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177:世迷言は確信へ

 東照宮美琴の消えた井戸を覗き込む。中には美琴は既にいなく、代わりに桜色が基調のリボンのような髪留めが浮いていた。

 ふと顔を上げると、木で出来た格子が見える。そこへ流は歩いて行き、鍛冶場から見る外の景色はまるで別世界で、人々の往来が実に眩しかった。

 そんな鍛冶場から見る外の景色は、まるでこちら側が牢獄のようだと思うのだった。


「あら、こちらにいらしたのですか?」


 ふいに背後から声をかけられ、見ると入り口に静音がいた。


「……勝手に入らせてもらいました。もうそちらはよろしいのですか?」

「ええ、親族に任せて来ましたので」

「そうですか。それで先程の話なんですが、今晩お世話になろうかと思います」

「まぁ! それではお部屋のご用意を致しますね」

「ありがとうございます。それと……ご主人様と会わせていただく事は可能でしょうか?」


 静音は数舜(すうしゅん)、考え込んでから口を開く。


「…………旦那様の事はお聞きになっていますか?」

「ええ、美琴……お嬢様が亡くなってから正気を失われた、と」

「ならば構いませぬ。時刻はそうですね……()(こく)に、ここと逆の場所にある蔵へと御いでくださいまし」

「分かりました。それまで部屋で休ませていただきます」

「そうですか。ではご案内しますのでこちらへ」


 流は鍛冶場を一瞥(いちべつ)してから静音の後に続く。

 途中、少し茶室で待つように言われ、丸窓から見える苔むした庭を見ていると、あっと言う間に時が過ぎる。


「美琴も……ここで庭を眺めながら過ごしたのだろうか……」

「ええ、あの子もこの部屋から見る景色が好きでしたよ。お待たせいたしました、さあ離れへご案内します」


 出された茶が無くなる頃、静音が庭先へ現れて離れへと案内される。途中に弔問客がいる広間を抜け、池に程近い離れ座敷へと(いざな)われる。

 そこは六畳一間の実に落ち着いた場所で、小窓からはこの家一番の絶景とも言える、手前の池から石橋を経て奥の庭園が良く見えた。


「古廻様、それでは刻限にお迎えに参りますので、それまでごゆるりとお休みください。あ、それと夕餉(ゆうげ)如何(いかが)なさいますか?」

「色々気を使わせてすみません、そちらは気が向けば広間へと伺わせていただきます」

「そうですか、それではまた後ほど……」


 静音はそう言うと、見惚れるような作法で障子戸を閉めて立ち去って行った。

 それを確認した後で、流は今夜対峙するであろう「元凶」について考える。


 そんな夜の事を考えるにはうってつけの離れは、静寂に包まれ奇妙な安堵感すらあった。

 だが目の前にある緑茶を一口飲みながらも、元凶たる狂人と会って、何を話せばいいのかすら思いつかないでいた。


「お前が美琴を殺したんだ!! とか言ってみるか? 狂人相手に? アホらしい……」


 流は池に泳ぐ、赤が多めの錦鯉達を見ながら思う。刀照宮美琴は一体自分に何をさせようと言うのだろうか? と。

 まともな人間なら話も出来ようが、気が狂ってしまった男と会話が出来るとはとても思わないし、例えまともな状態であっても、刀照宮美琴を監禁するようなクズと分かり合えるとも思えなかった。


「さて、どうしたものかね美琴さんや?」


 何時ものクセで思わず腰にあるはずの美琴に問いかける。


「あぁそうか、美琴は今『あそこ』だったな……」


 この夢とも(うつつ)とも分からない世界に来た時から、美琴を消失していた。

 そして再び美琴を見つけた時は「刀照宮美琴の守り刀」として棺の前にあり、白鞘に「悲恋美琴」が刀身として納められていた。


「まあ考えても仕方ないか。美琴が何を考えているかは分からないが、出たとこ勝負だな。よし、広間にでも行ってみるか」


 離れを出て廊下を進みながら庭園を見ると、通夜の最中だと言うのに老齢の庭師が仕事をしているのが見えた。


「こんな時に庭仕事か……」


 少し不思議に思いながらも、流は参列者が集まっている広間へと向かう。

 大広間と言っても良い三十畳もある部屋には、すでに料理が並んでおり、そこで参列者達は食事をしていた。

 その中の空いている場所へと流は座ると、周りに三人が新たに加わる。

 

 三人は流を〝ちらり〟と一瞥すると、頭を寄せ合い小声で話し始めた。


「こんな事を言ってはなんですが、ようやく解放されたようで安心しました」

「不謹慎ですぞ。と、言えないのがなんとも……。まぁ自分の娘を使い潰して、挙句にあの仕打ち。それは美琴殿に祟られても――」

「これ、めったな事を言うでない。こんな事になっても、ここは我らの本家ぞ? 分家として盛り立てねばならん」


 そんな話を小声で話している男達。流は目の前にある、海苔の無い握り飯と、里芋と麩の煮物を食べながら黙って聞き耳をたてる。


「失礼した。それにしてもあの男が弟子を破門にした時の事を思い出すと、今だに理由が分からぬ」

「お主、知らぬのか? 何でも究極の刀を創造するには女子(おなご)にしか打てぬと言っておったろう?」

「そこよ、なぜ女子なんだ? 本来なら鍛冶場に女子を入れるなどあってはならぬことじゃ」

「うむ……お主等は知らんと思うが、ワシは本人から直接聞いた事がある。実はな――」


 一番年上の男が話を一端止めて、ぐるりと周りを見渡してから「世迷言の類じゃが」と付け加え話し始める。

 流は顔を向けず周りの雑音を選別するように、耳を澄ましながら聞く事にする。

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