027:串焼きが好きすぎる娘
町を歩くと、領都内の定期馬車が忙しそうに道を往復し、買い物客や仕事帰りのワーカーで溢れていた。
子供連れの親子がバスケットいっぱいに詰まったパンを購入し、嬉しそうにそれを持つ子供。
巨大な肉の塊を男二人で回し焼している屋台や、不思議な果物が山積みになっている店が隣にあるかと思えば、キノコ専門店まであり、屋台だけで数えるのが馬鹿らしいほどずらりと並んでいる。
ふと少し離れた広場を見れば、大道芸が始まると宣伝をしている。
すると子供から大人まで殺到し歓声が上がり、その大道芸の客達に飲み屋の呼び込みを明るく元気にこなす娘達など、見ていて飽きないどころか興味が尽きない。
「この時間が一番活気がある感じだな……それに大抵の人の顔が明るい。ここの領主はよほど善政を敷いているのかね」
中央広場を抜け、しばらく歩くと遠くに正門が見えて来た。その傍に冒険者ギルドがあるためか、正門から少し行った場所には人が沢山集まっていた。
「ギルドもこの時間は大忙しか? こんな時に昇格試験をするなんてジェニファーちゃんも何を考えてるんだ?」
更に近づくと異様な雰囲気が伝わって来る。
「おいおい、まさかこれって……原因は、俺? うっそだろ、アホなのか異世界……」
朝には無かった屋台が道の領端に所狭しと並び、飲み物や食べ物を大声で売っており、更に「場外賭札場」とデカデカと看板が上がり、そこへ人が殺到していた。
良く見るとその屋台群の中に見知った顔を見つける。
「ファン! 一体これは何事だ!?」
「おお!! ナガレか! お前のお陰でうちの奴らも大助かりだぜ!」
「やっぱり俺がこの騒ぎの原因か……で、オッズはどうなってる?」
「流石商人、切り替えが早いな!」
そう言うとファンは豪快に笑う。
「今の所お前が劣勢だ。何せ相手は巨滅級だろ? しかも単独討伐だ。普通に考えりゃ無理つーか、死ぬ。そんな負け勝負に誰が賭けるか? って話よ」
「だよな~。で、お前はどうしたんだ?」
「ばっか、聞くなよ恥ずかしい! 当然お前に全ツッパよ!!」
「お前なあ~商人なら手堅く行けよ? ギャンブルは身を持ち崩すぞ?」
「それこそまさかって奴よ、こんなんギャンブルにすらなってねーだろ? 何せ確実にお前が勝つんだからな!」
「おいおい、勝負は時の運だぜ? まあ、負ける気はしないがな」
そう言うと二人はニヤリと口角を上げる。
「死ぬなよ、ナガレ。お前にはまだまだ返さなきゃいけない借りがあるんだからな」
「貸したつもりは無いが、死ぬつもりもない。だから安心して商売してろ」
「はは、相変わらずだな。俺も始まる頃には他の奴に任せて見学に行くわ。あ、そうだ! この串焼きを食べてけ。最上級の力豚の頬肉だ、力が湧くぜ?」
「おお~そりゃいい。丁度腹も減ってたから、うさちゃん特製の弁当でも食べようかと思ってたんだよ」
「うさちゃん? まあそれなら丁度良かったな。ほれ、焼きたてだ!」
ファンは流に焼いていた串焼きを全部渡す。
「おいおい、食いきれないぞ」
「そん時はギルドの奴にやればいい、まあ持ってけ」
ファンは串焼きを包み、周囲を見渡しながら流に面白そうに語り掛ける。
「こいつ等はお前のショータイムに期待して、今や噴火間際の活火山だぜ。無論俺もだがな!」
「お、ありがとうよ、串焼きは貰っておく。じゃあ後で来てくれ、俺に役者の才能が求められているのなら、主演としては最高のショーを演じてみせようじゃないの」
「はっはっは、そうさせてもらうぜ」
「あっと、ファン。これを俺に全額賭けといてくれ」
そう言うと流はファンに、腰の袋を放り投げる。
「ッハ! 勝負は時の運だと? 良く言うぜ」
返事代わりに流は右手をヒラヒラ振りながら、振り返らずにギルドへと歩く。
相変わらず無駄に誘ってる、バニー人形を一瞥しながらギルドの前に到着すると、ウエスタンドアを思いっきり「押して」入る。
――鳴り響くよそ者アラートが、喧騒のギルドに一時の静寂をもたらす。
シンと静まり返るギルド、そして入り口には歓迎するかのように奴らが居た。
「おい、挨拶はどうした?」
「ヒィ! ヒ、ヒャッハー!」
「ココ、ここは通さねーぜ~!」
「よし、合格!! やれば出来るじゃないか、これで立派な特級雑魚認定だな。うむ、実に清々しい」
「へい、アニキ! これからも精進しやす!」
「誰がアニキだ、誰が。人聞きの悪い事を言うな」
そんな手下? との温かい交流をしていると、ギルド内部が徐々に騒がしくなる。
「お、おい。あれって例の……」
「ああ、間違いない。朝のイカレタ奴だ」
「あたしゃあアイツに全額賭けたよ!」
「俺もだ! 練習場で黄狼を一撃で倒した腕前は化け物だぜ!」
「そんなの嘘だろ? どうせ掛け金を釣り上げて儲ける情報操作だろうさ」
「だよな、俺達は巨滅級に全ツッパよ!」
等々、熱気を帯びて来る冒険者達を横目で見つつ、流れは串焼きを齧りながら受付のエルシアの元へと向かう。
「よ! エルシア。今夜は世話になるよ」
「ナ、ナガレさん! よく来てくれました。あの……嬉しいです」
そう言うと、エルシアは頬をうっすらと染める。
「? まあそう言う約束だからな」
「はい! あ、それでですね、今ギルマスは不在で居ないのですが、代わりにサブマスが会いたいとの事ですので奥へどうぞ」
「了解した。あ、そうだ。エルシアにプレゼントと言っていいかアレだが、この力豚の焼きたてを食べてくれ。ファンが焼いただけあってマジで美味いぞ?」
「え!? ナガレさんのプレゼント……一生大事にしますね!!」
「いや、今すぐ食えよ。腐るだろ」
「ふふふ、ありがとうございます。さあ、こちらですよ」
エルシアはとても機嫌良さそうに串焼きを片手にナガレを案内する。
「串焼きでこんなに喜んでくれる娘って貴重だな」
「え? 何です?」
「いや、何でもないよ。それよりここかい?」
「はい、ちょっと待っててくださいね」
サブマスの部屋の扉は無く、開放的な感じのオフィスのようだった。
「サブマス、ナガレさんがいらっしゃいました」
「……入ってくれ」
「ではナガレさん、また後で」
「ありがとうエルシア」
エルシアが串焼きを大事そうに持って帰えるのを見送った後、流は部屋に入る。
そこに居た男は何とも神経質そうで、細身で目つきが悪く、陰険そうな五十代程の男が一人椅子に座って書類を見ていた。
「君がナガレ君かね? 全く困るんだよ、この忙しい時間にこんな事されたらね」
「と言われてもな、俺が指定したわけじゃ無くジェニファーちゃんが決めた事だからな。文句は奴に言ってくれ」
「まあそうなんだが……それにしても何で串焼きをそんなに持っている。これから戦うのに、君はやる気があるのか?」
「気にするな。どうだ、一本いるか? うまいぞ~」
「……もらおう」
二人でもくもくと串焼きを食べる、なんともシュールな光景だがそれを誰も見れないのが残念だった。
ついでに因幡のおにぎりと、付け合わせのニンジンの煮っころがし(肉味)を食べて腹ごしらえをすますと、サブマスが本題に入る。
「うまかった、さて。今回お前が望んだこととは言え、このような事は異例中の異例だ。まあ、例が無かった訳ではないが、普通は実績がある者しか行なわれない。だからお前はギルドの品格を落とさないように、腕の一本無くしても死なないようには最低するんだな」
「へいへい、前向きに善処しますよ」
「……まあいい、控室はエルシアに聞け。話は以上だ、健闘を祈る」
「ありがとうさん、じゃあまたな」
話は終わったとサブマスは書類に目を落としたので、流れはエルシアの元へと向かう事にする。
「エルシア戻ったぞ~」
「あ、ナガレさんおかえりなさい。じゃあ控室に案内しますね」
「頼むよ、この後何時から始まるんだ?」
「あと一時間後位ですね。宵闇の頃に開始となりますので、それに合わせておいてください」
「はいよ、じゃあそれまで少し休憩しとくわ」
「ふふふ、ナガレさんはこんな時でも余裕なのですね。私なら怖くて倒れちゃいますよ、きっと」
「ははは、そしたら頭を打たない様に支えてやるから、心配するなよ」
「ナ、ナガレさんたらまた……」
エルシアは顔を染めながら廊下を歩く。
「夕日にでも当たったか? 夕方とは言え暑いから気を付けろよ」
「はぃ……」
練習場の脇にある控室に着いたので、ここでエルシアと別れる。
「ではナガレさん、頑張ってくださいね! 心より応援していますからね!!」
「おう、ありがとう。死なないように頑張るさ」
「本当に、気を付けてくださいね……」
「ああ、任せておけよ」
それを聞いたエルシアはニコリと笑顔を見せて、小走りに去っていった。手には串焼きを大事そうに抱えて。
「どんだけ串焼きが好きなんだあの子は……また買ってきてやろう」
串焼きが大好きな娘として、流が間違った情報を覚えた瞬間であった。