253:ぷろの仕事
そんなエスポワールの死体を見つめつつ、流は考える。なぜあの死人は自分の隠された真名を知っているのかと。
「……お前達も聞いていたから分かると思うが、あいつ……エスポワールは俺を『鍵鈴』と呼んだのは聞いていたな?」
「はい。間違いなくそう呼んでいたね。それに間違いなく〆さんが忌み嫌う存在が関わっているよね」
「それだ。今まで聞きそびれていたが、その忌み嫌うってのはなんだ?」
「う~ん……ごめんね。これは〆さんから聞いてね。私の口から言うのも憚られるんだよ」
「憚られる……か。だから『憚かり者』か」
「うん、そう。理由は多分、今回の件にも関わっていると思うんだ」
流は過去に〆達が言っていた事を思い出しながら、いちど異怪骨董やさんへと戻る事を考えていた。
間違いなく今回の件は、自分だけじゃなく〆達に関わりあることだし、自分の知識だけでは分からないことだらけなのだから。
「とりあえずここから出よう、上がどうなってるか心配だ――って、階段忘れてた!?」
「ふぉふぉふぉ。わっぱよ、見ておれよ?」
亀爺は前足で〝ドン〟と床を一叩きすると、塞がっていた物体が粉々になり、砂塵となって壁に吸収される。
「おお!? 助かったぞ亀爺!! 本当に凄いな~今日三度も助けてくれてありがとうな」
そう言うと流は頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
「うむうむ。ではまた会おうぞ」
流を先頭に、亡霊たちもついて行く。途中振り返り、水路を見つめながら一言呟く。
「待ってろメリサ。今度は必ず連れ戻す……」
そう言って階段を上ってゆくと、亀爺も姿を消す……。
だれもいなくなった地下空間。水音しかしないこの場所の、ある意味で静寂な空間に異物が舞い込む。
その異物は水路中より、濡れた右手を〝ベタリ〟と縁へと置くと、つぎに左手も同様に置く。
手と手の中間から、ゆっくりと現れた赤黒いモノは「魚のような顔つき」の男だった。
よく見れば手の指の間に薄い膜があり、どう見ても人間ではないが、魔物とも違う異型だった。
「おぉ……エスポワール様……なんと言う無残なお姿に……今すぐお救いいたしますので、しばらくの辛抱でございます」
この男は水棲族の者であり、人と魚を足して魚の部分が多い姿だった。どちらかと言えば凶暴な性格のものが多くおり、人間・亜人の双方から嫌われている種族でもある。
水棲族の男は誰もいないのを確認すると、水辺から上がってくる。
さらにもう一人水中から出てくると、曲刀が落ちている場所へと向かう。
地上では足も遅いのかと思いきや、意外と素早い動きでエスポワールの首に駆け寄ると、右半分を拾い上げ、つぎに左半分を拾う。
「フン、馬鹿で愚かな奴らよ。エスポワール様は不滅。死人の事を知ったような口をききおって、何も分かっておらぬド素人どもめが」
「まったその通りだ。馬鹿すぎて話にならん。エスポワール様が復活されるその時に後悔するがいい」
その後それらを大事に植物で編んだ袋にしまい込むと、静かに水路の中へと消えていったのだった。
だがまだ静けさは戻らず、再び静寂に包まれた空間に一つのゆらめきが起こり、さらにそのまま消えて無くなった事で、調査団が到着するまでは本当の静寂が訪れた。
◇◇◇
「……才蔵か。して首尾はどうじゃ?」
現在水塔の内部を歩く一行。その先頭集団にいた三左衛門は、才蔵の気配を感じ少し背後へと下がる。
「はっ、忍者才蔵ただいま戻りました。まぁいつも通りですよ三左衛門様」
「さもあろう。あやつら死人は必ず復活しようとするからな」
「しかり、そして例の台詞……『ド素人ども』もですね。久しぶりに聞きましたが、コチラの世界も『同じことを言うのか』と吹き出しそうになりましたが」
「はんッ。どっちがド素人かもすら分からずにな。して、処理どうなっておる?」
「ええ、しっかりと『付箋』は挟み込みましたゆえ、心配はございませんね」
「流石よな才蔵。さて、大殿のお言葉を借りれば、ぷろの仕事を思い知るがいいわ」
三左衛門はそう言うと、楽しそうにほくそ笑む。
「それと、先程おぬしが報告によこした、アレはどういう言う意味だ?」
「あぁ。救出対象の娘御ですね? 詳細はこれにしたためてあります」
「…………ほぅ。相わかった、この件に関しては我らのみの共有とする」
「よろしいので?」
「うむ、これもまた試練と言うものだろう。どのみちすでに手の届かない状況だしの。それに……」
三左衛門は才蔵のよこした手記から視線を外し、流を見つめる。そしてもう一度手記に目を落とす。
「これも大殿の成長の糧になればよいのだがな」
「それにしてもあの娘御、なかなかの策士でございましたな」
「あぁ、あの様子では大殿も最初から知らなかったのだろう。あの娘の、くわだてが勝るか、それとも大殿が上回るか。さて……どう転ぶか」
視線をまた流へと戻す。今は美琴と頬を引っ張り合いをして、じゃれている姿が逆に痛々しかった。
そんな今は無理に明るく振る舞っている流を見て、心が痛い三左衛門であったが、この二人をなんとしても守らねばならないとの決意を新たに、流の元へと戻るのだった。