し、エルヴィスが「本当の意味で休める場所」という隠れ家へと案内される。
そこは森の中にある、ぽかりと地面が陥没している場所であり、その奥には洞窟があった。
そこで騎士たちは甲冑を洞窟内へ隠し、商人風の衣装に着替える。
着替えはエルヴィスが何かの時に使えると、洞窟の奥に隠していたものだ。
「まさかこんな場所に洞窟とはな」
「意外だろう? ここはなぜか誰も来ないし、近寄らない。しかも窪地だから遠くからも発見されにくい」
「マイ・マスター、具申のお許しを。ここは良くない場所です、なぜなら――来ましたか」
「L? 何が……あぁ~コイツは丁度いい。エルヴィス、このまま村へと逃げ込むぞ?」
「ナ、ナガレ一体何を言っているんだ?」
「なに、じきに分かる。それより早く行くぞ? Lの言う通り時間がない」
一行は流に急かされ、意味もわからず軍馬に騎乗すると、村へと足早に去って行くのだった。




