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171:新連載! かいじゅう大戦争

 その日、嵐影は泣いていた。

 生まれてから友達や、出会った仲間が不幸な事故や、魔物に襲われて命を失う事も多々あった。

 それは悲しかったし、とても切なく思っていたが、それでも嵐影は泣く事は無かった。


 でも…………。今は、違う。

 

 この気持ちがどこから来るのか嵐影には分からないし、それが何なのかを嵐影は理解が出来ない。

 が、それを人が嵐影に変わり表現するならば、「喪失感と言う呪縛」が嵐影を包み、亡き主を思い出す。


 目を閉じるとそこに主がいるように感じる。あの声で自分を呼ぶ温かさを感じる。

 だからすぐ傍で何時もの様に「嵐影、もうまた甘えて仕方がないなぁ」と言いながら、自分を撫でてくれたあの心地よさを思い出すと、その円らな瞳から〝ぽろり〟と零れる雫が何なのかは理解が出来た。


 そんな嵐影は今日も海の彼方にある地平線を眺めながら、ひとり寂しく黄昏ている。



 そしてそれは三兄妹も同じであった。

 仕えるべき将来の主を亡くし、その存在意義を完全に失った三柱は、誰も近づけない程に荒んでいた。


 特に一番酷いのが、以外な事に参である。

 彼は薄汚れた純白の執事服を脱ぎ棄て、何時も整っていた髪型をバラリと乱し、無精ヒゲを生えるがままにしていた。

 参は好き嫌いがはっきりしている性格だ。中でも食に関する事は異常な拘りを持ち、それが価格に拘らず、純粋に味だったり、器の製造過程の拘りだったりとした背景に好感を持って愛用している。

 

 現在、傷心と言う程にも生温いこの荒んだ心に、あつらえたかのような一品があった。

 それは加水が一切なく、ブレンド数が少ないのがお気にいりのバーボンで、品名はブ〇カーズ。

 それを大量に用意し、その酒瓶の束を抱えて自室に籠っている時だった。

 突如、遠慮無しに開かれたドアから入室するのは、招待した覚えのない黒い特注の燕尾服を着崩した来客だった。


「…………なんのようですか、兄上……」

「酒クッサー! はん、お前も同じか」

「…………」


 参は壱と視線を合わせずに、ブッカー〇を乱暴に掴み、そのまま煽り呑む。

 その様子を壱は眉をひそめながら、苦々しく転がっている「BENSH〇Tの弾丸が食い込んでいるショットグラス」を一瞥した後、参を見る。


「愚妹もお前と同じだよ」

「……出て行ってはもらえませんか?」

「そうはいかん。俺は流様からお前達の未来を頼まれたからな」

「…………」

「いつまでこうしているつもりだ?」

「…………」

「流様は死んだ、それをいい加減にみ――」

「そんな事は貴方に言われなくても分かっているっ!!!! そんな……事は……ぅぅ」


 参は張り裂けそうな胸を押さえながら、はばかる事無く嗚咽(おえつ)をもらす。

 その様子を見ると、壱も膝を付きそうになるほどの重圧を背負った気持ちになる。


「……なぁ参ちゃん、俺達は今は『古廻の使途』だ。いや、だった。流様が亡くなった事を知れば、雷蔵様はご高齢とは言え、これから残されたお孫様への苛烈な継承指導が始まるだろう」

「何を…………」


 参は「古廻の使途だった」と言う、兄の過去形の物言いに困惑するが、その疑問を聞く前に壱が話し始める。


「しかし流様ほどの逸材には絶対に成らないし、数世代後になろうとも確実に現れはしまい」

「……そう、ですね。流様は特別です、そして特別でした。そのお力も魂も何もかもが」

「ああそうだ、だからこそ問おう。お前は古廻の当主に仕えるのか、それとも『古廻流へ仕える』のか?」


 参は兄が何を言っているのかが分からなかった。

 自分達の存在意義は「古廻の当主に仕える事」が全てだと言うのに、それを故人に仕えろと言う。

 その意味をしばらく考えていた参は幽鬼のように立ち上がると、兄にその答えを出す。


「……フム、考えるまでもありませんでしたな。答えは既に出ているのですからな」

「そうだ、我らの成すべき事は既に決まっている。それがあの方の、また一つのご意思なのだから」

「フム。兄上にはご迷惑をお掛けしました。して、妹は?」

「愚妹は今、第九層で流様のご遺体と共にある。あれからずっとな」

「そうでしたか…………。店番は?」

「先日確認して来たが、夢見姫が守っている。どうやら愚妹が破壊坊へ依頼していた仕事が、実験的ではあるが上手く行っているようだ」

「フム。で、あれば憂いは無いですな。では向かうとしますかな、あの『永久氷結の煉獄』へと」


 そう言うと参は、脱ぎ捨てられた純白の執事服を拾い上げ袖を通す。

 するとあれだけ薄汚れていた服やシャツはアイロンがけされたようになり、崩れた髪型は清潔に整えられ、伸び放題だったヒゲまで綺麗に無くなり、清潔感溢れる何時もの参になっていた。


「さて行くか、あの愚妹が作り出した煉獄へ」

「フム。命懸……ですかな」

「ああ……」


 参が立ち直ったのを確認し、落ちていたショットグラスを手に取りながら、壱は流との最後の会話を思い出す。

 それは、あの終わりの始まったコテージの一室から全員が退出した後、流が壱を〝むんず〟と捕まえて話した事だった。


「――なぁ壱。もし俺が帰って来れなかったらさ、あの二人を頼むよ」

「へぇ、それはかまいまへんけど……やめておくれやす、僕はそんな不吉な事は聞きたくありまへん」

「まぁ、そう言うなよ。俺はお前だから安心して託す事が出来るんだからさ。それに、さっきも言ったけど、何があっても戻って来るから安心してまっててや~」

「何で最後は僕のマネするんでっか……」

「ハハハ。お前のエセ関西弁も、最近は無いと寂しい気がしてな?」


 そんな流の顔は笑っていたが、その目は真っ直ぐと壱を見据える。


「ハァ~、まったく敵いまへんなぁ~。…………古廻様。愚妹と愚弟の事は、私にお任せください。どうぞ後顧(こうこ)(うれ)いなく、思う存分にお振舞いを」

「ああ、お前がいてくれて本当に良かったと、今は心底思うよ。頼んだ、壱よ」

「御心安んじて、お任せあれ」


 そのやり取りを思い出しながら、壱は転がり落ちたショットグラスをテーブルの上へと戻す。

 やがて参も準備がととのったのか、壱の顔を見て一つ頷く。


 覚悟を決めた二人は、地下第九層へと向けて歩き出す。

 その瞳には最早悲壮感は無く、覚悟を決めた漢の歩みだった。

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