216:まつりのひ
その後屋敷へと戻ると、メイドたちや夜朔のメンバーが勢揃いしており、流の生還を喜んでくれた。
それに感謝を伝え、なにか恥ずかしい気持ちで元・異界の間と呼んでいた執務室へと到着する。
ちなみに嵐影とワン太郎も一緒だ。
「では行ってくる、嵐影とワン太郎は待っててくれよ?」
「……マ」
「ワレも行きたいのだ。連れて行くのだワン!」
「え~……まぁいいか、お前は小さいから邪魔にならないか」
そう言うとワン太郎は嬉しそうに尻尾をふると、ジャンプして流の肩に乗る。
「参、〆は向こうにいるのか?」
「フム。あちらで待っています」
「分かった、では……解錠!」
流は右手から鍵鈴を出すと、それで異超門を呼び出し中へと消えていった。
◇◇◇
「っと、この感覚も久しぶりだな……」
一瞬ホワイトアウトする感覚に、いまだにどうも慣れない。それが終わると目の前が徐々に見えてくる。
視界が戻るとそこには、〆とセバスが目の前で待っていたのだった。
「古廻様お待ちしておりました」
「おまたせ~。それでこの荷物が?」
見るとかなりの量が異超門の前に積み上がっていた。
「結構あるな……。それでどうしたらいい?」
「初回になりますので、古廻様が一度許可を出していただければ、次からは店の者かメイド達が運びます」
「なるほど……」
そう言いながら、メイドさん達の中の人は一体何者なんだろう? と気になるが、精神衛生上忘れることにする。だって、どこぞの魔王だったらやだし……。
「じゃあまずは……おーい、五老はいるか?」
瞬間、威圧するような妖気とも神気・妖気・戦気・など色々な物が混ざりあった、押しつぶすような力が流へと向かう。
まさに一瞬触発! 〆を始め、セバスと天上からは夢見姫が現れ、流をガードするように陣取ると同時に、流以外の全員が骨董品全てを破壊するように臨戦態勢になる。
「愚物どもめが!! 古廻様に対してなんと言う不敬か!? その存在を滅してくれようぞ!!」
「まぁ待て待て、これでいいんだろ?」
今にも攻撃しそうになっている〆を、右手で落ち着かせた流は、珍しく……いや、はじめてケレン味無く「普通に」変怪する。
その体からは溢れんばかりの妖力が吹き出し、店内の骨董たちを逆に威圧する。その肩に乗っていたワン太郎は「わぁぁぁ」と言う悲鳴とともに吹き飛び、赤べこの骨董に当たるが、その首にまた〝ぽよん〟と吹き飛ばされる。
『ほほぅ!! やるではないか』
『然り然り!! ホッホッホ』
『フンッ! 狐より話になるわね、認めてもよくてよ!!』
『あ、あの。僕もみとめてもいい……よ?』
『やるじゃねぇか!! 俺をもっと楽しませてくれよ!』
そう五老が告げると、店内の骨董品達の威圧は霧散した。それを確認した流は、両手を広げると宣言する。
「どうだ! これでまた面白くなってきたろう!? これから楽しませてやるから、俺に力を貸してくれ!!」
そう言うと店内から楽しげな笛や太鼓の音がする。さらには笑い声や話し声が響き渡り、まるで祭りの最中にいるような錯覚を覚える。
「こ、これは一体……」
「〆様……」
数十秒前までの、「流を店の骨董品全体が攻撃するような」剣呑な空気が霧散した状態に、セバスは無論、〆の驚きようはまさに驚愕と言えるものだった。
この異怪骨董やさんで、このような事は過去になかったはずだ。だが誰もいない店内では、何やら骨董品たちがコッソリ宴会をしているかもしれないと言う話があった。
だがそんな事はありえないと、〆は忘れていた事を思い出す。
「おおお!! これは楽しそうだな~! よし俺も仲間に入れてくれよ!」
流はそう言うと、アイテムバッグから秘蔵の一本。黒○の大吟醸を取り出すと、囲炉裏のテーブルへと向かい、檜の枡に注ぎ呑み始める。
すると、どこからか仙台四郎の陶器製の人形がやってきて、流へと桐箱に入った高級そうなカラスミをくれる。
『食べてみろ、んまいぞ』
「おお、これはいいな! ありがとよ!」
『こっちも食べてみなよ、おいしいわよ』
「やあ、これは珍しい松前漬けだな! でかいホタテばかりじゃなく、アワビがまるごと入ってるのか!? 豪快だな!」
『蒸籠飯もあるんだな。食ってみるんだな』
「おっほ!? こいつはいい、タラバを始め、ウニとイクラまで乗ってるのか! 生で食べれる食材を、惜しげもなく熱を通したかと思ったら、絶妙なミディアムレア状態が……くぅ~ッ、旨い!! こいつは、ばふんウニかよッ!」
その後骨董品たちは、どこから持ってきたのか色々な食材を流へと持ってきて、店内にはいつの間にか祭りの提灯まで出現し、お祭り騒ぎになる。
唖然として〆はその光景を見る。なにせ自分がこの店の管理をしてから、こんな光景は一度も見たことのないのだから。
「〆様……これは……」
「分かりません……。ただ言えることは、古廻様が愚物どもに気に入られたと言うことでしょうか……」
呆然とその様子を見ていた〆の着物の裾を、誰かが引っ張る。ふと見れば、どうやらフランス人形が引っ張っているようだ。
「はい、どうぞ」
「えっと……貴女は確か、とても良い包帯を出せるんでしたか……」
「ウン。今はお祭りだから、お嬢様も楽しんでください」
十九世紀ころに、アルジャーノ・ガリに作られたビスク・ドールはそう言うと、〆へとリンゴ飴を手渡す。
それを気の抜けた様子で〆は手に取ると、フランス人形は去っていった。
「私にまで……。一体何が……」
隣を見れば、セバスもクリスタル製のマーライオンに、焼きもろこしを貰って困惑しているようだ。
そんな二人に気がついたのか、流がやってきて二人を誘う。
「ほら、どうした。そんなマヌケ顔して? 骨董達が俺の妖人になった祝の宴を開いてくれてるんだから、楽しもうぜ?」
その一言で〆は悟る。そうか、そうなのだ……。
「……私は間違っていたのでしょうか?」
「いや、そうでもないさ。ほとんどの骨董達は、普通に管理は出来ないだろう?」
「ええ、それは間違いなく……」
「だからこそのお前だろ? でも今回は、俺が新たな力を示したから、その祝にかこつけて『ただ陽気に楽しみたかった』だけなんだろうからな」
その言葉に〆は一瞬理解が出来なかった。それは数百年の長きに渡り、考えもしなかったことなのだから。
だがなんの事はない、ただ一方的に付喪神の宿る「骨董品の気持ち」を、分かろうともしなかった。
それもそのはず。大抵の存在は自分より遥かに下等と思っていたし、事実そうだった。
だから「力でねじ伏せてきた」のだから……。
「お、おい……いきなり何をするんだよ」
〆は流を抱きしめずにはいられなかった。未来の主としてと言うだけじゃなく、今まで以上に「古廻 流」と言う存在が魂の底から愛おしく、今すぐに「仕えたい」と思ったのだから。