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032:精神の極限状態~SAN

「そろそろ俺達も落ち着こうじゃないか?」

「そうねん、じゃあミーのお店へ行きましょうか」

「ジェニファーちゃんのお店? 何かやってるのか?」

「フフフ、このギルドの大酒場の一つを経営してるのよん、ほらあっちに大きくて素敵な像が見えるでしょ?」


 今まで気が付かなかったが、入口より右側にある大きなバーカウンターがある店の中央上部に、キレッキレのサイド・チェストをキメたジェニファー像があり、それは見る者のSAN値をゴッソリと削る禍々しさを放っていた。


「……あれは邪神像か何かなのか? 俺の精神力が見ただけで消耗してるんだが」

「……奇遇だな、ナガレと同じ事を考えてたところだ。そして俺は正気を保っていられるかが心配だ」

「もぅ! 二人とも冗談ばっかりなんだからん♪ さあさ、行くわよん」


 移動中に何度も観客達に陽気に絡まれたり揉みくちゃにされながら、三人はジェニファーの店へ辿り着く。そこには「BAR★ハッティン」と書かれた看板があった。


「……異界言語理解がまたぶっ壊れたのか? いや、ある意味正しいのか? オーナーがアレだけに……しかしこっちの言葉で本当は何て書いてあるんだこれ」


 ジェニファーの店は、邪神像とおかしな看板以外は結構まともだった。

 いや、趣味がとても良い店だった。


 天井から伸びる照明の魔具は淡い紫色の光を放ち、間接照明は暖色系の色で統一されている。

 カウンターはピンクアイボリー材のような光沢処理をされた、見る者を魅了する妖艶で艶やかな色合いだった。

 その木材は滑らかな象牙のような質感と、染め上げたものでは無い素材自体が淡いピンク色を放つ上品な仕上がりが一般冒険者には相応しくない、品のある雰囲気を醸し出す。


 さらに椅子は何かの動物の皮を柔らかく鞣した、高級感のある仕上がりとなっており、調度品も上品な物で統一されていて嫌みなく置かれていた。

 そしてバーの真骨頂とも言える棚には、色取り取りの銘酒が花を添える。


「アハン♪ どうかしらん? ミーのお店、洒落込むには自信があってよん?」

「精神トラップで巨滅兵より命の危機を感じたが、これは趣味の良い店だな!」

「ああ、全くだな。俺もジェニファーの店に来たのは初めてだが、とても趣味が良い」

「確かに素晴らしい。このカウンターの素材は特にいいな! 職人の強いこだわりを感じる鏡面仕上げだ。そして調度品の趣味も良い!」

「ああ、これなら俺も常連になれそうだ。酒の種類も豊富だな、王都でも中々お目にかかれない品ぞろえだ」

「んまあ! ありがとう♪ 今日は楽しんでいってねん。このカウンターを使ってくれる冒険者が少ないのよ。みんなお酒やおつまみを注文したら、あっちの席へ行く子が多くてねん」


((そりゃあそうだろう。何せ高級感ありすぎだし、何より頭上の化け物が精神攻撃してくるしな))


 そう二人の漢が心の中でシンクロするが、ジェニファーが寂しそうな表情をしているのでフォローする。


「ま、まあ俺達が常連になるから気を落とすな。そうだろう、ナガレ?」

「え!? そうだな。うん、ここならいい感じだな」


 店員もギルドの酒場には相応しくない、品のある対応をしていてとても好感が持てる。

 ギャップが激しいが、本当に良い店のようだった。


 ただ…………。


((店主がジェニファーじゃなかったら最高なんだがな!!))


「何か失礼な気配を感じるけれど、まあいいわん。奥の特別席へ行きましょう」


 そう言うとジェニファーは店員にツマミと飲み物の指示を出し、自分もソファーのひとつに腰を落とす。

 程なくして店員がテーブルに注文した品を置いていく。


「じゃあ、あらためてボーイの巨滅級討伐を祝してかんぱ~い♪」

「よく生き残った、おめでとう!」

「二人ともありがとな!!」


 白色の陶器製の器には葡萄酒が注がれており、それで乾杯する。


「ぬぉ!? これは……また濃厚でビロードのような味わい深い葡萄酒だな」

「うぬぅッ!! ジェニファー、お前とんでもない代物を開けたな?」

「アハン♪ ミーの秘蔵の一本よん。今日開けるには相応しいでしょう?」

「良かったのか? こんな凄い物を俺のために……」

「当たり前じゃな~い。ボーイはそれだけの事をしたんだからねん」


 ジェニファーに感謝しつつ杯を重ねる三人だったが、話の流から当然今日の戦いの内容になる。


「そう言えばボーイ、一番気になったのはやっぱりアレね。最後に巨滅兵に貫かれたわよねん? あれはどうして助かったのかしら?」

「ああ~それはな、これだよ」


 流は腰にある黒皮のアイテムバッグから一本の試験管を出す。


「それは何だ?」

「まぁ……そうだな。ウサギさんの加護かな?」

「まあ! ボーイは存外ロマンチストなのねん」

「違うって、本当にそうなんだ。俺の故郷に居る神様の一柱なんだよ。で、そのウサギさんが作ってくれた秘薬なんだよ」


 そう言うと流は小刻みに試験管を振って見せる、すると炭酸飲料水で見られる微細な泡が激しく動き出す。


「こうすると激しくなるだろう? そうすると効果が即効性に変わるらしい。ちなみに効果は傷口なんかを即時回復と体力も全開してくれるおまけつきだ」


 二人はその説明に目を見開いて驚き、そんなアイテムを惜しげも無く使う流に驚愕する。


「ナ、ナガレお前それって……」

「ボーイ貴方……今とんでもない代物を持っている自覚あるのかしらん?」

「やっぱりそうなのか? 俺もこの国に来てたばかりで常識が無いから分からないんだけどさ、もしかしてそうなんじゃないかと思ってたんだよ」

「本当に驚かされるわねん、貴方には……」

「だからお前はそれを口に銜えたまま戦ってたのか?」

「まぁ そんな感じだね」

「ナガレ、もし良かったらで構わないが、製法を聞いても?」


 製法と言われても自分も良く知らないので少し困るが、因幡から「適当な部分」だけと前置きされた聞いた製法を思い出してみる。


「ヴァルファルドさんなら別に構わないが……作る事は不可能だぞ?」

「ああ、それでもどんな物か興味がある」

「えっとだな……食用色素の緑と、バニラアイスを彷彿とさせるためにバニラエッセンスを少々。それにクエン酸と重曹を入れて爽快感を出し、メロンエッセンスを加える事でクリームソーダ―風味になった所で、最後に『うさぎさんの涙を一滴』加えたら出来上がりだ。あ、最後に何かお祈りをするっても言ってたな」


 二人とも何を言っているのかが理解出来ない顔をしている、無論説明している流も良く分かっていない。


「まあなんだ、うさぎさんの涙が最大の効能な訳で、あとは飾りなんだよ。お偉いさんにはそれが分からんのですよ」

「そうなのか……そのウサギさん? は神様なのか?」

「ああ。因幡の白兎って言う、とても可愛らしい神様だよ」

「なるほどねん、だからあの状況を覆せたわけなのねぇ」

「それにその腰の鞄は魔具だろう?」

「流石見る人が見れば分かるか、これは商業ギルドマスターから俺が売った物の保証の一部として預かった物だよ」


 流の腰のアイテムバッグ。それは見た目の何倍も入る魔具の鞄だった。


「装備も凄いわねん、そしてその腰の物が?」

「ああ、そんなところだ。そして最大の勝因は……」

「その剣だな?」

「とてつもない力を感じるわん……」


 二人は流の傍に立てかけてある美琴を、まじまじと見つめる。


「ねぇボーイ。その剣ってもしかして『カタナ』って言わないかしら?」

「ん? ジェニファーちゃんは博識だな。そう、これは刀だ」

「カタナだと? あのお伽話にあるアレか?」

「やっぱりねん……最初にボーイと会った時そうなんじゃないかと思ってたのよん」


(お伽噺話にまでなる刀ってなんだ? ちょっと待て、もしかしてまずいワードなのかこれ?)


「もしかして『カタナ』って不吉なものだったりするのか?」

「いえ、逆よん。昔この地を救った人物が持っていたとされているのだけれどね……」


 そう言うとジェニファーは黙ってしまうが、続けるようにヴァルファルドが話す。


「その話と言うには詳細がよく伝わっていないが、その救ってくれた人物は忽然と姿を消したらしいと言う話が今も伝わっている」


 詳しく話を聞くとそのお伽噺の人物は、以前この国自体を救った救国の英雄らしい。


 しかし救国の直後に、何故か何処にも姿が見えなくなり、最後に目撃された所がこの町が出来る前にあった村と言う事だった。

 それで時の領主が「彼がいつ帰って来ても良いように」と、ここへ町を作ったのがトエトリーの町の始まりと言われていると伝わっているようだ。


「そうだったのか、しかし刀を持った奴が救国ねぇ……それで一体何から救ったんだ?」

「その辺りも曖昧なのよん、ただ『人間やその他の知恵ある種族を滅ぼす存在』とだけ言われているわん」

「そして人間・亜人問わず『狂わせる』とも言われているが、それが何かも伝わっていないんだ。だから子供に聞かせる『お伽話』って言われている」


 なるほどと流は頷き、もう一つの気になる事を質問する。


「その刀を持った奴って、やっぱり俺と同じ黒髪黒目の奴だったのかい?」

「さて、そこまでは俺も聞いたことが無いな。ただ、聞いたことが無い流派を使っていたとの事だ」

「そうなのか。ふむぅ、何か同郷の奴っぽい話だが、大昔の事なんだろう? まぁ俺には関係なさそうだな」


 そう言うと流は美琴へ手を伸ばし、愛おしそうに撫でる。


「まるで彼女みたいに接するのねん、妬けちゃうわん」

「あはは、まるでじゃなくて彼女そのもさ。名を『悲恋美琴』と言う。この世に二つとない芸術品なんだよ」

「武器を恋人、か。命を預けるあいてには相応しい表現かもな」

「分かるわん、それにそのカタナ……ヒレンミコトちゃんかしらん? 何かこう生きている女子な感じがするわん」

「うむ、やはりあれなんだろう。命ある武器ってやつだろ、ナガレ?」


 ただ者じゃない二人には流石に分かるかと感心しながら説明する。


「流石だな、美琴は生きている。そう、魂がここにあるんだ」


 そう言うと流は美琴の鞘を一撫でする、すると美琴は優しく揺れた。


「今答えたな、ナガレの言葉に」

「凄いわね……ここまでハッキリ自我がある物は見たことが無いわん」

「良く分かるな、本当に二人は何者だ? ジェニファーちゃんは見た目もただ者じゃないからまあいい。だけどヴァルファルドさんは最初に会った時から、雰囲気や佇まいからして普通じゃないのが分かる。俺の師匠のセリフだが『武術を極めた者は信頼に足る、それが良くも悪くもな』と言っていたが、それを実感出来る二人だよ」


 ジェニファーとヴァルファルドは、互いに顔を見合わせて苦笑いをする。


「それこそナガレが、だな。だがそこまで言われては改めて名乗ろう。俺は『極武級』の称号を持つ冒険者、ヴァルファルドだ。姓と前歴は全て捨てて今ここに居る。まぁ過去は聞かないでくれ」


 流はヴァルファルドが姓を捨てたと聞き、元貴族か立場のある存在だと認識するが、それ以上は聞かずに一つ頷くだけに留める。


「ミーはそのままのジェニファーよん。そしてそこの朴念仁と同じく『極武級』の冒険者でもあるわん。さらに本業の冒険者ギルドのアイドルの地位を欲しいままにしている罪な紳士おんなでもあるわ」


 そう言うとジェニファーは〝バヂゴンッ!!〟と怪光と怪音を周囲に放ち、そして魅惑の衝撃を放つウインクする。


 会心にして痛恨の一撃! 油断していた流とヴァルファルドは精神的ダメージで激しく疲弊した。


「ぐぼぁッ!? そこでなぜ攻撃するし! 正気が保てな……い」

「グボフッ!? 俺も巻き込むな! そして朴念仁ではない。我を通しただけだ」


「んまあ~! 失礼しちゃう! 女神も裸足で逃げ出す美★ウインクなのにん」

「「ソウデスネ……」」


 女神どころか、邪神も逃げ出す攻撃だろうと思う二人であった。


「それにしても二人とも極武級か? 驚くって言うか納得しか出来ないね」

「ミーはトエトリーがホームだから大体は居るけど、ヴァルファルドがここに来たって事はよほどの大事なんでしょう?」

「まあ……そう言う事になるのだろうな。俺もまだ詳しくは領主様から知らされていないが、近いうちに何かが起こる予感はする」


 ヴァルファルドの話に興味を持ちつつも、流は何処か他人事のような気分で聞いていた。

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