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002:ファンファーレと記念品

「と、言ったものの……。一体これはどうやって開くんだ?」


 思い切り引いても開かない障子戸。

 その開け方が不明であり、施錠でもしてあるのかと障子戸を調べると、いかにも怪しい場所を発見する。

 よく見るとそこには「マヌケには解けない箱根細工」と書かれている場所を発見する。


「クッ……クククク、誰に物を言っているんだ? このパズ脳の俺に向かって!」


 パズ脳と言う謎の称号を持つこの漢にとって、箱根細工等は子供の玩具のようなものらしい。

 ものの三分ジャストでそれを解くと、箱根細工が〝カタン〟と言う音と共に剥がれ落ちる。

 すると中から文字が現れ、達成者を祝う文言が書かれていた。


 見るとこう書いてある――「三分とは凄いです! でも、別に解かなくても障子戸は●を押せば開きましたよ? 時間の無駄でしたね♪」と。


「チョットマテ! どうして三分だと初めから書いてある!? 一見アナログに見えて、ITの塊だったりするのか、この障子戸? と言うかなんてムカつくんだ……」


 リアルタイムとしか思えない文章の内容に、思わずツッコミを入れつつ、流は点滅している黒い●を見つめる。

 そして特に考える事も無く、そのまま黒い●を押してみる。


「ここを押せばいいのか? チッ、手間かけさせやがって」


 セリフは完全な悪党であるが、本人はいたって真面目に言っているのが滑稽である。


「でもあれだよな、コレ押したら穴が開くぞ? いいのか……。まぁ書いてある通り押してみるか」


 一瞬穴を開けるのはマズイだろうと考えて見るが、普通に開かない障子戸を開けるには、指示通りにしようと思いなおす。


「ま、まぁいい。それよりも……だ! 俺の古い価値観よさようなら! そして新しき驚愕の世界よウェルカム! はい、ポチッとな!」


 すると〝ぷすっ〟と障子に穴が開き、そのままゆっくりと障子戸が開いていく。


「え”!? やっぱり穴開いたし!! これ俺が悪いの? って眩しッッッ!!!!!」


 瞬間、店内が一斉に歓喜とも、咆哮とも言う五感で感じられない〝何か〟でざわつく。

 障子戸が開き始め、その開いた空間から世界が白銀に塗られたかのような閃光と、重低音のレトロゲームのようなSEが流を襲う。

 やがてその閃光と音が徐々に収まる、が――。


「ギャァァッス!? 目が、目がぁ~!!」


 閃光で目がくらみ、爆音で耳が悲鳴を上げ全く状況が把握出来ないが、お約束を忘れない漢、流は意外と冷静に生きてる器官から情報を分析する。


「なんだ? 今は冬なのに暖かな心地よい風を感じるし、草原の香がする。それに土の匂い? 甘い……これは花の香?」


 徐々に視界が戻ってきた流は更に驚愕する。そこは一面に花が咲き乱れた小高い丘にある草原であり、VRでもなければ映像の類でもない。そこにあるのは本物の自然だった。


「――――え? 嘘だろ、ここ……どこだよ」


 振り返ると開いた豪華な障子戸が静かに生きているように佇んでおり、障子戸の向こう側にある店内の景色が見える。


「どら猫さんの不思議障子戸かよ……確かに驚愕だな。って言うか店主はどこだ? 大体これは何なんだ、落ち着け俺……。一度店内へ戻ってから店主を待つしかないよな。でもまた障子戸を通ったらあの閃光と音に襲われるのか? 簡便してくれよなぁ。ハァ~、ここは気になるが覚悟を決めて一度戻ろう」


 混乱する頭を何とかなだめ、流は覚悟を決め目と耳を塞ぎ障子戸を跨ぐ。

 すると何も無く戻る事が出来、その直後障子戸が静かに閉まった。


「よし、後は店主を待つだけだな。しかし一体なんだあれは……ここの店主は猫型AIか何かなのか? ふぅ……。一度外の空気を吸ってくるか」


 流は店主を待つ間、少し落ち着きたく思い店の入り口へ向かい引き戸を開けようとする。しかし開くどころか、強固な壁でも引いているかの如くびくともしなかった。


「!? なんだ? 今度はこっちがびくともしねーぞぉぉぉ!! ぐぎぃぃぃ!!」


 横に思いっきり力を入れ、開けようとするが全く動かない。

 するとガラスの向こう側に、見知った顔の骨董仲間である、老人が歩いて来たのを見つける。


「あれは六郎爺さん! おーい、六郎爺さん! 爺さん、俺だ、流だ! 誰か呼んできてくれ!!」


 引き戸は大声を出せば気が付くほどの作りで、防音じゃないはずだが、一向に六郎は流に気が付かない。そうこうしているうちに、六郎は通り過ぎてしまった。


「六郎爺さん、ついに耳までイカレたか? はぁ~困ったな。まさか入口が開かないとはね。お! あれは女子高生か? あいつらなら気づいてくれるはず! おーい!! そこの子達、こっちに来てくれないかー?」


 三人居る女子高生達に大声で呼びかけても誰も反応をしない。そこで流はしかたなく引き戸を叩いてアピールする。しかし誰も音にすら反応せず、そのまま通り過ぎてしまう。 

 更にその後サラリーマンと、子供連れの母親と、犬を散歩中のマダムが店の前を通過する。

 当然全員に引き戸を叩きながら大声で呼びかけてみるが、誰も反応が無かった。

 唯一マダムの黒いオスの柴犬だけがこっちを凝視したかと思うと、踏ん張りはじめ「ワン!」と一声鳴いた後、そのまま行ってしまう。


「マジかよ……。どうなってんだここは? あ!! そうだった、スマホがあるじゃないか! それで外部に連絡を――って!? 嘘だろ、圏外になってる……」

 

 確実に圏内のはずが、なぜか圏外になっている事にショックを受けた流は、店の中央にある囲炉裏の所へ来て椅子へ座って頭を抱える。


 その時だった、突如店内に響くファンファーレと、クラッカー音が流を驚かす。


「〆:ぱんぱかぱ~ん♪ おめでとうございま~す! お客様が令和初の異世界開門をなされましたので、記念品として『日本史上最()の妖刀! 悲恋美琴(ひれんみこと)』をプレゼントしちゃいまっす♪ はい、拍手~」


 そう謎の声が店内に響くと、店中から一斉に拍手やら指笛が始まる。


「は……? ちょ、ちょっとマテ! あんた一体何を言っている!? と言うか、何処に居る!!」

「〆:え? 嫌ですねぇ、その御年でボケたのですか? や~だ~」


 意味不明の状況、そして耳だけじゃなく、脳内に直接響くような声に苛立ちを感じながらも、流は状況を把握しようと周囲を確認する。

 すると目の前の囲炉裏を囲むテーブルの上に、先程消えた「ウサギの菓子」を発見する。

 その菓子を良く見ると、また和紙のメモをくわえており、その文字が今聞いた内容と同じだった。


「え、メモと話した内容が同じだと? これは……」

「〆:ですから私が話しているのですよ? 古廻様」


 瞬間ゾっとする。なぜこのメモ用紙は自分の名前を知っているのか、と。

 さらに良く見れば、リアルタイムで話している内容が、ペンも無いのにメモ用紙に書かれて行く。


「……お前は誰だ?」

「〆:嫌ですね、初めから名乗っていますよ。私の名は(しめ)と申します」

「それ名前か? まぁいい。それよりもだ……なぜ俺の名が分かる?」

「〆:うふふ。一言で言えば『状況判断』とでも言いますか……。それにもう一つは、先程●を押した時に、個人情報を盗――いえ、拝借いたしました」

「おい! 今、盗んだって言いそうになったろう!? 嘘だろ、一体どうやって……」

「〆:まぁまぁ、男子たるもの細かい事は気にしちゃダメですよ?」

「はぁ~、まあいい。迷い()か何かの一種なのか、この妖怪屋敷は?」


 そう言うと、メモ用紙の〆はムっとした様子でそれに答える。


「〆:失礼ですね! 迷い家風情と一緒にして欲しくありませんね! ここは由緒ある『異怪骨董やさん』なのですから!」

「俺から見ればどっちも化け物屋敷だよ。それで、どうやったらここから帰れるんだ?」


 流がそう聞くと、店内に某有名RPGゲームで『全滅した時』の音が流れる。


「〆:くすん……。残念ながら古廻様は、普通にお帰りになる事は出来ません」

「はぁ? 何を言っているんだ? って言うかこの曲はやめろ、そして泣きまねをするな!」

「〆:せっかく雰囲気を出してさしあげたのに……」

「余計なお世話だよ! で?」

「〆:せっかちな男子は嫌われますよ? えっとですね、初めの出入口からは普通には帰れません。そのお約束で向こうの入口を開放したのですからね?」

「約束ってあの障子に書いてあったアレか?」

「〆:ええ、そうですよ。ちゃんと確認しましたよね? 戻る事は『大変困難』だと」

「と、なると戻る事は可能……条件はなんだ?」

「〆:普通なら怒鳴り散らしてもよい話だと思いますが、流石は鍵鈴に選ばれるだけの達観さをお持ちの古廻様。話が早くて助かります」


 〆の少し上から目線の言い様に、イラっとしつつも「ここは妖怪の腹の中」と言う事を思い出し、流は努めて冷静に〆を見つめる。

 鍵鈴と言う言葉が気になったが、多分今自分が手にしている鉾鈴の事だろうと、その先を促す。


「フン、世辞はいい。それで?」

「〆:では早速。先程いらした草原の世界で『古廻様が一定の状況で最高に満足した結果を残したと思った時』と言う条件が達成され時、入口の封印は解除されます。満足の内容は古廻様のお気持ち次第なので、内容は問いません」


 その答えに流は少し考え、メモ用紙を見つめながら一つの疑問をたずねる。


「一つ聞きたい。俺に何をさせようとしている?」

「〆:別に何も……。ただ強いて言えば、貴方様はあの封印を解き放つ事が出来た。と言う事は、異世界を楽しむ権利があると言う事です」

「言い方を変えよう、お前に何の益がある?」

「〆:そうですね。その鍵鈴ですが……お気に召しましたか?」

「ああ、何故かしっくりくると言うか、体の一部のようだな。コイツは何だ? 出来れば購入したいんだが」


 その質問に〆は楽し気に少し笑うと、困ったように話し出す。


「そうですか、やはり偶然と言う訳では無いのですね……。ええ良いですよ、その鍵鈴は古廻様へお譲りいたしましょう。お代ですが、先程の質問の答えとなりますが……異世界を楽しんでいただく事で、その対価とさせてください」

「それのどこが対価になるんだよ? そしてお前の益になる答えを聞いて無いが?」


 流がそう言うと、〆は申し訳なさそうに話し始める。


「〆:そう……ですね。こちらも強いて言えば『過去の過ちを清算出来ればいいな』と言う感じですかね」

「過ち? 何かあったのか?」

「〆:随分と昔のお話になります……。過去にこちらの世界より向こう側へと、(ことわり)を無視して渡った物があるのです。もしまだそれが存在するのなら、それを見つけ出して、壊して頂けたら嬉しいなと言う感じですかね。それが私の益と言う事にして頂けたら幸いです」


「それはどんな物なんだ?」

「〆:その当時は人形でしたが、今は良く分かっていません」

「また随分とテキトウな表現だな。それは強制か?」

「〆:いえ、あくまで希望ですので、古廻様のお好きになされて結構です」

「それは随分と緩い話だな。そちらに益があるとはあまり思えないが……。まぁ、お前がいいならそれでいいさ」


 何やらまだまだ裏に何かを隠している含みを感じながらも、流は条件の「人形を破壊すると言う事が、出来ればお願いレベル」の話なのでとりあえず納得する。


「で、あちらの世界――つまり異世界か? あんな草原で何を満足しろと?」

「〆:とりあえず今分かる情報だけは、お伝え出来ますのでお答えします。あちらの世界は無人と言うわけではなく、人間もいますし、野生動物も沢山います。それらと交易をしたり、御自由に過ごして下さい」

「おいおい、交易と言っても俺は何も無いが?」

「〆:そこはほら、ここにある『現在使用出来る』品と数なら無制限にお使い下さい」


 微妙な言い回しである「現在使用出来る」と言う言葉から推測すると、何か条件達成すれば幅が広がると確信する。


「……で、その使える品や数の開放条件は?」

「〆:本当に話が早くて助かります。一定の満足感を得られる(・・・・・・・・)と、順次開放予定ですので、頑張って下さい」

「分かった、じゃあ取りあえず外を見に行くとするか~」

「〆:あ、古廻様少しお待ち下さい、まず本契約書にご記入願います」

「え、本契約? おい、まだ何かあるのか!?」


 その言葉に思わず突っ込むが、〆は何事も無いように〝ぺらり〟と裏返り、裏面にある記入欄が点滅する。

 ご丁寧にいつ間にか、初めからそこにあったかのように、自然な感じで羽ペンとターコイズブルー色の高価そうなインク壺、さらにもう一枚メモ用紙まで出現していた。

 これまでこの骨董屋は色々異常だったが、今回のコレはそれが際立つ。


 その理由は……。


「おい! 何故だ、何で俺の夢まで分かる!? 誰にも話した事無いのに!!」


そこには流の氏名は無論、生年月日や住所や趣味等の詳細な情報と『夢』まで書いてあった。


「しかも夢まで……誰にも話したことが無いのに」


 流の夢、それは骨董屋の看板を上げ、一国一城の主になる事であった。


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