332:下賜物
そんなこんなで、どうせ妖人だし腹も壊さないだろうと刺し身にしてみる。
その様子を周囲は不気味に思うも、美琴も出てきて興味深そうに見ている。
「ナ、ナガレ。本当に食べちゃうの、ソレ?」
「たしかに東の民も食べるとは言ったが……。本当に生で食べれるのか?」
「ケロケロ~生は美味しいケロリ。人間さんも安心して食べれるよ、虫も病気も無い特別な魚ケロケロ」
「ほら、ジャバもそう言ってるし、ここは日本人としては食べるしか無い!!」
「そうですよ皆さん! 毒魚でも何でも工夫して食べる崇高な食への探究心!! その先にあるのが例え死でも、人は美食を追求し食べるのですからね!!」
そう悲恋より抜け出たオバケが力説するが、死んでいるだけにみんなドン引きだ。
と言うより、そのオバケのあまりの美しさにエルヴィスはじめ、騎士達も美琴に目を奪われる。
セリアですら美琴の姿に心を奪われるほど、超常じみた怪しい美しさに見惚れた。
そしてそのオバケが、何やら不穏なことを言い出す。
「コホン。流様、まずは私が毒味をして見ましょう」
「え!? オマエ食べれるの? オバケで幽霊でゴーストなのに?」
「そりゃ食べれますよ。ほぼ実体化しているんですから」
「……なんか納得いかん」
「私も知りませんけど、そーゆー意味不明な存在なんです! ぁ、言っていて悲しくなってきた」
「それより食べたモノはどうなる? そこ、とってもキニナル」
「もぅ、変な想像しないでくださいよ。私も分かんないけど、悲恋の妖力になると思うよ」
「意味不明なのは同意するが……。ホントどうなっているんだろうな、お前の体」
美琴はそれに苦笑いすると、自分の体の変化に気がついていた。
確かに以前も飲食をしようと思えばできたが、味は感じず「ただ食べただけ」だったが、今は違う。
あの過去から戻ってきてからと言うもの、体が生身に近いと感じることが度々あった。
だから今回、もしかしたらという思いで毒味として名乗りをあげたわけだが。
全員に見守られながら、美琴はLが近くにある石から、器用に作った小皿に醤油を垂らし、ぷっくりと艶やかに光る唇を静かに開く。
口に入れる瞬間、日本の醤油発祥の地・湯浅で作られた極上の生醤油の香ばしい香りが鼻孔を抜け、食欲をそそられる。そして口に宝石のように輝く赤身を含む。
「ど、どうだ。美味いのか?」
「…………ぐすッ……」
「美琴!! どうした!? どこか痛いのか!!」
「違うの……味……が……濃厚に……わ゛がる゛の゛うええええええええん」
突如号泣する美琴。全員それを呆然と見つめるが、「味が分かる」。その意味がよく分かる流は美琴を優しく抱きしめる。
「おかえり美琴、数百年ぶりの食事……か。良かったな生を実感出来て。死んでるけど」
「うん、うん、うん!! 私ね、きっと今生きてるんだって思えたの。死んでるけど」
流も思わず涙をながし、美琴をより強く抱きしめる。そんな二人を見てLとワン太郎もホロリ。
セリアも少し妬ける。でもその思いが伝わり涙を目尻にため、一筋の線を作るのだった。
その後、美琴の生還(?)祝が開かれ、数百年ぶりの味がする食事を楽しむ。
まるでこれまでの不運を払うかのように、美琴は食べて食べて食べまくる。
刺し身は無論、今できる調理法で焼き・煮る・たたきで、濃厚かつ奥深い味わいに舌鼓をうつ。
それは美琴が生前をふくめ、初めて心から美味いと感じる事ができる食事であり、愛する人と一緒に食べれる喜びに歓喜する。
「ふぅ~お腹いっぱい!! ごちそうさまでした!!」
「……半分無くなっちゃったわね。恐ろしいほど美味しかったから、それも納得ね」
「そ、そうだな。よく食ったな……」
「けぷっ。ワレも食べたけど、女幽霊の食欲はバケモノだワンねぇ。オバケだけど」
もう何人前食べたのかすら、確認するのも馬鹿らしいほどに美琴は食べる。
それを全員が満足するほど食べたが、それでもまだ半身は残っていた。
流はワン太郎になんとかならないか? と聞くと、赤身そのものを瞬冷凍する事で鮮度を保つと言う。
どうやらワン太郎自慢の芸らしく、解凍してもドリップ一滴すらでない完璧な仕上がりだ。
「と、言うわけだワン」
「やるじゃないの、ワン太郎。ちゃ~りゅやるぞ、ほれ」
「いただくワン! ちゃーりゅは別腹ワン」
そんな彼らを見つめる複数の目。それは三左衛門たちである。
三左衛門は悲恋の中にある飾り気のない和室より、外の様子を見つめ、姫と仰ぐ主の変化に冷やせを落とす。
やがて三左衛門は重い口を開き、向日葵へと問う。
『……どう思う?』
『そうですね。やはりあの時に下賜されたモノが原因かと』
『忍者の視点から申しますれば、具現化能力も格段にあっぷしております。そうです、私が忍者です』
『才蔵もそう思うか。先の西洋式切腹台にヌシが打ち込んだクナイ、確かに見事だった。それにワシの虎鉄も切れ味が増しておるわ。やはり……』
『三左衛門様、豪商の視点としてはここ。そう、この和室すらより現実に近く思えますなぁ。そしてあの安置台すら……』
一同は部屋の最奥に安置してある「青金に輝く玉」を見つめ、その存在力が増しているのに危惧する。
『時空神が姫へと下賜したこの玉で、一体何を姫にさせようとしているのか。危うい……、これ以上、姫を苦しまさせる事の無いようにせねば』
三左衛門は無邪気に喜び、笑う美琴の顔を見ながら、そう思いを固めるのだった。




