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217:邪魔者とは、邪魔をするヤツなのです

「あなたに出会えて本当に……本当によかった……。今、心からそう思います……」

「……そっか。まぁ、最初は俺もお前って嫌な奴だと思ったが、今は俺の半身とも言っていい存在だからな。これからもよろしくな?」


 瞬間、〆の健康的だが、粉雪のような素肌が朱に染まる。目はうるみ、今にもその美しい瞳から涙がこぼれそうになる。


「古廻様……私……もう、我慢の限界で御座います……」


 そう言うと〆は流の胸に顔をうずめると、ゆっくりと顔を上げ流の瞳を〝ねっとり〟と見つめる。

 さすがの「骨董系鈍感王」な漢、流でさえも、その異常さに気がつく。


「ッ!? し……〆。お前……」

「どうかそのまま……何も言わずにどうか……」


 その様子を店内の骨董品達は、じつに良い酒の肴を見つけたように楽しげに見守る。

 だがセバスだけは、いま流が「傾国の女狐」に落とされるのは、マズイと言う思いがあるが、ここで邪魔をしようものなら、どんな仕打ちが待ってると予想するとゾっとする。


 なので、悪魔なのに神に祈る気持ちで「アレ」を待つ。


「〆のその気持に答えよう……」


 そう言うと、流は〆の〝アゴをクイッ〟と上に向ける。

 接近するその距離三十センチ、その二人の瞳はまっすぐにお互いを見つめる。

 ワン太郎は焼きイカを噛みながら、短い前足二本で目を隠すように、しっかりと見ていた(・・・・・・・・・)


 迫るその距離十五センチ……ワン太郎はドキドキしながら見守る。どうやら焼きイカが美味しかったようで、もう一本、急いで名古屋城のシャチホコの木彫りのレプリカからもらう。

 右の瞳から〆は〝ほろり〟と涙をながし、その時を……数旬を千秋の思いで待つ。

 ワン太郎はもう我慢が出来なかったらしく、イカ焼きを二本同時に噛み締め、その時を待つ。


はぶもぐ!!(いいぞ!!) あむもむぐっぐ(もっとやるワン)!! もぐもぐもぐっぐ(もう二本追加だワン)!!」


 ワン太郎のイカ速はとどまる事を知らず、ついには三本同時食いに至る。大丈夫だろうか……?

 やがて流と〆の距離は三センチの所まで来た瞬間、異超門が開き中から何かが飛び出して来た。


(や、やっていただけると信じておりました! 壱様!!)


 セバスが冷や汗を拭いながら、壱を救世主のように見つめる……悪魔の王なのに。

 

「た、大変やで!! 古まわ――」

「壱さまあああああああああ!?」


 全部を言い終わる前に、なぜか真っ二つになっていた壱は床に〝ハラリ〟と舞い落ちながら、さらに細分化し真っ赤な花びらのように舞い散った。

 それを見たワン太郎は、破壊神の暴虐ぶりと、あまりの惨状と恐怖で、喉にイカ焼き三本を詰まらせ、白目を向いてぶっ倒れたのだった。


「兄上……どうして何時も邪魔をするのです……いい加減にしないと斬り刻みますよ?」

「し、〆様……すでに壱様は紙吹雪になっておりますが……」

「ハァ~。もう台無しです。もういいです。せっかく古廻様が私とキ――ッ!?」


 その時だった。〆が流とのキスを諦めた瞬間に起こる柔らかい感触。それが何か〆は分からなかった。

 だがすぐに理解する。目を極限まで見開いたその先には流の顔があり、自分の唇を優しく塞いでいたのだから。


「あっんんんんんんっ!?」


 突然の事に大混乱する〆。それを見ていたセバスは文字通りアゴが外れたように口を大きく開け放ち、魂が抜け出たような顔になる……悪魔の王の一角なのに。

 骨董品達はそれが面白かったらしく、さらに盛り上がり、ワン太郎は殿様カエルの置物から出た長い舌で、焼きイカを取り除かれていた。


「これは――――いいものだ……な」


 流はそう呟くと〆を再度抱きしめ、その顔を見つめた。


「ハーブ? いやいや、違うな。そんなちゃちなモノぢやあない! キスをした瞬間鼻孔を突き抜ける、甘ったるいが爽やかな風が脳天をぶち抜く勢いで立ち昇る、香気の大本流(だいほんりゅう)! あまりの幸福感で、常人ならこれで死ぬんじゃないかって? 勢いのヤバさだ。多分〆独自の香なのだろう。表現が不可能に近いッ!! さらに――」


 流は〆の左アゴにソっと触れると、アゴのラインにそって口元へと右親指を滑らせる。


「さらに味わってこそ初めて分かる、この瑞々しい唇はどうだ? ふッ……ふは……ふはあはははは!! この世のどんな果物? 否! 想像だが、天上にあると言われた伝説のあの果実より、なお甘美な味わいはどうだ!? 柑橘系の果実の酸味を見事に取り去り、あの大阪名物の白桃よりなお濃厚だが、嫌味がまったく無く極甘で、俺の存在が溶けるかと思えるほどに惑わされた。コイツは甘ったるすぎて、気を抜けば間違いなく即死クラスのヤバさだ……。何という危険な女なんだお前は? 妖人になって無ければ、あの世へもう一度送り返されていたぞ!!」


 傾国の姫君の本領が、図らずしも発揮された事で流の心が腐り落ちるかと思われたが、どうやらそれすらも骨董系鈍感王には通じなかったらしい。

 ただ傾国姫たる娘の極上な感触震え、その極上すぎる香に感動し、それらに極上に酔いしれ楽しんでいるようだ。

 そんな様子をさすがの骨董品たちも呆れたようで、五老にいたっては爆笑していた。


『ぶっはっはっは! あ、あの女狐が!? ぶックックック』

『然り然り! クハハハハ!!』

『見せつけてくれるじゃないのよ!! でも面白すぎて、ここ三百年で一番笑えたわよ!!』

『えっと……みんな、そんなに笑うのはよくないよ……ぷふっ』

『クっほほほッ!? あのお嬢があんな顔するとはなぁ!!』


 見れば〆は泣いていた。顔を真っ赤にして泣いていた。一瞬、流は「やっちまったか?」思ったが、どうやら違ったらしい。


「うそ……これって……まさか……そんな……あの時の……」


 そう〆は言うと、実に幸せそうな顔で固まっていたのだった。



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