247:忠実なる者
流達は螺旋状の階段を下る。その半透明のゴツゴツした壁から湧き出す緑色の光が不気味さを演出していたが、やがてそれも終わりが見えてくる。
そう、下の出入り口のような部分から声が聞こえて来たことでそれを感じた。
「船ヴぁどこら!? まだこらいのが!?」
「ふ~む……おかしいですなぁ~。もう到着しているはずなのですがな」
「エスポワール様、お客様がおいでになりました」
「ふ~む? ああ、お見えになりましたか。やれやれ、私の左手まで倒すとはねぇ……本当にやっかいな御方ですなぁ~」
声がするほうへと、油断なくゆっくりと進む流。話の内容から察するに、脱出手段が無いようだった。
聞こえた船と言うワードと、それなりに激しい水音が聞こえているのを考えると、どうやら大きな水路があるらしい。
それをチャンスと見た流は、気配察知に妖力を練り込み周囲に展開する。
蜘蛛の糸のように伸びるソレは、シュバルツの時にコツをつかみ、範囲は更に広がっていた。
感知出来た人数は全部でニ三人。うち二人は覚えのある気配、つまりエスポワールとアルレアン子爵だ。
そして――。
「ナガレ様!? え……あれ……は?」
驚愕のメリサに寂しそうな視線を送る流。そんなメリサを一瞥し「待ってろ、今すぐ行く!」と言いながら広場へと入る。
入り口から姿を見せる流へと全員が注目するなか、エスポワールは両手を広げるが、片手が無いことを思い出し「おっと」と言うと、広げた右手を胸に当て直し慇懃無礼に挨拶をする。
「お早いご到着、心より歓迎いたします。そのご様子……どうやら心のこもったエスコートは、お気に召さなかったようで?」
「……この姿を見ても驚かない、か。最高のもてなしだったぞ? もっとも役不足でクビにしてやったがな」
「ハッハッハ、それは失礼をいたしました。どうです、考えなおしませんかな? ここまでの力をお持ちとは予想以上でございますれば、わたくしどもとしても是非お――」
「これ以上その薄汚い口を開くな……」
瞬間、空気が重く変わる。それはアルレアン子爵ですら感じることが出来る「恐怖」であった。
故にメリサも動揺の恐怖を感じ、顔を青くさせて震える。
それを流も分かっていたが、今は目の前の敵を全力で屠るのに意識を集中する。
「ふ~む、やはりダメですかな。とても良いご提案だと思うのですがなぁ~」
「無駄話は終いだ。そろそろメリサを返してもらおうか」
「ふ~む。ですがそのお嬢様は、貴方様に怯えているようですが?」
「…………ナガレ様」
「怖がらせてしまってすまないメリサ。これが今の俺の本当の姿だ」
「い、いえ! ちょっとびっくりしただけです! それよりお体は大丈夫なんですか!? 先程ゴンドラが落下するのを見て気絶しそうになりました……私のために無理はしないでください」
そう言うとメリサは目から涙があふれる。あれほど自分が酷い目にあっても泣く事一つシなかった娘だが、流が乗ったゴンドラが落ちた瞬間を目撃したメリサは、胸がつぶれるほどのショックを受けたのだから。
「心配かけてすまない。だがもう大丈夫だ……少しだけ耐えてくれ」
「ふ~む、ほれ小物クン。感動の再会はこうやって静かに見守るものです。アナタのようにガッツクのは八流です」
「う、うるふぁい!! そ、それふぉり、そのヴぁげモノから逃げなぐでいいのが!?」
「本当に馬鹿ですねぇ……どうやって逃げろと?」
「その通りだ、アルレアン子爵。もうお前に逃げ場はない」
「ヒィィィ……」
絶望のアルレアン子爵をよそに、流は状況を再確認する。
(エスポワールの周りにいる奴らは多分人間……だな。だがあの落ち着きようと、佇まい……普通じゃない)
流がそう思うのも無理はない。手下と言うより、使用人のような出で立ちの男たちは、妖人化した姿を見ても表情一つ変えず、無表情で流を穏やかなれど鋭く見つめる。
「馬鹿はどうでもいいが、その周りの奴ら……お前と同じ死人と言うわけじゃ無さそうだが、普通でもないな?」
「ふ~む。まぁ、わたくしの忠実なる使用人たちですよ。どうです、とてもステキでございましょう? 持つべきものは忠実な友と、忠実な使用人と言うのが私の持論でございますれば」
「そんな左手でいけるのか?」
「ご心配恐悦至極にてございますれば。なになに、右手一本でもカワイイものですよ」
「かわいい、ね。そうかい……」
それが始まりだった。ゆっくりと歩き出す流とエスポワール。
互いに円を書くように右回りに進みながら、その距離をつめる。尻目に使用人達を確認するが、微動だにせず姿勢の良い姿で見ているだけだった。
やがて渦に木の葉が巻き込まれるように、中心へ向けて互いが引き寄せられた瞬間流が動き出す。
「――ジジイ流・参式! 三連斬!!」
斬撃の威力が落ちているとはいえ、現在は悲恋美琴の妖力ならず、自分の妖力も使える流は、様子見の三連斬からはじめる。
エスポワールは右手の曲刀のみでそれを払う。だが、それだけに終わらず体を半ひねりしがら流へと間合いを詰めるのだった。