001:異界骨董やさん
現在は〆と呼ばれている娘に溺愛されながら、男はこの異常な骨董屋と関わった事を思い出す。
あれはまだ男が日本に居た頃の事だった。
紅葉も見頃を終え、冬の気配が迫る頃合いだったと記憶している――。
◇◇◇
人間、日常の風景が変わると結構驚くものだ。
しかしこの男の場合はちょっと……いや、かなり特殊だった。
「オイ!! オイオイ? オイ……何時からこんな所に骨董品屋が出来たんだ? しかも古都とは言え住宅街のど真ん中なのに、鄙びた感じの佇まいがなお一層不気味だ……」
京都、東寺からほど近い住宅街の裏路地に、昨日まで無かったはずの見慣れない建物があった。
それは大内宿にあるような煤けた感じの木造建築で、屋根には〝こんもり〟とした茅葺屋根が異様に目立つ骨董屋が、目の前にひっそりと生きているように佇む。
骨董屋の入り口の上には「異怪骨董やさん」と金文字で書かれた立派な木製の看板があり、なぜか最後はファンシーな書体で「やさん」と書かれている。
それを疑問に思いつつも、そのギャップがまた不気味さを演出していた。
「ここは駐車場だったはずだが……昨日も通ったけどこんな店無かったよな、いや通ったと勘違いした? 裏道だから気が付かなかったのか? でも一日二日でここまで変わらないと思うが……」
異常な光景に戸惑いつつも、冷静に状況を確認しようと周りにある光景から分析する。
すると見慣れたビニールのカバーが破れた電柱があり、その電柱番号札も見慣れた「東寺道50L1」であった。
「やっぱりいつもの道だ。いや、まぁいい! 今すぐ骨董を愛でタイム!!」
男はゴクリと唾をのみ込むと、無駄に凝った龍の彫刻が施された引き戸を〝カラカラリ〟と開けてみる。
普通の人なら入る事を躊躇するような骨董屋だったが……。
――その男は現在二十歳にして骨董と聞けば隣町はおろか、他県にまで足を伸ばすほどの無類の骨董狂いであった。
その骨董に傾倒したせいか、どうにも独り言が多くなってしまい、一部にはちょっと引かれた目線で見られていたが……。
そんなシブイ趣味を持つ男だったが、周りの女子からは容姿端麗として、とても人気の高い男でもあった。
心優しく、スラリとした身長は百八十センチに届く程で、清潔感があり見てくれも良く、一般的には「美男子」と呼ばれる類のものだ。
だからその男にも彼女は居たが、ついに彼女が「いい加減にして!! 私とガラクタどっちが大事なの!?」とブチキレられた。
男は真顔で「骨董品に対して無礼だろう?」と言い放った瞬間、男の右頬に大きく〝真っ赤な紅葉がプリントを完了〟したお知らせとして、ジンと染みる痛みが頬に訪れる。
突然の事に動じもせず、男はおもむろに張られた頬をスマホで自撮りする。
そして「初夏に紅葉……か、これもまた風流」と呟いたのを彼女が聞き、おまけに左頬にも立派な紅葉が見頃を迎えた。
呆れた彼女が去るのを見ながら「紅葉だけに女心と秋の空……か」と呟き、視線を上げ、高く湧きたつ入道雲を実に優しい目で見る。
夏の空を見ながら秋を感じる事が出来る男に、周りで見ていた友人達がドン引く。
そんな自以外の、他が認める変人。
骨董をこよなく愛でる豪の者、名を「古廻 流」と言った。
流は物心がついた頃から祖父が骨董好きと言うのもあり、幼少の頃よりその魅力にドップリと頭の先まで浸かっていた。
そして運命の出会いをしてしまう。
そう、テレビでやっている「いい仕事鑑定ショー」と言うローカル番組で見た、品の良い和装の老紳士が「い~ぃ仕事してんジャン!」とキメ台詞を言いながら、高価な品を鑑定をするギャップが子供心にクリティカルした。
そのお陰と言うか、そのせいもあり「骨董狂い」とも言える人生を、謳歌する事となる。
そんな訳で――。
「こんにちわ~、品を見せてくださいな!」
入り口から挨拶をしつつ、辺りを見るが誰も居ない。
店内に入ると、そこは流にとって正に夢の空間だった。
例えるなら遊園地であり、骨董のテーマパークと言ってもよい品揃えと、珍しい物で満ちあふれていた。
「うっそだろう……。これ全部激レア物じゃねえのか!? 例えばこの地味な茶碗なんかは本物の『千利休の黒茶碗』だし、こっちの派手で、銀河を切り取ったかのような茶碗は当時物の『曜変天目』だぜ……間違いない、本物ばかりだ……。一体何だこの店は?」
その他にも軽く見渡すだけでも、流の知識にある「人生で会えたら歓喜もの」な品々が、所狭しと陳列されている。
だが本当にこの店が異常なのは、こんな名品があるからでは無いと実感する。
真の異常さは、その奥に陳列されている「妙な圧迫感」がある、一見名品に見えない品々が原因だ。
例えば今、流が手にした会津塗りの赤い牛の人形だが、明らかに「命の息吹」と言ってもいい力が流を威圧する。
「ッゥ!? 何だ? 赤牛に拒否された? 一体なんだよ……」
異常な骨董品の数々に、明らかに拒否されているのを感じる。
普通なら不気味で恐怖すら感じるだろうが、この骨董狂いの漢には「少し変だね」程度の認識しかない。
だから当然こうなる。
「まあいい。今は激レアな骨董品より、こっちの『気持ちの悪い』骨董品を愛でようじゃないの!」
そう言うと流は「皆に愛されない」黒光する昆虫のように、カサカサと動く。
手に骨董を取ると撫でまわし、香をかぎ、頬ずりをし、味覚をあじわ……うのは、流石に我慢をした。そう、今は我慢しただけだ。
そんな変態を、骨董品達は実に嫌そうな雰囲気を放ち威圧するが、流には通じない。
流の友人が見ていたらきっとこう言うだろう「骨董さん、にげてえええええ!!」……と。 だが領域者からは逃げられない!
ちなみに領域者とは、流の友人が彼の変態性を総評して付けた「変態を超えた変態」として、流へと贈られた称号でもあり、流は褒め言葉として勘違いしている。
だが、流の領域者無双も唐突に終わりを告げられる。
店内を半周した程で、突如右耳のすぐ傍で小さな子供の声で「ねぇ、早く来てよ」と、声がした。
その言葉を発した子供は、少し舌足らずな感じであったが、ドキリとするほど鮮明に耳へと響く。
「誰だ!? ……誰も、いない……?」
声がした場所を見ても誰もいなく、相変わらず店内は静寂に包まれていた。
しかし声がした方向を見ると、そこには立派な囲炉裏があり、杉の一枚板の立派なテーブルが囲炉裏を囲んでいる。
その上に不思議な物を流は見つけ、近くへと行ってみる。
うっすらと緑色に発光しているそれは、どうやら『鉾鈴』と言われる物だと認識するが――。
――鉾鈴とは、神社で巫女さん達が神事に使う鈴が沢山付いている物で、全長三十センチ程の短剣のような形の物であるが、この鉾鈴の形は変わっていた。
「これは鉾鈴か? それにしては鉾の部分が鍵のようだ……。それに何故発光してるんだ?」
不審に思いながらも、テーブルに置かれている鉾鈴を手にする。
すると淡く発行していた光が消え失せ、普通の鉾鈴になったようだったが、不思議な事が起こる。
「な、何だ? 持っただけで力が湧いて来るようだ……」
その瞬間、店内が〝ざわり〟と蠢いた気がし、周囲を見渡すが何も異常はない。
だがさらに異常は続く……。
周りを見渡していた流の背後、囲炉裏のテーブルの方から〝コトリ〟と音がしたので振り返る。
すると、そこには織田信長が愛した大名物、白天目茶碗に、点てたばかりの抹茶が香気を漂わす。
「あれ? 今あったか、こんなの? それになんだ……。このウサギの菓子はデカ過ぎだろう」
テーブルの上には白天目茶碗の隣に、全長ニ十センチほどの「妙にリアルな白いウサギの和菓子」が、輪島塗の朱色の盆の上に置いてあった。
そのウサギのお菓子の口元を見ると、和紙製のメモ用紙をくわえており、そこには何か文字が書いてあるようだった。
メモには「〆:いらしゃいませ~。心ゆくまでお茶を楽しみながら、店内をご自由にご覧下さい。お会計に興味がある時は、奥の障子戸の先でお待ちしています」と、書いてある。
妙な言い回しである「会計に興味」と言う、言葉に少し違和感を感じながらも周りを見渡す。
店の奥を見ると確かに豪華な障子戸があり、誰かが会話しているような声が小さく響く。
色々な事が不審なこの店だったが、何故かそれを疑問にも思わず「少し変ねぇ」くらいの認識で。
「へぇ、サービスいいじゃん。しかもこんな高価な茶碗を、一見に出すとは凄い店だな……。でも、こんなデカイ菓子は食べきれないぞ」
そう言いながらも、ウサギの和菓子の背中部分を和菓子切りで、ゆっくりとこそげ取る。
すると何故か和菓子が〝ブルリ〟と震えたような感覚が伝わり驚いていると、背後から「やめてあげて」とまた子供の声がする。
流は思わず振り向くが、やはり誰も居ない。
「何なんだ一体……? って美味い!? ちょ、菓子なのにジビエ肉のような濃厚さと、野生の金木犀のような芳醇な香で心が満たされるようだ!? も、もう一口! って……無い」
子供の声に振り向き、そのまま手に持っていた和菓子をこそげた物を、おもむろに口に入れた瞬間、濃密にして濃厚な美味さの本流に押し流される。
あまりの美味さにもう一口と和菓子を……と思ったが、あのデカイ和菓子が消えていた。
「ど、どこに消えた……。落ちてもいないし、あんな大きなウサギが消えるなんて変だ」
ここにきてようやく、この店の異常さに気が付いた流は、落ち着くために抹茶を一口飲んだ後に次の行動に移す。
それは目の前にある「鉾鈴」を持って、メモに書いてある場所である「障子戸の向こう」へと行く事にする。
なぜか異様に気になる鉾鈴は、持つだけで力が湧いて来るし、何より放したくないと言う思いを強く感じる。
だから価格だけでも聞いみようと思い、可能なら購入しようとしたのだ。
「あの菓子が食べれないのは残念だが、今はコイツを持ってレジへと行ってみるか」
鉾鈴を右手に持ちながら、店内にある骨董達を見つつ楽しみながら移動し、目的の障子戸の前へと辿り着く。
早速、障子戸を開けてみようとしたのだが……。
「なんだこれ!? 開・か・な・い・ぞぅぅぅッ!!」
どう見ても横へとスライドする形だが、何故か開かない。
疲れた流は右側をふと見ると、障子戸と言うアナログの結晶とも言える、障子の和紙の部分に文字が浮かび上がる。
「む、LEDか何かで文字を浮かび上がらせているのか? 骨董屋なのにハイテク仕様なのが解せん」
障子戸の格子の中には「鍵をお持ちのお客様ですね、おめでとうございます。この先にはお代として体験していただく、お客様が見たことも聞いた事も無い物で満溢れています。 が、一度見たら戻る事は大・変・困・難です♪ 進みますか?」と書いてあり、最後には●が点滅していた。
「ふっ。見た事も聞いた事も無い物に満溢れているだと? つまりそれほどの衝撃で今の価値観には戻れないって事だろ? 上等じゃないか、当然進むに決まってるだろう!」
後に流は思う。
なぜあの時、この状況を楽しんでしまったのか……と。