019:酒瓶と椅子は大・好・物です
「コホン、子爵様。そろそろ落ち着くデスネ」
「ム……これは失礼をした。皆も許せ」
誰も子爵の暴走を止めなかったが、クコロー伯爵がそれをやっと諫める。
「子爵様も相変わらずだねぇ。で、どうです? 妾はこれをギアマンと見ていますが?」
「ああ、ヴァレリア公爵の言う通り間違いない。しかも私達が知っている物より遥かに出来が良い。そうだろう、イグニス教皇?」
「ククク。はい、その通りです子爵様。現在教会がお預かりしている聖杯と同じ物、いやそれ以上の物かと」
「エルフの視点からどう見る、アリエラ?」
エルフの女、アリエラは静かに立ち上がるとワイングラスに近づき魔力を込める。
「これをご覧ください。聖杯と同じく魔力の流がグラスの中に水を張ったかのように見えます。それにオリジナルより遥かに魔力の密度が濃く渦巻いています。まず間違いないかと」
一同からは感嘆の溜息が漏れる。
「決まりだ。アダムズ伯爵、王都本部の冒険者の元締めとして、いつでも即応可能な準備を整えておけ」
「承知致しました、子爵様。それにしても長生きはするものですの~まさかこの目でこんな光景が見れるとはのう~」
「さて、ご一同。これで決まりましたな。今後の彼については以前の轍を踏まぬように、出来るだけ放置と言う事でよろしいでしょうかな?」
そうバーツが言うと全員が同意する。
それを確認したトエトリーの領主が、魂の叫びとも言える決意を表明する。
「それでは皆の者、今度こそあのような失敗を二度と……そう、二度と繰り返してはならぬ! ここからは命を賭けて生き急げ!! 我ら三百年の悲願を叶える時が来た!!!!」
領主が右手を顔の高さまで上げ、その手で空を掴む様な仕草をする。
すると右手の中に、魔力で出来た真っ赤な盃が現れた。
周りの者の手の中にも同様の盃が現れ――。
「サクール」
トエトリーの領主である子爵がそう言うと、手に持った盃を床に勢いよく叩き落とす。
その直後周りから同様のガラスが割れたような音が聞こえ、叩き割られた盃は粉々になる。
そして赤い砂塵となって消えて行った……。
◇◇◇
翌朝になり昨日の酒も綺麗に抜けたのか、スッキリとした目覚めで起床する。
「ふわ~。うぅ……。さて、もうひと眠りするか……」
朝に弱い漢、それが流であった。しかし敵は油断をした時にこそやって来る。
コココココココン! ココン! コンコンコン!
「お客さーん、朝ごはんどーしますか~? もうすぐ片付けてしまいますよ~」
宿屋の娘(仕事中)が朝から軽快なリズムでドアをノックする。
「煩いわ! なぜそんなリズミカルにドアをノックするんだよ! はぁ~起きますヨ、起きればいいんでしょ~、五分後に……」
コッココン! コッココン! コココココン!
「ヤメンカー! 分かったよ、起きますよ……なんて酷い宿屋だ」
今にも閉じそうな瞼を奮い立たせ、ドアへと向かい開け放つ。するとまたノックをしようとした宿屋の娘(十七歳位)にチョップして止めさせる。
「いだいッ! 何をするんですかぁ~お客さん。私の愛の籠ったモーニングコールを邪険にするなんて」
「お前はモーニングコールの何たるかを知っているのか? 客に不愉快な思いをさせる宿があるかよ」
「知っていますよ! モーニングコールなんて常識ですもん」
「ほぅ? じゃあ言ってみろ」
「お客さんこそ教えてくださいよー」
「む、モーニングコールとは客を朝気持ちよく起こす事だ」
「む、朝になったら騒々しく起こして出て行ってもらうんですよ」
「え?」
「え?」
「違う、それじゃ嫌がせじゃないか」
「違いますよ、それじゃ顔真っ赤になりますよ」
「え?」
「え?」
「……お前の言う顔真っ赤って何だ?」
「……だって、だって―― そんな朝から享楽的な事をしてたら『朝から享楽亭』になっちゃうじゃないですかー!」
涙目で顔真っ赤にしながら切実に訴える宿屋の娘(性別女)は魂の叫びを流にぶつける。
「なんだ……と!? お前! ここの宿屋が変な名前だと分かってたのか!?」
「分かりますよ!! でも誰も相手にしてくれなくて、私一人で毎日悩んでたんです」
そう言うと宿屋の娘(彼氏募集中)は涙に濡れるのだった。
「なんと言う事だ、俺もここの宿屋の名前が変だと昨日からファンや、屋台の奴らに言ったんだんだ! でも誰も相手にしてくれなかったんだよ!!」
「お客さんもですか!? うぅ……やっと分かってくれる人と会えたよぅ」
そう言うと宿屋の娘(恋の予感)は涙の海に溺れたのだった。
「悪かったな、心の友よ。お前は俺の最大のッ理解者だ!」
「お客さーん! 私も嬉しい……です。お客さん、私……」
二人は見つめ合う、こんなにも自分を「理解してくれる人」がいるんだって……。
「だから今日から毎日お小遣いくださいね!」
「…………」
「あいだッ!? お客さーん。どうしてチョップするんですか~待ってくださいよ~お客さぁぁん」
宿屋の娘(守銭奴)は金に享楽的なようであった。やはり宿屋の看板に嘘偽りは無かったようで、流も安心して朝食会場へ向かったのだった。
◇◇◇
朝食を終えた流は宿を出て中央通りに向かって歩いていた。トエトリーの町は朝だと言うのに活気に溢れ、まるで昨日からこの賑わいが続いているかのような勢いだった。
「朝っぱらから皆元気すぎだろ~。ふぁぁあ……さて、どうするかな……そうだ、ギルドへ行って冒険者登録でもするか」
冒険者ギルドは正門からほど近い通りにあり、冒険者が帰って来てすぐに換金出来るように、獲物を保管する倉庫が三つ並んでいた。
建物は五階建てで、縦横共にかなり大きい建物だった。
「ほ~大きい建物だな。そしてこの場所の熱気は朝から何だ? 酒場や露店が多いぞ」
見ると露店では薬草・武器・軽食や酒・食料品等が所狭しと並び、酒場では朝から酒盛りをしている冒険者まで居た。
「これぞ異世界って感じだな、実にいい! こういう光景は大好物だ! すると後はアレだろう? よし、ここは冒険者風の口調で行こう!」
流はニヤリと口角を上げ冒険者のロールを楽しむべく、血に飢えた刀を落ち着かせるように、美琴を撫でながらギルドの中へと吸い込まれて行った。
ギルドの入り口はウェスタン扉で、何故かバニーガールの人形が中へと誘っている。
(もう辛抱たまらん! なんだこのドアは、レトロ映画のあれか? あの時代の品も好なんだよな俺。でも何故入口にバニー? しかも誘ってやがる……)
入口のドアを勢いよく押す、すると〝ギィィィ~〟と油が切れた扉が開くような大きな音が鳴り響き、喧騒だったギルド内が一瞬で静かになる。
流は一歩中へ入り内部を見渡す、周辺には丸テーブルが等間隔に置かれ、大きいバーカウンターが左右にあり、朝から呑み比べをしている冒険者や昨日から呑んでいたのか、酔いつぶれて居る冒険者も居た。
それらを一瞥すると、ギルドのカウンターに居る受付嬢の元へと歩いていく――はずだった。
しかし、当然、当たり前で、確実に右のテーブルから「足」が伸びていた。
それを見た二階の吹き抜けから見学していた冒険者達が賭けを始める声が響いた。
オッズは無論、流が大穴である。
「おい、二階の奴!」
そう言うと流は金貨を一枚親指で勢いよく弾き、大声で賭けを仕切ってる奴に投げ渡す。
(ああああ!! 幸せすぎて今、オレ、サケビタイ!!)
何故か流暢な誇り高い部族言になる流、その余韻に浸る間も無く残酷な言葉が浴びせられる。
「オイオイ、な~んか雑魚の香がしねーかあ?」
すると左のテーブルからも「足」が伸びた。
「ハッハア~! こっちにもプンプン臭って来たぜぇ」
かなり酔っているのか真っ赤な顔になりながら、流に枝豆のような物を投げ流の額にペチリと当たる。
「ブハハハハ、こいつ動けねーでやんの! おら、ボウズ。先輩に挨拶しろ、冷えたエールを添えてなぁ」
ドッっと沸き返る両脇のテーブルに呆れた視線を向ける者。我慢出来ずに立ち上がって諫めようとする者と、それを止める者。面白そうにニヤニヤしてる者や興味無さそうにしている者。そんな千差万別な冒険者達がそこに居た。
「ん? その腰の剣は何だあ? そんな細くてひん曲がってるような武器で冒険者をやろうってのか? やめとけやめとけ。角ウサギにすら勝てねーぞ」
器用に美琴を覗き込んだ左側の足男は笑う。
「だが良く見て見ろよ、鞘の部分に綺麗な模様があるぞ? 高く売れそうだぜ」
右側の足男も逆側だが、鞘は見えたようで不穏な事を言い出す。
「なんだ、足が話しているのか? 俺には臭く汚い足と話す趣味は無い」
そう言うと流は左右の足を蹴り上げた。同時に左右の足は盛大な音を立て床に転がる。
「がああ 痛ってえ……このクソガキが! 優しくしてりゃ付け上がりやがって」
「クッソ! エール塗れになっちまったじゃねーか。洗たく代と慰謝料を貰わねーとなぁ」
「ん? まだ汚い足が何か言っているのか? どれ、来たついでにそこのゴミ箱へ入れてやるのが大人のマナーってやつじゃないか? ゴミはゴミ箱へって宇宙の支配者だった人? も言っているしな」
「……てめぇ、舐めるのもそこまでにしろよ!」
そう言うと右足の男は酒瓶を手に立ち上がる、左足の男も椅子を手に持ち同時に殴りかかって来た。
右足の男の攻撃が早く、流の頭に酒瓶が吸い込まれたと思った右足の男はニヤリと笑う。が、流は上体を後ろへ少し反らして酒瓶を躱す。
「ジジイ流活人術……」
直後、左足の男は椅子を横からスイングするが、流は美琴の刃を少しだけ出し椅子の背もたれを弾くように当て、軌道を右足の男へと流す。
酒瓶を振り抜いて躱されたまま、バランスを崩した右足の男へと、弾いた椅子がブチ当たる
「不殺閃!!」
椅子を振り抜いた左足の男へ納刀したまま美琴の鞘で一閃!
美琴を良い角度で一閃された左足の男と、椅子をブン回した遠心力が乗った椅子を、モロに食らった右足の男は勢いよく吹っ飛び、ダストシュートされたゴミのように「みんなのゴミ箱」へと頭から仲よく突っ込んだ。
周りで見ていた者の多くは何が起きたのかよく分からず、ただ茫然と見ていたのであった。