025:領域者=広辞苑の②
店内で〆と壱が本来の姿で手帳を相手にしている頃、流は脱衣所に入っていた。
「おーい、うさちゃ~ん。おいでおいで~おいしいエサがあるよ~」
「あー! お客じーん、おかえりなさーい。お湯が良い感じに沸いているのですよ」
因幡を呼ぶと、トテテテテと駆けよって来る。
「でもボクは『うさちゃん』じゃないのです! りっぱなレディなのです」
そう言うと因幡はスタンピングを〝スタタタタン〟として怒りを表した。
「まあまあ、そう怒るなよ。ほら、異世界のニンジンを沢山買ってきたから食べてみろよ?」
「わ~お客人大好きなのです♪」
「まずはこれを食べて見な? 驚くぞ~」
そう言うと流は「肉味」を因幡にあげたが、あげてから草食動物なのに肉をあげてもいいのかと少し悩む。
「うわ~なにこれ~!? お肉の味がするのですよ! 美味しいのです、凄いのです!」
「お、おぅ……お前は肉とか食べるのか?」
「え? 食べるのですよ。あ~! どうせボクが草食動物とかって思っているのです? 何度もいいますけど、ボクの本当は綺麗なお姉さんなのですよ。ただ今は本来の姿に戻っているだけなのです」
「俺には因幡さんの本来で、本当の姿がよく分からないのですよ」
「もう! そうやってみんなでボクを馬鹿にしちゃってさ!」
「まあまあ、そう怒るなよ。ほら、こっちが本命だぜ? うんまいぞ~」
流はリュックから、もう一本のピンク色のニンジンを因幡へと渡す。
「ほあ? これも味が違うのです?」
「フフフ、食べて見ろよ?」
因幡はニンジンを一口齧ると、耳がブルブルと付け根から震えて、いつも中折れしている耳がピーンと立ち上がる。
「うわ~美味しいのです! いちごの味がするのですよ~。客人美味しいよーわーい♪」
因幡はぴょんぴょん跳ねながらニンジンを両手に持って喜んでいた。
「おいおい、そんなに跳ねたらニンジンを落としちゃうぞ? そこに座って落ち着いて食べろよ」
そう言うと流は因幡を抱っこして長椅子に座らせる。
「はう~レディーを気安く抱き上げるなんて恥ずかしいのです。顔が真っ赤になってしまうのです」
「でも白うさぎでモフモフだから分かんないぞ?」
「なのです」
そう言うと二人は笑い合った。
因幡がとても喜んでくれた事に満足した流は、四阿温泉郷に入る。かけ湯をしてから檜風呂に入るとすぐに野太い声が聞こえた。
「おい、小僧! 待っておったぞ、今日こそワシの中へといざなってくれよう!」
「煩いぞ、たぬ爺! せっかくの風呂が台無しだ」
「ガッハッハッハッハ! そう言うな小僧。ワシも客が来なくて暇なんじゃよ」
「はぁ~。まあいずれ入る時も来るかもしれないから、全く期待しないで待っててくれよ」
「うむ、期待して待っとるぞ。それはそうと、店の方で何かあったか? 今、この風呂場は完全に孤立しておる」
「そうなのか? 特に何も無かったと思うが……」
「それならいいんじゃがな、まあもし何かあったら、あの女狐めが飛んで来ようて」
「女狐か、それは言い得て妙だな! 俺もあいつに嵌められて帰れなくなったみたいなもんだからな」
「何ぃ? 小僧もか! ワシも似たような経緯で風呂番をするはめになったのだが、今となっては、ココこそがワシの生きがいそのもなんじゃよ」
「そうなのか? まあ俺も命の危機にここ数日であって、今日もこれからまた死闘をする羽目になりそうなんだが、不思議とな……恨むどころか感謝すらしているよ。なぜだろうな……」
二人は目を瞑りじっくりと考えて見る。
「「きっとあの女狐の妖術に違いない!!」」
「小僧もそう思うか!」
「たぬ爺もか!」
意気投合して大笑いが風呂場に響き渡る。
すると「あらあら」と何処かで聞いた声が聞こえた。
「〆:あらあらあら~? 一体誰の事かしら? ねえ古廻様?」
振り向けば〆が居た?
「え……ど、どちら様ですか?」
「〆:まあ! 古廻様、先程まで一緒だった女を忘れるなんて酷いじゃありませんか?」
「ほ、本当に〆なのか? え……たぬ爺、これ本当に〆?」
そこには一糸まとわぬ姿のケモ耳女が居た。とても美しい金色の髪で、肌は新雪のように白く、エーゲ海を思わせる瞳が肌と髪の色を尚強調する。
その自然で驚くほど美しい妖艶な顔立ちと、大きくてモフっとした耳の先端は白く、背後には一本、モフモフっとした金色で先端が白い尻尾が一本生えていた。
そして、たぬ爺はまるで信楽焼の狸のように固まって、浴槽は縮みあがっていた。
一方流はブツブツと独り言を言いながら、下を向いてしまう。
「〆:そうでございますよ、古廻様の〆でございます。先程ちょっぴり汗をかいたので、ついでと言っては何ですが、古廻様のお背中やその他もお流ししようかと参上致しました。うふふ……そんなにお照れにならなくても宜しいので――」
被せるように漢が独り言つ。
「驚くほど美しいな……そこまで行くと最早欲情の対象にはならん。これこそ正に芸・術・体!」
そう言うと流は湯船から〝ザッパーン!〟と勢いよく飛び出す。
そして遠慮なく〆へと向けて右手の人差し指を向け、そのまま鎖骨を撫でるように這わす。
「たぬ爺も見ろ……この肩から鎖骨にかけてのラインは見事! 肌の張りなど生まれたての赤子よりプルンプルンで、なお上等とか意味が分からんんぞ! それにこの胸の張りと形はどうだー! どこぞの美容整形外科医も、裸足で逃げ出す天然の奇跡に笑いすら込み上げる!!」
流は鎖骨を人差し指と中指でなぞりながら、そのまま巨大な胸の下へと指を這わせ、左手でゆっくりと持ち上げ先端をつつく。
「〆:こ!! 古廻様!? ちょ――」
「それに、だ。この上腕二頭筋のピンと張り詰めた質のいい筋肉にそそられる! かと言って、アスリートのようなキレのある質感ではなく、妙齢の娘の最盛期がここに集約されているかのようだ!」
さらに上腕二頭筋の質感を確かめるように摘まむと、二の腕を擦る。
「〆:そ、そんな所まで。ちょ、ま、お待ちくだ――」
「腹部の柔らかき膨らみも、薄っすらと見える絶妙な腹筋との調和が、サモトラケのニケを確実に凌駕する黄金比! 産毛の一本すら無い完璧な仕上がりだ……。髪に至っては金色の野を歩く青い人が瞼に見える! そしてその耳! あっはっはっは! これだ、これ! セットで尻尾までついて来るとか、何処のファースクラスだ!!!!」
最後に腹部を撫で満足すると、すっと立ち上がり金糸の如く美しい髪をすき、ケモ耳を堪能。さらには背後に回り、モフモフの尻尾をモフって大満足するのだった。
「〆:はうぅぅぅ。も、もう堪忍してくださいまし~。私が悪うございました~」
そう〆は言うと顔を真っ赤にし、浴槽に勢いよく飛び込んでしまう。
風呂場ではある領域に踏み込んだ者のみが得られる称号「領域者」が高笑いし、〆は涙目で顔をなお真っ赤にして口元までお湯に浸かりブクブクと泡を吐いていた。
「あ……あの女狐が手も足も出ないとは……嘘じゃろ? え? ナニコレ、天変地異でも起こる予兆?」
たぬ爺は目の前の惨劇が信じられないとばかり愕然とする。
「〆:たぬ爺は後でゆっくりと、OHANASIしましょうね♪」
たぬ爺は我が耳の幻聴だと思いたい言葉に、湯船が更に縮み上がりお湯が零れた。
一通り〆を愛でつくした流は満足したのか、そのまま洗い場へと行き頭を洗う。
泡で目が見えないが、背後から〆が来た気配を感じた。
〆はそのまま流の背中にそっと柔らかい物を押し付け、丁寧に擦り始める。
「ん、〆か? 悪いな背中を流してもらって」
「〆:いえ……こうして居られるだけで嬉しゅうございますよ……」
「時に、その妙に弾力があって柔らかい物なんだが……一体何だ?」
「〆:うふふ、何だと思います? 暖かくて柔らかいでしょう?」
「ま、まさかお前……」
「〆:ふふ、大当たりです。凄く気持ちが良いでしょう? 素材は因幡の尻尾で作った垢擦りですからね♪
「因幡の尻尾から作ったのかよ!? 驚かせるな。しかし因幡さん万能すぎて凄いな」
風呂場の外で耳を長くして待っている因幡を思うと、またニンジンを買って来ようと思う流であった。
「それはそうと〆、お前人型になれたんだな? でも頭に直接語り掛けるような音と、同時に認識する文字は変わらないのか? 目の前にお前が居ると、それが不思議な感じだ……」
「いえいえ、この姿なら普通に話せますよ? ただ長年あの姿のままでしたので、あの話し方の方が楽と言うか便利なのですよね。意思疎通が言葉より早く伝わりますし」
「なるほどな~。確かに言われてみれば言葉よりも何時もの方がしっくりくるし、言葉の重みと言うか説得力が違う」
「ええ、他にも思いが伝わりやすくなりますので、従業員に指示を出す時も良いのですよ。さて、丁度因幡の尻尾も溶けてなくなりましたし、お湯をおかけしますね」
そう言うと〆はお湯で流を清め始めた。
「では古廻様、お風呂での準備は整いましたので、後は店内へ戻ってから今後の準備に取り掛かりましょうか」
「そうだな、〆をそれなりに愛でたし満足した」
「も、もう! それは言わないでくださいましな」
〆は顔を真っ赤にして、そそくさと四阿温泉郷を後にする。
「ふう~、まさか〆が狐っ娘だと思わなかったな。女狐とはさもありなん」
「小僧、だから言っただろう女狐だと。しかしなんだ……まるで小娘のように顔を真っ赤にして走り去っていったぞ……なんと恐ろしい」
「言葉のままだとは流石に思わなかったさ? たぬ爺、今回も世話になった。また来るよ」
「おう、待っとるぞ。次こそワシの風呂へ入るがよいぞ?」
「後ろ向きに善処するよ」
流は豪快な笑い声が響く、四阿温泉郷を後にするのだった。
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