178:先祖様
「あの男、刀照宮典膳が言うにはな、なんでも『神からの啓示』と言っておったのよ」
「何を馬鹿な……」
「それがそうでもないんじゃよ。事実あの守り刀で典膳は美琴殿を斬った後、庭にある巨石を一閃で斬ったそうじゃ」
「待て、あ奴めは希代の刀匠なれど、剣の腕は人並みだったはず」
「その通りだ。だが、斬った巨石は見れるのか?」
「いや、典膳に言われた庭師が処分したそうじゃ」
「なぜそんな事を?」
「さてな、狂人のする事は分からん。ただそんな異常な力を持った刀が、仕上がったと言う事だけは間違いない事実じゃからな」
「「むぅぅ……」」
唸る二人にさらに情報を提供する年配の男。そしてこれまでよりも小声で話し始めたので、流は「気配察知」を試みてみると、どうやら聴覚も上がったようで話し声が聞こえ始める。
「ここだけの話じゃがな、さっき言った神からの啓示には続きがある」
「な、なんだそれは一体?」
「うむ……。神は神でも「邪神」だと言っておった」
「「なんだと!?」」
「静かに、声が大きい」
「す、すまぬ。あまりの事につい……」
「お主がおかしな事を言うからだぞ」
「うむ、ワシとてそんな突拍子もない話など、最近までは信じておらなんだよ。そう、あの刀が完成するまではな……」
「その話が真実なら、あの守り刀はやはり……」
「刀照宮の家から『忌物』が生み出されたと言うのか……。まさかこんな日が来ようとは」
「間違いなかろう。あれは……『妖刀』だ」
その後は刀照宮家の跡取りの話になったので、流は早々に大広間から出て離れへ向けて歩き出す。
(美琴を生み出した背景に邪神? 一体何の神だと言うんだ。そいつが刀照宮美琴を生贄にしろと言ったのか?)
考えても埒が明かないと考えた流は、目的の人物を探し出すために歩く。
先程話に出ていた、庭で仕事をしていた老齢な男に会うために。
「ご老体、少しよろしいですか?」
「……何の用じゃな?」
先程と同じ場所で仕事をしていた庭師の男を見つけると、早速声をかける流。
しかしどうやら、この老人には流は歓迎されていないようだった。
「そう警戒しないでくださいよ、俺は古廻流と申す者です。今日は静音奥様に客として呼ばれていまして、離れに逗留中です」
「古廻……そうなのか……で、何用じゃな? 巨石はもう処分して無いぞ」
「単刀直入に言いますと、『悲恋美琴』についてお聞きしたいのです」
「なっ!?」
その言葉に庭師の男は驚愕の表情を浮かべ、時が止まったかのように硬直したが、やがて怖れるように口を開く。
「な、何故あんたがあの『妖刀』の事、しかも銘まで知っていなさる!?」
「端的に言えば、あれは俺の持ち物だからです」
「何を言っているんだ……」
「まぁそこは気にしないでください。と、言っても無理でしょうけどね。そこで本題なのですが、ここのご当主である典膳殿が悲恋美琴を使い、発狂される前に試し切りをした巨石を見せていただきたいのですが?」
「……それを見て何とする?」
「なに、確認ですよ。俺が悲恋美琴の持ち主に相応しいのかをね」
庭師の男はまじまじと流を見つめ、やがて背を向けると「付いて来なされ」と言い歩き出す。
それに黙って従いながら、庭師が作業していた場所の茂みのすぐ裏へと案内される。
「ここじゃよ」
そう庭師の男が言った場所には、現在建築中の建物があり、その内部の中央に円形状の石畳が敷かれていた。
「ここが?」
「そうじゃ。信じられないかも知れんが、その石畳がお前さんの探しているものじゃよ」
確かに石畳と言うには円形が四等分された物で、いささかオブジェとしては失格と言ってもいいデザインの物であった。
しかし流には石畳が異常な物と分かってしまったし、視える確信があった。
そして、おもむろに一言つぶやく。
「鑑定眼――ッ!?」
突如、流の頭の中に流入する膨大な情報。それらは波のように押し寄せ、それが引いていった頃には全てを理解出来た。
「そうか……そう言う事か……」
「何か視えなさったのかね?」
「ええ、大体の事は分かりましたよ。後は今夜、典膳殿と話してから決める事にします」
「……そうか、旦那様の現状も知っておるようじゃな。なら一つ忠告じゃ。決して丑三つ時までいてはならん、よいな?」
「ご忠告ありがとうございます。時に、あなたは一体?」
流はこの庭師の男が普通の者ではない事は、手足の運びや視線の動きで「素人のそれ」では無いと確信していた。
「ふむ……。お前さんと同じ名を捨てた一族とだけ言っておこう」
「なぜ俺が名を捨てた一族だと?」
「簡単な事じゃよ、その名と右手の印に見覚えがあるでな」
そう言うと、庭師の男は腰を数度軽く叩きながら去って行った。
「古廻に連なる者……? あ、もしかしてご先祖様か!?」
すでに遠くへと去って行った男の背を見ながら、流は先祖への思いを馳せたのだった。