312:アハンと響く妖艶な叫び
「アナタ、後悔するわよ? 本当に父上が命令しているのですから」
「……例え……それが本当であれ、証拠は出揃っています。昇進はするでしょうが、処罰などはされないでしょう。それが私達、武門の世界なのですから」
「そう、なら死ぬほど後悔なさい。私はこの事を父上へと報告し、アタナの処罰を願い出ます」
「これはしたり。私はあくまでアイヅァルムの法に従っているのみ。それを覆すなど……セリア様、貴女はお家を軽視するのですかな?」
その言に反論の余地もなく、顔を強張らせるセリア。そして最終手段に打って出る。それは――。
「――お嬢様、潮時ですなぁ」
「そのようねルーセント。本当に嫌な男。アナタのような人の家族になる女性は、さぞかし不幸でしょうね」
「あぁ、それですがねセリア様。今度の大手柄の報酬の一つに、貴女様を所望しようかと思います。受けていただけますね?」
その言葉で一気に火がつくセリア。
「誰がキサマのようなゲスの嫁になど行くものか!! ルーセント!」
「落ち着かれよお嬢様……その怒りはワシのものじゃ!! 者共かかれ!!」
『『『ハッ!!』』』
民衆に紛れたセリアの兵が抜剣した瞬間、それを見たイズンは焦る――ような素振りで内心。
(勝ったあああ!! 馬鹿な女めえええ!! お前が来る事は予測済みよ!! これで煩い馬鹿女を大人しくさせる、大義名分が立つ!! さらに馬鹿女を飼いならせたと言う実績も出来、ますますセリアを手に入れやすくなった!!)
「セリア様ご乱心!! 残念ながら取り押さえさせていただきます!! 者共かかれ!!」
『『『ハッ!! セリア様申し訳ございません!!』』』
さらに民衆に扮したイズンの子飼いの部下が複数現れ、セリアの騎士に襲いかかろうとした刹那――。
「――オイ。人が大人しくしているんだ。あまり騒がしくするもんじゃあないぜ?」
そう氷を背骨に突き刺されたような、恐ろしい声が響く。全員その方向を自然と見ると、銀髪になった罪人の男が睨みつけていた。
その目はネコ科の獣人のようでもあったが、そんなモノとは到底思えない程にとても恐ろしく、明らかに人のソレではなかった。
さらにその男から伝わる恐ろしい波動が、住民はおろか兵士まで硬直させて動けなくする。
だがそこは腐っても将。イズンは震える体にムチ打ち、再度命令をくだす。
「エエエイッ何をしている!! さっさと捕縛しないか!! どうしたああ!? 動け!!」
「無駄よ。だってアナタ……彼を敵にしたんだもの」
「何を言っ――ッ、ヒイイイイイイイイイ!?」
イズンを見据える凍える瞳。それは恐ろしく、恐怖すら生ぬるい――死、そのものであった。
錯乱したイズンは、恐怖で動けない執行官より手斧を奪い取る。恐怖の化身たる男の首をはねるため、渾身の力でギロチンの刃を固定しているロープへと手斧を振り下ろす刹那、別のぶっ倒れるような恐怖の〝圧塊〟が入り口から浴びせられる。
「アハ~ン♪ はああああ~い!! そ・こ・ま・で・ょ~ん?」
「まったく、今日は厄日か? 休む暇もない。まぁ俺より忙しい奴がそこに寝てるがな。また楽しそうな事になってるなぁ、ナガレ?」
「おおお!! ジェニファーちゃん!! ヴァルファルドさんも!! 一体どうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたも無いわん。ねぇ、ヴァルファルド?」
「ああ、まずは『おめでとう』と言わせてもらおう」
「はいぃ?」
流は間の抜けた声を出す。それが合図となったように、恐怖が霧散し全員が動けるようになった。
「え? 一体なんの事だよ?」
「もぅ~ボーイはニブチンねん♪ 今日ボーイは何をしたのかしらん?」
「えぇ? 掃除して、昔の栄光を語り、今は寝ている?」
「えくせれ~んつ♪ これだからボーイはステキなのよん」
「ハァ~。ナガレよ、お前なぁ……もう少し現実、見ようぜ?」
「えーっと……?」
その時また別の集団が現れ、流へと向けて叫びだす。
「オオオオ!! 無事だったか、巨滅の英雄++!! いや、今は違うかな? ハッハッハ」
「アンタはドラゴンヘッドのエドじゃないか!? どうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたもネェヨ。マジ苦労したんだからなぁ?」
エドの発言に、ますます困惑する流。そんな顔を面白おかしく見ているジェニファーたちは、事の始まりを話し始める。
「もぅ、本当にニブイわねん。実はこの子達がねぇ――」
――事はエドがセリアより預かった書簡より始まる。
「アレキス! 至急支部長を呼んでくれ!!」
「どうしたんですエドさん。そんなに血相を変えて? ってまさか、リザードマンに敗退したんですか?」
「違う、そっちは巨滅の英雄++が片付けた。その絡みなんだが急いでくれ、緊急だ、時は一刻を争う!!」
「わ、分かりました。今すぐって、支部長!?」
「どうしたんだエド、お前らしくもない。少し落ち着けよ?」
ちょうど入り口から入ってきた、巨漢の男が不思議そうに口を開く。どうやら二人は知り合いと言うより、もっと親しい間柄らしく、フレンドリーにエドに向かって話す。
ここはアイヅァルムの冒険者ギルド、その名も「トエトリーアイヅァルム支部」であった。




