244:ヘックス6
その形はすでに直径が五メートルほどになり、元のゴンドラの大きさから考えれば確実に中にいる流は圧殺されているのは間違いなかった。
さらに蜘蛛ポワールはダメ押しとばかりに繭を落としにかかり、鋭利な足でゴンドラの支えアームを斬り飛ばす。
無情にも落ちるゴンドラの残骸は、二階部分まで落下し色々巻き込み轟音を響かせる。
それを嬉々として追う蜘蛛ポワールは、あの濁った目ではなく、蜘蛛なのに複眼昆虫のような真っ赤な目を鈍く光らせて追ってくる。
床にめり込むように叩きつけられた黄土色の汚い繭は、キズひとつ無く無残に食い込んでいた。
もし、このあり様を一般人が見たら、よくあれで床が抜けなかったものだと思うだろう。
「ジャハアアアアッ……」
蜘蛛ポワールは繭の前に着地する。中からは何も音はせず、シンッと静まり返っている。
それを見た蜘蛛ポワールはニヤリと口角をネジ上げるが、元の体だった男の思考がそうなのか、それともバケモノ故の本能か……。
この絶対的勝利を確信した状態でも、蜘蛛ポワールは油断なく次の行動にうつる。
まるで刀剣のような前足二本を振りかぶるように、後ろ足で立ち上がると勢いよくソレを繭へと突き刺す!!
硬質で弾力性のある繭だが、自分の作り出したもの故か、なんの抵抗も無くソレを貫通し繭の中心へと足が突き刺さった瞬間――。
〝ガッゴッ!!〟
「ジャハァ……??」
自分の前足の硬度と鋭さならば、あのゴンドラの素材を貫通して中心を貫くことは容易いはず。
だが現実はそうはならなかった。何かの硬いモノに阻まれて、渾身の刺突が防がれたのだから。
「じ……じ……ぃりぅ……」
「シャァァ??」
蜘蛛ポワールは、内部から何か声のようなものが聞こえた気がして近寄る。
それでも何か聞こえる。いや、声がする! そう認識し、慌てて飛び退く次の瞬間!!
「――水斬術! 水昇双牙【極】!!」
繭から爆発的に飛び出た水の刃は、その圧縮された力と流と美琴の妖力をコレでもかと練り込んだ二つの水刃は、一気にまとまり凶悪な一筋の水の大鎌となりて、蜘蛛ポワールへと向かう。
避けるのが不可能と判断した蜘蛛ポワールは、水の特性を活かし「斜め上」に斬撃を反らす事を思いつく。
上半身の手と、下半身の足であやとりのように糸を紡ぎ、硬質で弾力性のある糸を緊急放出する。
とてつもない速さで迫る水の大鎌を、さらに上回る速度で糸を放出した結果、驚くことにそれが成功した。
そして水の大鎌が縦に襲いかかる――が!?
「……シャハハハハハハッ!!」
狙い通りだったのか、どこも体に傷一つ無く無事だった。それがおかしくて思わず笑いがこみ上げる。
だが次の瞬間、繭がゴンドラの残骸を巻き込みながら爆散する。
先程繭から出た水量では内部の圧力はまだまだ高かったらしく、さらに斬られた事により、自然に修復し閉じた繭ではその力に耐えきれなかったようだ。
そして現れる謎の物体……。
見ればその物体は、うすい緑色に発光しており内部が透けて見える。
その形状は球体であり、表面には亀甲模様でもあり、六角ヘックス状の形で覆われている。
透けて見える内部には、水の大鎌を振るった漢……古廻 流が悲恋美琴を肩に担ぐようにいた。
その姿を確認した蜘蛛ポワールは、驚きから怒りの表情へと変わる。
だがその姿が異質だった事に、再度驚く――が。
「死ぬかと思ったぞ、クソ虫ヤロウ……。もう終まいだ、お終いだ。地獄の底まで案内したから感謝しろ」
そう言い終えた瞬間だった、緑の円形状のモノは〝けたたましい音〟をさせたかと思えば、粉々に砕け散る。
舞い散る破片が集まりだし亀の形をした、半透明な何かが抜け出ると「ココが異世界か! 楽しもうぞ!!」と言うと消え去っていく。
その粉々に砕けた緑色の破片が舞い散る中から、〝ジャリッ〟と床を踏みしめて流が出てくる。
だが、先程とは違い驚くような変化だった。容姿は変わり果て、顔つきがその男だと分かる程度で……。
つまり――妖人である。
言葉の意味が分かる蜘蛛ポワールは激怒する。自分に傷一つ負わすことが出来ない雑魚が何を言っているのかと。
「キシャアアアアアアッ!!」
「気色悪い声で叫ぶな、耳障りだ……」
そのまま流は美琴を納刀すると、蜘蛛ポワールへと歩いていく。
一瞬何をしているか理解が出来なかったが、マヌケにも自分へと向かってくる敵を刺し殺そうと動きだす。
「ジョオオオオオアアアアアアアアアアアアッ!!」
「三……」
流まで残り三メートル。蜘蛛ポワールは前足を刺し殺す体制で飛びかかる。
「ニ……」
その距離、流まで二メートル! 前足だけかと思いきや、覆いかぶさるように全ての足で刺殺しに来る。
「一…………邪魔だ、退け」
蜘蛛ポワールの耳に、意味のわからない事が聞こえた気がした。
だが次の瞬間、自分の体の中心がやけに寒く冷たい感覚に襲われる。
次第にズレだす視界……左右が反対方向へと斜めにズレていき、そのまま流を避けるように真っ二つに割れて床に転がってしまう。
なぜそうなったかをまったく理解出来ないまま、蜘蛛ポワールは寒さと激痛を抱き活動を停止する。
「だから言ったろう、地獄の底まで案内したとな?」
『聞こえていませんよもう……。まさか最初の一撃で、斬られていたなんて思わなかったんでしょうね』
「だな。その後、妖力で操った水で真っ二つだからな」
『汚物がかからないように、水で体の断面に蓋までするとは……。本当に恐ろしい使い手になりましたね……』
流はそれに「ああ……」と寂しくそう答えると、メリサと会うのが少し不安になる。
だが状況はすでに悪化しており、このまま向かうことにするのだった。