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173:白濁の闇の中で

 ――白く、白く、どこまでも白い、白と言う現実。


 俺は……。一体? 体がいくつにも感じる……。俺は一体何なんだろう……。


「いよ~流ぇぇぇ、随分とマヌケに死んだじゃないか?」


 うるさい奴だ……。誰を呼んでいるんだ……ああ、そうか、呼ばれているのは――。


「俺か……、死んだ? 何を……言っているんだ?」

「そうか、死んだ事すら覚えていないのか。ハッハッハ、とんだマヌケもいたものだ」

「何を言って…………」


 そう言いかけて流は気が付く。そこは見渡す限り白い世界だった。

 山も無ければ空も無い、今立っている場所が上なのか下なのかすら分からない。

 ただ底冷えのする風が吹いている事から、ここは外なのだろうと言う事は理解する。


 そんなよく分からない空間だったが、目の前には木製でシンプルな椅子が二脚と、丸いテーブルが一卓あるだけだった。

 その椅子の一つには既に先客がおり、その男が流へ呆れたように話しかけている。


「ようやく気が付いたか? 馬鹿面してないで、とっととそこへ座れよ」

「あ、ああ……」

 

 流は目の前の椅子の背もたれを引き、その空いた空間へ体を滑り込ませるように座る。

 するといつの間にか紅茶セットが置かれており、純白のカップからは薄っすらと湯気が立ち上っていた。

 対面の男がそのカップを手に取り〝ズズ~ッ〟と下品に、異様に赤い紅茶をすする。

 その容姿は若いのか、老いているのかも良く分からないが、普通の存在じゃないと流は理解する。


「おおい? もしも~し? ヘロ~? ちゃんと状況が飲み込めてマスカ~?」

「いや……すまないが教えてくれないか?」

「チッ、たくしゃーねーなぁ。いいか流、お前はシ・ン・ダのさ。お分かり?」

「俺が……死んだ…………?」

「そうだ! 愛する〔ピイイイイイ〕に食われてな! 傑作だったぜぇ、あの時の〔ピイイイイイ〕がお前を食い散らかしている時の愉悦と、悲しみと恐怖が混合するドロけた感情はよおおお!! 今思い出しても反吐が出るほど笑えたぜ? ギャハハハ」


 目の前の存在が言ってる意味が理解できず、むしろ〔ピイイイイイ〕と言う耳障りな音が気になり話の内容が入って来ない。

 流はその不快なのが音だけじゃなく、発音、口の動きと、全て目の前の存在が発する事事態が不愉快で仕方なかった。


「くッ……。その放送禁止用語を消すような音をやめてくれないか」

「ああん? そうか、お前にとって〔ピイイイイイ〕はもう無かった事になったのかよ。存外大した事がね~絆だって訳か、ケッ! ツマラ~ン」

「待て、待ってくれ。その不快な音との絆が俺にはあったのか?」

「ハッハッハ! 不快ぃぃとは嫌われたもんだな〔ピイイイイイ〕よ! あれだけ愛しあってたのになぁ?」


 不快な音を目の前の存在が言えば言う程、その存在が気になる。

 まるで肉体が拒否するよう……いや、魂から拒絶しているのだと分かってしまう。


「くぅ……一体何なんだ、その音の存在は!?」

「くひぃヒヒヒ。それが『人の限界』か? 魂まで焦がしてまで辿り着いた答えがそれかよ?」

「魂を焦がした? 限界? 何を言っているんだあんたは」

「いいかぁ流よ~。お前は〔ピイイイイイ〕に食われて死んだ、それが事実だし、変えようのない未来だった。だから俺は言ったのさ」

「クゥッ、何をだ……?」


「最も狂った妖刀である〔ピイイイイイ〕には呑まれるな、とな」


 その瞬間ぼんやりと頭にかかっていた靄が晴れて来る、日本から異世界へと冒険に旅立ち、そこで掛け替えのない相棒と出会い、一緒に戦って来た事を。

 その結果、おかしな従者から得た手帳と、そこに書いてあった内容を徐々に思い出すと、その後の怒涛の記憶が蘇る。


 それはまるで源泉を掘り当て、そこから噴出する湯水のように止めどなくあふれて来る。

 やがてそれは最後の時を思い出し、自然に口から思いが溢れた。


「そうか……俺は…………美琴に食われたのか……」

「大★正★解!! どうだ、愛する者に裏切られた気持ちは?」

「裏切、られた……」


 裏切られたと言う、言葉の意味が理解出来ない。

 だが悲恋美琴に食われたと言う感覚だけは、まるで黒板を右手の五指の爪でゆっくりと引いた感覚のように、魂へと刻まれている事だけは分かっていた。


「そうだ! お前は最後まで悲恋美琴を信じた!! しかしあの女はお前を食い尽くしたんだからなぁ!!!」


 何が可笑しいのか、飲んだ紅茶を噴き出しながら愉快に笑う狂人を尻目に、流は思考の迷路へと足を踏み入れる。

 ふと目線を落とした先には、先程からまったく冷めたようすがない、白いカップに入れられた紅茶のような物が波立っているように見える。


 その波が次第にカップ内で、ゆっくりと渦を描くように反時計回りに逆行する。それはまるで時間が巻き戻るように、静かに回り出す……。


 やがてカップに入れられた赤い紅茶が渦の様になり、それを見ながら祈り、そして願う。

 しかし何を祈り、願っているのかも良く分からない。が、悲恋美琴に裏切られた瞬間を思い出すために、迷路の奥へとはまり込んでいく……。


 ぐるり……ぐルり……グルリ――。

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