185:刀照宮美琴~四季の崩壊、元凶
人の魂は一体何処にあるのだろう? それは頭か、心臓か、もしくは体そのものなのか?
その答えは正に神のみぞ知るだろう。
しかし今回、時空神・万世の帝が求めた根源は『霊臓庫』と呼ばれる場所。
つまり心臓にこそ特殊な魂が宿っており、その強さと一定条件が満たされれば『理』により『特殊宝剣の作成許可』が下されるのだった。
それを時空神・万世の帝が無理に『理』を捻じ曲げ、強制的に刀照宮美琴へ加護与え、特殊条件をクリアした状態にし、御物たる「神剣創造」をさせようと目論む。
だがそこにイレギュラーが起こった。神とはいえ無理に『理』を捻じ曲げた弊害で、時を視る事が出来る時空神でさえ、見えなかった現象が起こる。
それがあの男……。古廻千石との出会いであった。
時空神がいくら最上位の神とはいえ……いや、最上位の神の絶大な力があるからこそ、『理』により、そう簡単には地上に降臨できないようにされる。
状況の変化を察知した時には、すでに美琴の心が千石へと囚われてしまった後であった。
苦々しく思いながらもその様子を時空の間から見守り、やがて約束の九年目が訪れた事で、再び地上へと時空神の降臨日時が迫っていた。
「美琴よ。お前は一体どうしたと言うのだ? 業はこれまでの集大成と言ってもいい出来だ。が、心ここに有らずと言った所か」
「…………お父様……私は、いつになったら…………自由に……なれるのでしょうか?」
「喜べ、それはもうすぐだ! お前も俺も何もかもが上手くいく! 全ては神の思し召しだ」
「………………分かり、ました。これより刀照宮美琴……。一世一代の…………刀剣を作って…………魅せます」
鬼気迫るとも何かが違う、命の咆哮とも言える「濃厚な圧迫感」を、我が娘から感じた典膳は頷く。
「う、うむ。頼んだぞ美琴。お前が日ノ本で一番の鍛冶師と言うのは俺が保証する。必ず『御物』を創造するのだ!!」
「…………は……い」
その後、美琴は典膳すら鍛冶場から排除し、黙々と一人で「全てを込めて」刀を打つ。
小槌を一振りごとに霊臓庫の魂を削り、刀身に焼き入れをすれば千石との思い出が消えていく。
それでも、何度も、美琴は槌を振るって、「誰も見た事が無い御物創造」を完成間際まで仕上げる。
だがしかし、その頃には美琴の霊臓庫の魂は擦り切れており、最早自分が誰かすらも認識が曖昧だった。
それでも打ち続ける。何度も、何度も、何度でも……。ただ自由になって「もう、誰かは分からない愛しい人に会うために」打ち続ける。
美琴の皮膚は日照りの田畑のようになり、目は井戸のように窪み、髪は老婆のような艶の無い白髪になる。
その姿を見たら、それが先日やっと迎えた十七歳と言う人生の絶頂期とも言える、乙女の特権を迎えたばかりの娘だとは誰も思えない、命が抜け出た出涸らしのような悲惨な姿だった。
しかしそんな自分の姿など意に帰さず、美琴は血、肉、細胞の一つまで振り絞るまで酷使して打ち続けた。
その結果「祝福の時」が訪れる。
≪御芽出度ウ御座イマス。 『告』。 日ノ本ニ、新タナ、疑、御物デアル、神剣ガ創造サレマシタ。 コレニヨリ、日ノ本ノ、力ノ天秤ガ、大キク所有者、ニ、傾キマス。 …………『警告』。 コノ場ニ、居ル者ハ、至急、退避ヲ。 理ヲ逸脱シタ空間ガ、特殊空間座標:α爐・九千八十六、+ー:十五、γ灰・四千三百八十九、ヘト構築サレマス。 コレニヨリ、第六天軍、『御濱ノ使』イヲ召喚シ、排除ヲ、実行…………『失敗』。 召喚ヲ、妨害サレマシタ。 再度、第六天グ――≫
突如響き渡る金属とも陶器とも分からない、硬質な物が破壊されるような音が響き渡る。
「理風情の俗物共が、まったく煩き事だ。して美琴よ、それが我が欲した刀であるか?」
突如背後から声が聞こえる。無表情でそっと背後を振り向くと、明らかにこの世の者では無い何かがいた。
見れば今までその場所に無かった鈍色の祭壇のような物があり、そこには青い炎の蝋燭が灯っている。
そしてその前には、人型でありながら人では無いのが分かる、まるで黄金が人の形を成しているかのような妖艶な男がおり、絢爛で光が舞い散る衣装に身を包んだ何かだった。
黄金の男を感情無く、ただ見つめる美琴。
そこへ典膳が時空神の降臨をどうやって知ったのか、転げるように現れる。
「おおおおおおお!! 貴方様は九年前の導きの神!! お待ちしておりました、貴方様が降臨されたと言う事は、美琴がついに本懐を遂げたと言う事でしょうか!?」
瞬間、刀照宮美琴は理解する。
あぁ……こいつ等が自分の全てを奪った――――『元凶』なのだと。
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