261:覆らない思い
バーツは息を呑む。そのあまりの妖しい美しさに。人としてありえない容姿に。そして――
――新月の夜すら打ち破る、素人でも分かる怪しげな闇を薄くまとう存在がいた。その目の前の存在が流だとバーツは認識しているが、あまりの出来事に放心してしまっていた。
一向に微動だにしないバーツを見た流は、その顔を覗き込むと「バーツさん?」と話しかける。
「……あ、あぁ。あまりの事につい……な。そうか……やはり言い伝えは正しかったのか……」
「言い伝え……ですか?」
「あぁ、そうだな。近いうちに話せると思うが、今はお前の好きに行動してくれ」
流はそれに疑問を感じるが、バーツは一人だけが分かったように話し終えると、流の瞳を真剣に見つめる。
「ナガレ……お前は確かに恐ろしい存在になったと言えよう。だがな、私はお前を信じている。それは何があっても絶対だ」
バーツのただならぬ雰囲気と真剣な表情に、妖人の状態である流ですら固唾をのむ。
「あ~ら、 商業ギルドのマスターは色々知っていそうだが……どうやらそれだけじゃないねぇ」
「ふっ……流石はシュバルツ殿。初めて会うが、あなたの事はよく知っているつもりだ。だからこそお聞きしたい。この腐ったこの国を共に建て直さないか?」
「あ~らまぁ……俺と会いたいって事で、その話が出るのは予想していた。だがいいのか? 一度動き出したらもう止まらないぞ?」
シュバルツのその問に、バーツは左眉をあげるように右目を閉じる。
「なぁに、それは今更だ。それにだ、どうせすでに王都との戦いは避けられない。だから優秀な人材は一人でも多くほしい。それに……」
「……俺なら裏切る心配がない……か?」
元々のシュバルツと言う男の生き様。そして今回、流との戦いを回避も出来たはずだが、見た目と違い融通がきかなく堅物な気質をバーツは買う。
「そうだ。だからこそシュバルツ殿をこの街、トエトリーの守護として正式に雇いたい」
「だ、そうだが。俺の生殺与奪はナガレが握っているんでねぇ。どうする大将?」
答えは当然「イエス」だ。しかし流はどうしても確認しなくてはいけない事がある。
「……その前に一つ、教えてください。俺を怖く無いんですか?」
「そうだな……その答えは『問題ない』と言おう。もっと言えば『覚悟が出来ていた』とも言える」
「覚悟、ですか?」
「ああそうだ。これも含めて近いうちに、お前に全てを明かすことになるだろう。それまで待ってくれるか?」
「分かりました、バーツさんがそう言うならこれ以上詮索はしませんよ」
「うむ、助かる。それでシュバルツ殿たちについてはどうかな?」
「それはこちらからもお願いします。どうか彼らをよろしくお願いします」
そう流が言うと、白豹の獣人姉弟はホッとした表情になる。そしてシュバルツもまた後頭部を数度かきながら、「骨はこの街に埋めるとしますかねぇ」と嬉しそうに言うのだった。
「うむ、じつにめでたい。それでナガレ……この後はどうするんだ?」
「当然王都へ乗り込み、メリサを奪還します。ついでにアルマーク商会も探ってみます」
「頼む。今回はメリサが優先と判断から、アルマーク商会への介入は最小限という事なのだろうが、遠慮はいらん。お前の好きなようにやってくれ」
「それは心強いですね。ええ、分かりました……遠慮はしませんよ」
「頼む、無事に戻ってきてくれよ? お前がこの街の希望なのだから」
「……? 分かりましたよ。ケガしないようにしますから、そんなに心配しないでくださいよ」
流はバーツのあまりの食いつくような迫力に一瞬驚くが、それを感じたバーツは苦笑いを浮かべて右手をパタパタとあおぐ。
「はっはっは。いささか心配しすぎたか……だが敵の首魁はおそらく『人じゃない』と言うのはお前も分かるな?」
「バ、バーツさんどうしてそれを……いや、さっきの報告からそう思ったのですか?」
「それもある。と言うより、あの報告で確信したと言える」
それを黙って聞いていたシュバルツは、足を組み直すとポツリと話し出す。
「なぁるほどねぇ……だから新参の俺らをここに呼んだわけか」
「その通りだシュバルツ殿。……知っているんだろう? あいつらの事を」
「「アニキ……」」
「あ~ら心配するなよ。もうこそこそ逃げ回るのは終わりだ、ここらで反撃といこうじゃなぁい」
その言葉で不安な顔になるイリスとラーゼ。だがシュバルツの決意は固く、それが覆らないと言うことは姉弟にはよく分かるのだった。