191:感情豊かな女
翌朝、日が上り腹も減ったので、大広間へと向かう事にする。
「しっかし俺の体はどうなっているんだ? 擬体とはいえ魂だけのはずなのに、腹も減れば喉も乾く。さらに物も持てれば叩く事も出来る。時空神の御業とは言え、凄い事するよなぁ」
大広間で軽く食事を済ませ、その後最後に「生きた証たる美琴」を見るために刀照宮美琴の下へと向かう。
美琴が安置されている場所には誰もいなく、遺体が寂し気にお棺に入れられていた。
そして美琴の遺体を眺めながら、流は懺悔するように謝罪する。
「美琴、昨日はごめんな。あまりにも……そう。あまりにもからかい甲斐があるので、つい……な?」
「……それ、謝罪になっていませんよね~え?」
振り向けば、品の良い黒い京紬に身を包んだ美琴がいた。
「あら、美琴さんおはようございます。幽霊なのに朝からご苦労さんです」
「もう! どうしてそんなに緊張感がないんですかー!」
「いや、どうしてと言われても……性分?」
「はぁ~もういいです。普通は幽霊に遭遇したら驚きません?」
「あ、幽霊って認めるんだ」
「うっ……。まぁそういう存在かもしれない? 事も無い事を善処しましょう」
「お前は永田町の政治家か」
「知りません!」
いつものやり取りをすませると、流は真面目な顔で話しかける。
「なあ美琴、この子はお前なんだよな?」
「はい……生前の私です。すでにただの肉塊ですが……」
「アホウ。確かに今、俺の前にいるお前と比べたら酷いありさまだ。だが俺はそんな美琴すら愛している。あ、別に死体愛好家ってわけじゃないぞ? ただ刀照宮美琴であり、悲恋美琴でもあるお前のどちらも愛おしい。ただそれだけの事だ」
「も、もぅ……そんな話を他人が聞いたら、変態だと思われても知りませんから」
「うふふ。別に変態だなんて思っていませんよ?」
そこには喪服に身を包んだ凛とした女性がいた。
「は、母上!」
「まあ……本当に幽霊と言うのはいるのですね。驚きました」
「静音様……、この美琴は数百年の時を経て私と出会った美琴です。ここに眠る美琴と多少は違うでしょう」
「そうです……ね。私が知る美琴はこんなに騒がしくありませんでした」
「は、母上えええ!?」
「冗談です」
「ははうぇぇ……」
美琴は泣き笑いの表情になる。そんな美琴を見て静音は優しく語り掛ける。
「美琴ちゃんごめんなさいね。貴女が囚われている年月、私はそっと手助けする事しか出来ませんでした。それが都合の良い言い訳だと言う事も知っています。でも一言謝りたかった。ごめんなさいね、貴方を大事に育てられなくて」
「ぐすっ……母上。私は昔の事はよく覚えていません。でも母上の優しさは十分に理解しています」
「そう、ですか……。それを聞いて安心しました。時に美琴ちゃん、おばけでも泣くのですね?」
「は、母上ぇ!?」
そんな親子の優しい(?)時間がすぎると、葬儀の準備に人が集まりだす気配がした。
「ここまでのようですね。美琴ちゃん、また会えますか?」
「はい、まだこの屋敷に少しはいると思います……」
美琴は流をちらりと見ながらそう答える。
「ではまた後程会いましょう。流様、では参りましょう」
「ええ。では美琴、また後でな」
二人を見送る美琴の心は複雑だった。
愛する流をこのまま現世へと返したい、だけど一緒にいたいし、母ともずっと一緒にいたい。でも……。
あふれる感情がどこに向かおうとしているのか、当の本人ですら分からなかった。
葬儀は滞りなく終わり、刀照宮美琴の遺体は墓地へ埋葬された。
その様子を流は現実感が無い様子で見守る。呼べばそこに美琴がいるのだから。
「自分の葬儀を見るのって、とっても変な感じですね……」
「俺も自分の葬儀を見る、幽霊と会話しているのが変な感じだよ」
「もぅ。またそう言う事を言うんだからぁ」
「それよりお前、消えそうだぞ?」
「今は流様しか見えない様にしていますからね」
「俺だけに見えるねぇ、無駄にハイスペックな幽霊だな」
「ふふん」
「全員帰った事だし、俺達も帰るか……」
「ええ……」
途中町の中を散策するように歩く。そこには現代日本には無い、逞しくも生命力にあふれた人々の営みがそこにあった。
「凄い活気だな。日本の大都市なんてのは一見賑やかだが、あれは施設の音楽や車の騒音だったりするからな。もし電力が無かったらもっと静かなはずだ。それがどうだ、ここは熱気と生きる力に満ちている」
「ええ……。よくは覚えていませんが、ここに来ることを願っていたと思います。来れて良かった……」
美琴は目じりに涙を蓄え町を見る。そして何気に見た店の前で立ち止まる……幽霊なのに。
「どうした、何か欲しい物があったか?」
「う~ん。何でしょうか……その丸い物が気になって……」
「これか? ご店主ちょっといいかな。その丸いのは飴か?」
「へい、らっしゃい! こいつは最近話題の七変化飴ってやつさ。バテレンさんから伝わったものらしくてな、役人が見ると渋い顔をするから、通称『役渋玉』って二つ名持ちさ。美味いから食べてみなよ?」
その説明を聞いた美琴は寂しくもあり、嬉しくもある感情に包まれたが、それが何故かは分からなかった。