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179:狂気

 石畳をさらに調べた後、流は離れへと戻って休む事にする。

 部屋へ入るとすでに布団が敷いてあり、何時でも休めるようになっていた。


「うぅ~ん。高級旅館のような寝心地だ…………。ってだめだろ! 思わず寝てしまうところだった。なんて危険な布団なんだこれは」


 そう思いながらも思わず〝うつらうつら〟としてしまう魔性の布団に誘惑されながら、浅い眠りから覚醒させるように、離れの入り口に提灯の明かりが灯る。

 

「もし、もし古廻様。お目覚めになられていますか?」

「ん…………。ああ、もうこんな時間か」


 この不思議世界でも機能している腕時計を見ると、既に子の刻(23時)を少々過ぎたくらいであった。


「すみません、すぐに行きます」

「はい、そこでお待ちしていますね」


 流は乱れた衣服を正すと、庭に出て提灯の明かりを探す。

 見れば池の淵にぼんやりと提灯の光が、池の水面に揺れているが見える。


 急いでそこへ向かうと、そこには静音が立っていた。


「さ、参りましょうか。主人も首を長くして待っている事でしょう」

「ええ……」


 静音に案内され石橋を渡り、目的の漆喰が美しい蔵へと到着する。

 蔵の前には誰もおらず、内部からは物音一つしないので、本当にここに典膳がいるのかと思う。

 入口の鍵を静音が開錠すると、内部から濃密な空気が噴き出した感覚に襲われる。

 それは妖気とも違うが、独特の「人では無い気配」が叩きつけられた。 


「随分と静かですが、ご主人様はおいでなのですか?」

「ええいますよ。ほら、中央に」

「これは…………」


 確かに中央には物があった。

 しかしそこには思っていた人物ではなく、どちらかと言うと「人と鉱物が融合」しているように見える。

 そこには一流の陰陽師が施した陰陽術の五芒封印術の結界内に、四方を朱色の鳥居(とりい)で囲まれた中心に、足が石のような物と一体となった刀照宮(とうしょうぐう)典膳(てんぜん)がいた。


 その男、刀照宮典膳は(まげ)は無く、ざんばら髪を左右に伸ばした隙間から見える目は獣のように鋭く、実に野性的な顔つきだった。

 典膳はギラついた目で流を睨みつけると、ボソリと話し始める。


「……来たか、本当にこの時が来るとはな…………」

「ッ!? あんた話せるのか?」

「ああ、子の刻だけは意識が戻る。お前の名は?」

「俺は古廻流と言う。今日来たのは悲恋美琴を貰い受けに来た」

「古廻、か。いや、お前は『鍵鈴』の者だろう?」

「……どうしてその名を知っている? いや、あの庭師も連なる者だったか」

「そうだ。あ奴もお前の一族だが、お前を知っているのはもっと別の理由からだ。そうだろう? 『未来からの客人』よ」


 そう典膳が言うと、口角を上げニヤリと笑う。

 しかしその言葉が出るのは予想(・・)をしていた。だから流も平然と答える。


「ああそうだ。江戸も終わり、遥か遠い未来『令和』と言う時代からやって来たらしい」

「そうか……江戸は終わるのだな」

「今が何時なのかは大体予想は付くが、まだ百年以上は江戸時代が続くさ」

「ハッハッハ! そうか、ならば良しとしよう」

「あんたは何を、何処まで知っているんだ?」

「ふむ……お前は神を信じるか?」

「当然だ。その八百万(やおろず)の神の力で、異世界で生きている最中だからな」

「異世界か……それも本当の話だったのか……。ならば異世界で戦っているのか? あの狂った人形と」

「ああ、成り行きでそうなってしまったがな」


 典膳は「そうか」と一言発すると、暫く無言になった後口を開く。


「流よ。お前が来ることは知っていた。だから話そう、あの時何があったのかを」


 そう言うと典膳は目を閉じ、ゆっくりと語り始める。


「そう、あれは今から九年も前の事であった――」



 ――江戸中期、希代の刀匠である刀照宮典膳は、歴史に名を遺す刀剣を打つ事を生涯の目標としており、そのため日ノ本中の超常の力ある存在について調べていた。

 それと言うのも、通常の方法では「名刀(後の最上大業物(おおわざもの))」どまりの物しか作れないと思い知ったからだった。


 典膳はその事実が許せなかった、なぜ自分には「御物(ぎょぶつ)」が創造出来ないのかと。

 小烏丸や鬼丸国綱のような神刀たる御物はおろか、日ノ本の象徴たる天皇家が継承する三種の神器の一つである「天叢雲剣(あまのむらくも)」と同等の物を創造する事など、夢のまた夢の話である事に絶望した。


 それでも何とか、御物をこの手で生み出したいと思った典膳は、手段を問わず御物創造のための情報を集めていた。

 ある時、弟子の一人が申し訳なさそうに一振りの刀を典膳に差し出し、弟子はこう告げる。


「典膳様、申し訳ございませぬ。手入れの項目にこの刀が含まれておりまして……」

「なに? なるほど、村正か……。妖刀を手入れなどしては当家が穢れる。早々にお断りを――。いや、待て。やはり受けよう」

「て、典膳様!?」

「一度くらいは妖刀と言う物の出来をこの目で見て見たい。なに、問題はない。村正が祟るのは特定の相手だけだしな」


 典膳は弟子が諫めるのも無視をして、妖刀村正の手入れにはいる。

 弟子達を部屋から出し、一人で村正を解体する。

 まず鞘から抜くと、刀身の見事な出来に心を奪われる。それは明らかに通常の刀とは違い、刃その物が「生きて」いるのが分かった。

 さらに柄を外し、その全容が明らかになった時に気が付く。


 ――そう、『気が付いてしまった』のだった。

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