031:祭りは終わらない
「……一体、何が始まるんです? まあ聞かなくても分かるけどな……」
ギルドの正面ホール兼、大酒場は変貌を遂げていた。
武骨な木のテーブルは白いクロスに覆われており、色取り取りの酒や飲料水。そしてとても大きな漫画肉と呼ばれる肉の塊や、テーブル程もある魚の姿焼き、見たことも無いフルーツの盛り合わせ等々、食材が次々に外の屋台からも、ギルドの厨房からも運ばれ続けていた。
更に中央には何故か豪華なステージが作られていた。
そのステージの中央にはいつも入口に居る「誘ってるバニーの人形」が安置され、その手にはやっ付けた感じが漂う「巨滅兵討伐おめでとう」と書いてあるプラカードを持っていたのを見て、流は心が温かくなった。
「くそ、不覚にも目がしらに汗が……お前らはなんて良い奴らな……ん?」
ふと、バニーの足元を見ると、「よっしゃ!! 巨滅兵には敵わない! 俺達大勝利!」と言うプラカードが転がっていたのを見つけ、流はハイライトが消えた遠い目をするのだった。
「さ、ボーイ。ステージの上へ行くわよん!」
「え~やっぱりそのためのかよ~」
「祭りの主役としての義務だぞ、行って来いナガレ!」
黒鎧の男、ヴァルファルドは流の背中を景気よく押し出す。
「ヴァルファルドさんまでかよ、はぁ~。行ってきますよ~」
そう言うと流は嫌々ながらもステージに上る。
するとミャレリナも上って来て、拡声の魔具でギルド内に声を響かせる。
「只今より、巨滅の英雄の巨滅級討伐成功の報償と、称号の授与式を行いますニャ。参加希望の方は先着順でギルドホールへおいで下さいニャ!」
そうミャレリナが告知すると、あっと言う間に会場は埋まってしまう。
流も所定の位置で待つように言われ、現実感も無いままに、ボ~っと立ち尽くす。
「おい、ボーズ! ぼーっとしてんなよ? 巨滅の英雄なんだからよ」
「そうだぞ~巨滅の英雄とかカッコよすぎだろ」
自然に言われていたので受け入れていたが、今更ながらその「巨滅の英雄」って何だ? と流は思う。
「おい、あんたら。その巨滅の英雄って何だ?」
「なんだよ、そんな事も知らないのか? そりゃお前の称号だよ。巨滅級の単独討伐が出来る、スゲー奴が名乗る事が出来る勲章って訳だな」
「そ、そうなのか。で、もし失敗してたら?」
男達はニヤリと笑いながら「そりゃおめぇ~」と続ける。
「当然英雄にはなれねーわな。だが『勇者』にはなれるぜ? サブマスが言ってたろう? 蛮勇者ってな!!」
そう言うと男たちは大笑いする。
「あんのクソサブマスめ~。俺が初めからそうなる事を期待してたのが良く分かったわ!」
サブマスが残念な奴だと改めて実感出来た頃、ミャレリナが準備が整ったと流に報告する。
そしてステージに設置された魔具のマイクで、会場に報奨会の始まりを告知する。
「じゃあ皆さ~ん。パパッと終えて大宴会を始めるニャ! ではナガレ様、まずはこちらをどうぞ。まずは討伐報酬の金貨二百枚ですニャ!」
「俺はついで扱いかよ! って……え!? ニヒャ、二百枚?? そんなに貰えるのか!?」
職員が運んで来るサイドワゴンの上には、金貨が大量に乗ってた。
それが室内の照明に照らされ、黄金に光輝いているのを見ると、ギルド内が驚嘆の声で覆われる。
「はいニャ。今回の討伐クエストはジェニファーちゃんからの依頼ですが、それをギルドが正式な依頼として発行しましたニャ」
「そうだったのか、ただの実力テストって話だったのに」
「あはは……そこは申し訳なく思っていますニャ。そして今回のクエストは公開討伐としたので、その収益からの報酬でもありますニャ」
「オイ、俺で商売するな! まあいいか、楽しかったし」
それを聞いていたギャラリーが呆れる。
「おい、聞いたか? 楽しかったらしいぞ」
「見ているこっちは楽しかったのは分かるけどな、俺はあそこに立っただけで失神しそうだわ」
「同感ね、私ならあの歓声だけで足がすくむわ、きっとね」
「正気の沙汰じゃねーよ、狂人か?」
等々、口々に呆れている。
「そこのお前、狂人って言うな! ったく失礼な奴らだな! まったく。じゃあ、ありがたく貰っとく!」
「それとこれをどーぞ」
ミャレリナは箱からギルドカードと、金属で出来ているようだが、肌触りが良く柔らかな腕章を流に渡す。
「これは『巨滅級++』のエンブレムが刻まれている腕章ですニャ。防御力と攻撃力があがる魔具でもあるので、常に身に着けておく事をオススメしますニャ」
「それは凄いな!! 綺麗だし軽いのが気に入った」
「喜んでいただけで良かったですニャ~。ではこれで授与式は終了となります! んじゃあ……みんなお待ちかねの大宴会がはっじまるニャ~♪ 今宵は久しぶりの公開討伐成功記念!! ぶっ倒れるまで楽しんでニャ!!」
そう言うが早いか、会場は乾杯の声とナガレへの恨み言で埋め尽くされる。
「よっしゃ! 俺の財布を軽くしやがったクソガキに乾杯!」
「私の財布もやられたから悔しいが、ボウヤに祝福を。乾杯!」
「「「ヒャッハ~! アニキに乾杯だ! おっと、ここは通さね~ぜぇ~」」」
「ナガレさん、串焼き大事にしますね。かんぱ~い♪」
「ナガレの生還を祝して! 馬鹿だね、あんたら。だからナガレに賭けとけばよかったんだよ」
何やらおかしな声も聞こえるが、気のせいだと思う流であった。
その後、ナガレの討伐成功を祝うのを口実に、あちこちで乾杯が繰り返され、料理が次々運ばれて来るが、持ってきたそばから消えていく。
そこへジェニファーがエールが入った木製のジョッキを流に差し出し、ヴァルファルドと三人で乾杯する。
「アハン♪ 驚いたかしらん? 本当に公開の等級認定は珍しいイベントなのよ。それに……」
ジェニファーが視線を向けた方を見ると、若い冒険者を中心に盛り上がっていた。
「オレ、スッゲー興奮した!! あの触手とガチで一歩も動かないで、ヤリ合っている姿が今でも目に焼き付いてるゼ!!」
「ああ! あれは凄かったな! それにその後の大剣を登って行った時は死んだかと思ったら、何故か無傷だったのも驚いた」
「そして最後のアレだろ!? 巨滅兵を真っ二つにした意味の分からない攻撃! あれ剣でやったんだよな? 魔法? どっちにしてもスゲーよ!!」
「最後はこの大宴会の主役にして巨滅の英雄だろ~? しかも多額の報酬まで貰えるとか、憧れるなって言う方が無理だぜ!!」
大興奮で流の戦いを絶賛する者達……さらに。
「そうそう! そして最後に収音魔具で拾ってたあのセリフがステキよね~」
「うんうん、ソニアの言う通りだよ! もうカッコよすぎて倒れそうになったもん!!」
「分かる、分かるよミニア! 息が出来ないくらいの緊張感で、最後にあのセリフでしょ!?
「「「よう、約束を果たしに来たぜ? 地獄へ帰りやがれ!!」」」
「もうヤバすぎだよね!!」
「色々漏れそうでやばかったよ!」
「ミニア、そこは人として自重しようね? でもカッコよすぎだよね、ナガレ様! 巨滅級最上位を単独討伐で++の称号でしょ!! もう、色々とハードに抱かれてもいい。いえ、むしろ抱いて!!」
「「アレアがまず女として自重しろ」」
それを聞いた流は呑んでいたエールを盛大にブッ放つ。
「ブッボッ!? 何だよ! 収音の魔具って!? そんなのもあるのか!!」
「ハッハッハ、それだけじゃないぞナガレ? 今回の死合いの内容は映像保存の魔具で、今後上映予定だからな」
「まぢかよ!? 出演者に無許可で上映とか……。俺が許してもフランスの、イズニ―村の有名な子孫が起こした会社が許さんぞ」
「アハン♪ それを含めた報酬額って感じかしらん。ギルドとしても今回の興行でかなりの収益になったでしょうしねん。何より冒険者達、特に若い子達がボーイの健闘に憧れてるわん。それで依頼にますます力が入って、ギルドも冒険者もどっちもお得ってわ・けよん?」
なるほど、と流は辺りを見渡し納得する。
(ただね、一部ではその逆もあるのよね……)
ジェニファーは別の一角に集まっている三人にさりげなく注視する、そこには今日行った実力テストの参加者だった男を見る。
「チッ、あんなの何かトリックがあるに決まっている。きっとギルドと裏取引をしてイカサマをしてるに違いねぇ」
「もう、カワードったらいい加減にしなよ! ナガレさんがそんな事するわけないじゃない! ねぇお姉ちゃん?」
「ああ、アタシもそう思う」
「ハッ、お前達はみる目が無い。どう見てもイカサマだぞ。あんな曲がった細い剣で、あんな巨体が切れる訳が無い! 大嘘だよあんなのは」
「カワード……」
「…………」
昔から内面的に酷く歪んだ男だったが、ここ最近はそれが特に酷く感じる。
そんなカワードのあまりの妬みの酷さに姉妹は言葉を失う。
「こんな所に居ても面白くもなんともねぇ。さっさと飯食ったら外で飲み直そうぜ? あんなイカサマ野郎より、俺の剣技の方が冴えてるって分かるだろ? なぁ~リリアン?」
「……ああ、そうだな間違っていない」
「オネーチャンまで!」
「ああ、やっぱりもういいや。それじゃあもう行こうぜ。俺らは今日の参加者ってんで、ただ飯だから来たが、最悪の雰囲気で食ってもマズイだけだ」
(どうも気になるわね……あのカワードって子と、姉のリリアンだったかしら? 何も問題を起こさなければいいけれど)
カワードを追いかけるように出て行く二人に、ジェニファーは経験上、嫌なものを感じていた。
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