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182:刀照宮美琴~春の芽吹き、初夏をへて

 流れは我慢した。それは生まれて始めてじゃないかと思うほどに。

 両手のひらを石のように固く握り、典膳の話に殴りつけたくなる衝動を必死に抑え、流は目の前の男の話を聞く。


「そして俺は娘へ苛烈で、残酷な人生を歩ませる事になったのだ」

「反吐が出る程の屑っぷりで、逆に清々しいよ」

「そうお前が言うのも無理はない。あの時の俺は本当に野望も、美琴も何もかも救え、叶うと思っていたのだから。そして全ての歯車が狂った『原因』を、後にあの神により見せられた――」





 ――やがて八年の歳月が瞬く間に過ぎ、幼かった刀照宮美琴も高原に咲く花の様に、気高く美しく仕上がりかけていた。


 その人生が、もうすぐ満開と言う見頃を迎える少し前、刀照宮美琴は十六歳を迎える。

 そんなとある春雨がふる昼下がり、それは唐突に出会ってしまう。


 元々この鍛冶場は外から材料を搬入しやすくするため、塀と面一で建てていた為に、入り口が塀側と屋敷側の二つ存在した。


 美琴が鍛冶場へ入ってからは、外の扉は封印して開かなくしたが、換気窓としての格子窓はそのままにしてある。

 そこから見える街の景色は、刀照宮美琴にとって別世界であり、自由の象徴でだった。

 そんな自由の象徴を牢獄たる鍛冶場から見るのが唯一の楽しみであり、毎日の日課でもあった。


 やっと父がいなくなり、一息つこうと自由の扉たる格子窓にかかる木蓋を、勢いよく外へ押し上げた時――。


「あ痛だっ!? 一体全体なんなんだ?」

「え? あ!? ご、ごめんなさい!!」


 美琴は思いっきり木蓋を壁のすぐそこにいた人物へ当ててしまう。

 どうやら鍛冶場の軒先で雨宿りをしていたその人物は、後頭部を擦りながら美琴へと振り向くと、驚いたように固まってしまう。


 その男は、年の頃は美琴と同じほどであり、乱雑ながらも綺麗にまとめた髪を後ろに縛り、野性的な顔つきだが憎めない愛嬌ある顔つきのだった。


「あのぅ……大丈夫ですか?」

「………………」

「えっと、その……どこか打ちどころでも悪うございましたか?」

「………………」

「あの~? うぅ、どうしよう。私、人と話すのも久しぶりなのに。えっと、大丈夫で――」

「美しい!! なんて美しいんだ!? まるで高原に咲く一輪(いちりん)桔梗(ききょう)のように美しい!!!!」

「はえぇぇぇぇ!? い、一体何を突然言――」

「くっ、しかもその間抜けな切り返しも実にいい……天は二物を与えずと言うが、二物どころか全てを与えたもうと言う奴か、これは? はっはっはっは!」


 突然目の前へいきなり現れた男に、自分が美しいと言われたことに驚く。

 それを問う前に被せられるように言葉を遮られ、さらには間抜け呼ばわりまでされてしまう。

 その様子を見て、腹ただしいやら、嬉しいやら、色々な感情が混ざり合って思わず美琴は泣いてしまう。


「っと、悪い悪い。泣かないでくれお嬢さん。あんたがあまりに美しく、それに見合わない反応に思わず笑ってしまい、すまなかった! ほれ、このとおりだ」


 すると男は数歩後ろへと下がり、深々と頭を下げるのだった。


「や、やめて下さい! そんな事をしなくても許しますから!」

「お? それは本当かい? 良かった良かった。あんたに嫌われたらどうしようかと思ったよ」


 美琴の許しを得て、ざんばら髪を後ろで雑に縛った髪型の男は〝ほっと〟胸を撫でおろす仕草をしてから、袖の中にある物を一つ取り出す。


「じゃあこれは仲直りの印だ。とっておきだぜ? 食べてくんな」

「はぇ? これは何ですか?」

「ぷっ『はぇ』だってよ! ははははは」

「もう! 知りません!」

「悪い悪い。あまりにも可愛らしいからついな。っと、話がそれちまったな。こいつは最近巷で話題の七変化飴って代物よ!」


 男が手に持っている飴玉は通常の物より大きく、まるで初夏を切り取ったかのような美しい新緑色だった。


「わぁ~。とっても綺麗なんですね! しかも飴なんですかそれ?」

「そうよ、なんでもバテレンさんから伝わったらしくてな、役人どもがこれを見ると渋い顔をするもんだから、別名が『役渋玉』なんて二つ名がある程人気なんだぜ?」

「ふふふ。それは面白い由来ですね♪」

「そうだろう? だからほれ、食べてみてくんな!」


 男がそっと格子窓から手を差し入れ、美琴へと役渋玉を差し出す。

 美琴もそれをそっと摘まむと、その美しさに思わず見惚れる。


「わぁ……とても綺麗……」

「ん? お前さんもおかしな事を言うねぇ。もっと綺麗で面白い物なんざ、腐る程この町にはあるぜ?」


 そう男が話すと、あれ程輝いていた美琴の表情が曇りだす。


「そう……ですか。やっぱり外は素晴らしい世界なのですね……」

「お、おう。そりゃあな。……って、お前さんはもしかして、そこから出れねーのかい?」


 美琴はそれには答えず、頭をゆっくりと下げる事でその答えとする。

 

「なんてこった。籠の鳥ならぬ、籠の姫って所かい。そいつぁいけね~なぁ」

「父の話では、もうすぐこの修行も終わるそうですが……」

「そうなのかい? ならもし修行が終わったらよ、俺があちこち案内してやるよ。こう見えても仕事で色々行くからな!」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、武士に二言はねーよ」

「ふふふ、それは楽しみです。是非今度連れて行ってくださいね?」

「ああ、約束だ」


 男はそう言うと、格子窓から手を入れ小指を差し出す。

 美琴はその意味を理解すると、顔を鬼灯(ほおずき)のように赤くし、小指を絡ませ約束する。


「「指きりげんまん、嘘付いたら針千本の~ます」」


 そう二人そろって約束すると、背後から父がやってくる気配がした。


「あ、いけない。父が戻って来ました」

「おっと、そいつはいけねーな」

「あの、また会えますよね!?」

「ああ! 約束したろう?」

「あの、あのお名前を――」

「俺は千石(せんごく)、古廻千石だ」

「古廻……千石様……。わ、私は刀照宮美琴です、美琴とお呼びください!」

「ああ分かった! じゃあまたな、美琴!」


 そう言うと古廻千石は、小雨になった雨の中を駆けて行った。

 その後ろ姿を見送る美琴は、まるで今あった事が夢幻じゃないのかと思う。

 しかしその手の中には「役渋玉」がしっかりと握られており、それが本当にあった事なんだと思うのだった。

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