021:戦う前から負けている漢
「疑問は晴れ晴れと解決したわね? ぢゃあチームを決めてちょうだい!」
心は暗雲が立ち込めていたが、仕方なく初心者達はジェニファーちゃんに編成完了を伝える。
当然最初から組んでいた仲間同士で組む事となり、流は一人余ってしまう。
「あらま、そこのボーイはお一人かしらん? ギルドからヘルプしちゃう?」
「いや、それには及ばないぞ。何が出るか知らんが、俺はソロで問題ない」
「アハン♪ じゃあ怪我しないでね? 一人でも倒すモンスターは一緒よ?」
「あいよ、問題ない」
すると背後から舌打ちが聞こえた。
「チッいい恰好しやがって、吠え面かくなよ」
「また! カワードいい加減にしなさいよね」
カワードの煽りに全く興味を示さない流にカワードはさらに苛立つが、ジェニファーちゃんが実力テストの開始を宣言したので落ち着く事となる。
「はい注目よ! まずはどのチームからやるのかしらん?」
「じゃあ俺達『ドラゴンスレーヤー』がやってやる!」
「カワード!? その名前で登録したの? やめてよ! 恥ずかしい」
「お前はトカゲしか狩った事ないのに……」
「う、ウルセーヨ! さあ教官、さっさと初めてくれ!」
「勇ましいわね、でもミーの事は『ジェニファーちゃん』とお呼びなさい、分かったわね? じゃあ行くわよん」
教官と呼ばれたのが不服だったのか、とても不一致なネーミングをどす黒い圧力で言い渡す。 そんなジェニファーちゃんにカワード初め、新人達は高速頷きを会得する。
ジェニファーは「おいで」と空間にそう言うと、いつの間にか手にステッキを持っていた。
持ち手の部分が「悪魔に魂を抜かれている人間が苦悶の表情」をした紳士的なステッキで、それを〝コン〟と地面を勢いよく突いた。
すると平面な魔法陣が地面に描かれ、その中心から這い出るようにして四足歩行の黄色い狼が三頭出て来る。
「この子達はミーがテイムした黄狼よん。ランクの説明は受けたわね? 黄狼はランクで言えば一星級の最上位クラスね。三匹を倒せれば二星級に挑戦出来るわん」
「それなら同時に倒したらどうなるんだ?」
「イイ! 一人で挑むボーイのその質問、実にイイワ~! そしてその答えは……モ・チ・ロ・ン♪ 二星級に合格よん」
ジェニファーちゃんは左目を強烈にウインクして流に答える。ウインクなのに〝バチコン〟と言う幻聴が聞こえる程の衝撃を受け、流は卒倒しそうになる。
「そ、そうか」
「さあさあ、始めるわよん。じゃあドラゴンスレーヤーの三人はその枠内の中央へ進んでちょうだい」
「よし、レイナ・リリアン行くぞ!」
「う、うん、がんばろう!」
「レイナは無理をしないで」
「分かったよお姉ちゃん」
三人が中央へ進むと黄狼が獲物を値踏みするように周囲をゆっくりと回りだす。
そして先頭の一匹がカワードへと飛び掛かった。
「そんな攻撃に当たるかよ!」
カワードは先頭の一匹に大振りな一撃をお見舞いするが、角度が浅かったようで致命傷にはならず、それに気が付かずカワードは二匹目に向けて突進する。
「待てカワード! そいつはまだ生きている、止めを刺してからに――」
そう言うが早いか、止めを刺し損ねた黄狼がカワードへ背後から襲い掛かった。
「ぐぅ、クソ! オイ、リリアン! ちゃんと防げ! 俺はアタッカーなんだから守るのはお前の仕事だろ!」
「お前が不用意に突っ込むからだ! レイナ、カワードに突っ込んで行った黄狼を引き離してくれ」
そう言うとリリアンは残りの黄狼を盾の端で吹き飛ばし、その隙にカワードの前に居る黄狼へと突進する。
「クオオオオ! 吹き飛べ!」
リリアンはギリギリでカワードの前へ滑り込み、眼前に迫った黄狼を盾で弾き飛ばす。
黄狼はカウンターで盾に殴られた事により、派手に吹っ飛びそのまま動かなくなった。
レイナを見ると、丁度最初にカワードが斬たと思った黄狼がレイナの風の魔法で切り刻まれた所だった。
「残り一匹……カワード! 私が最初に吹き飛ばした黄狼はまだ生きている。レイナはカワードへ筋力上昇の魔法をかけてやってくれ」
「チッ! レイナ早くしてくれ」
「ハイハイ、《力の源よこの者に祝福を、パワー!》」
そうレイナが呪文を唱えるとカワードの体が淡い赤色に発光した後すぐに元に戻った。
「このクソ狼、散々やってくれたな。だがこれで死ね!」
カワードは持っていたショートソードで斬り付けるが、黄狼はそれを躱しカワードの右手首に噛みつく。
「グゥ!? 痛って! 離せえええ」
あまりの激痛にカワードは持っていた剣を手放し、左手で黄狼の鼻頭を思いっきり殴りつける。
黄狼が怯んだ隙に剣を拾い、そのまま黄狼の頭へ剣を振り下ろすが、またも避けられる。
「ちょこまかと動きやがって!」
黄狼は一端距離を取り、ジグザグに走りながらカワードを翻弄し、距離を詰め、大きくジャンプをしてカワードへ頭上から襲い掛かる。
「ひぃッ」
カワードは黄狼の大ジャンプに怯み、剣でガードをしようとするが本能的恐怖で剣を真っ直ぐに突き出す。
そこへ黄狼が運良く飛び込む形となり、黄狼は絶命した。
「はあはあ、このクソ狼め……どうだ倒したぞ! これで文句ねーだろ教――じぇ、ジェニファーちゃんよ」
「ええ、文句はないわよん。たまたま運よく剣に刺さっただけでも倒した事に変わりはないわん」
「ッ!! 違う、狙い通りだ!」
「アハン♪ じゃあそう言う事にしましょう。ヒーラーちゃんはこの子を癒してあげてん」
ジェニファーちゃんがそう言うと、見学席から立ち上がったギルドに雇われた冒険者のヒーラーがカワードを癒す。
リリアンはレイナの元へ行き何やら話しているが、カワードへの対応は塩その物のように周りには見えた。
しかしそんな事より目の前で起きた事に大・興・奮の漢がいた。無論、流である。
「おおお、魔法だ!! 風で倒したのか? さらに強化魔法もあるのか! ははは、これこそロマン! これぞ異世界だな! お前の魔法最高だな!」
そう流が興奮しながらレイナへと詰め寄り大絶賛する。
「え? あ、ありがとう。こんなに褒められた事なかったから驚いた……」
レイナ絶句の展開で、ますますカワードの事なんて気にもしなくなる。
「オイ! レイナ、そんな魔法も知らない田舎者なんてほっといてこっちに来いよ。リリアンもぼーっとしてないでレイナを連れて来い!」
「……ああ、分かったよ」
そう言うと二人はカワードの傍へ嫌そうに向かった。
「さてさて、お次はどちらからするのかしらん? 『ボッチボーイ』か、それとも『殲滅し隊』の三人か?」
「ちょっとマテイ! 俺はボッチでも無ければそんな名前で登録もしてないぞ? 勝手に変な名前で呼ぶな。まあいい、じゃあ次は俺が――」
そこへ被せるように殲滅し隊のリーダーと思う男が名乗りを上げる。
「いや、君は最後にしてくれ。まずは俺達がやる。戦いの参考になるか分からんが見ていてくれ」
「そうか、なら最後まで取っておくさ」
流がそう言うと、リーダーの男は流の肩をポンと叩くと中央へと進む。
「話は決まったようね。じゃあ二戦目始めるわよん」
ジェニファーちゃんは先ほどと同じようにステッキを地面に打ち付けると、魔法陣より黄狼が三頭這い出て来る。
「では初めてちょうだい」
ジェニファーがそう言うと、黄狼は先ほどとは違い連携した動きで殲滅し隊を襲う。
隊の魔法使いと思しき娘を真っ先に狙い出し、一頭は牽制して男二人の注意をそらし、一頭は遊撃的にどちらへも対応出来る位置取りに陣取りっている。
牽制役の黄狼が攻撃をしながら男二人を遊撃役の黄狼が真横になるように回り込み、遊撃黄狼が剣士の男へ横から攻撃すると、そのまま走り去り直線状へ居る魔法使いへと攻撃を仕掛ける。
魔法使いは防戦一方で動きが鈍く、そこを同時に魔法使いに攻撃をしていた黄狼も正面から、そして背後から来る遊撃黄狼と挟み込む形で攻撃を仕掛け、その爪が魔法使いへ届く刹那――
「――我を守れ《ファイヤサークル!》」
詠唱を途中から仕込んでいた魔法使いの周囲に炎の円が吹きあがると、黄狼二匹は燃え上がり動かなくなる。
「よし、かかった! ヴェック、切り刻め!」
「おう!」
ヴェックと呼ばれた短剣使いは防御を捨て、一気に黄狼へと迫りその咢へナイフを投擲する。
投擲されたナイフを避けるため頭を低くした黄狼は、それが失敗だったと気が付くのに時間はかからなかった。
体制を立て直そうと体を上に伸ばすしかなかった限界点を狙い、ヴェックが頭上から短剣で襲い掛かりその首を落とす。
「マーヴェラ~ス! 良くやったわ貴方達。これなら二星級は問題ないわねん」
ジェニファーは異様に大きい音が出る拍手で殲滅し隊を迎える。
「さて、最後はロンリーボーイの出番かしらん。これまでの戦闘を見ても一人でやれるのん?」
「問題ない……が、言い方を変えても意味は一緒のネーミングで呼ぶな!! 俺は古廻流って言うんだ、流と呼べ! ちゃんと覚えとけ。そして相棒はこの美琴だ」
流は美琴を指差しジェニファーにアピールする、ぼっちじゃないよ! と。
「プハッ、アイツのお友達はその微妙に曲がった剣なのか? 笑えるぜ、なあ、レイナ?」
「貴方と一緒にしないでよ、私は物を大事にする人は好きだよ」
なんて声が休憩席の方から聞こえたが、それに対して殲滅し隊の面々は美琴の珍しさと美しさに関心していた。
「確かに相棒と言うだけはあるな、凄い作り込みに見える」
「ほんとだね、あたしもあんなの初めて見たよ」
「だな……これから抜くんだろ? 楽しみだな」
そして――。
(これは……いやまさかねん。でも聞いたことがあるアレと似ているわん)
「はいは~い、独り身ボーイは参加って事ねん。じゃあ中央へ行ってねん」
「チョットマテ、だから一人じゃないって……ん? でも独り身なのは確かだから言い返せない! ぐぬぬぬぅ」
なぜか戦う前から敗北している流は、敗残兵の面持ちで中央へ向かうのだった。