166:跳弾は豆でっぽう
「それにしてもいくら妖力を込めたからと言って、やはりちょっと異常なお力でんな」
「あ~それなんだけど、多分鑑定眼のせいだと思うぞ?」
「フム。鑑定眼ですか? 確か物の価値を正確に見抜く眼だと記憶していますが」
「そうそれだ。そんな感じで砂の鑑定をしたら『砂と水の隙間』みたいなのが見えたんだよ。価値が分かるって眼がなぜそんな事が分かるのかは不思議だったんだけどな」
なるほどと、得心する三人。
「そして『視えた』んだよ、隙間と隙間のつなぎ目みたいなのがさ」
「隙間でっか?」
「ああそうだ。濡れた砂と乾いた砂の堺から、無数に伸びる蜘蛛の巣みたいなのがな」
「そこまで分かるんでっか……」
「俺も初めての経験だったし、こんな静かな場所で妖力を練れた事と、落ち着いて目標に撃ち込めたのが最大の原因だろうな」
五人はあらためて、流が開けた大穴を見る。そこには今だに海水が流入しており、その深さは少しずつ埋まっているようだった。
「なるほど、では実戦で同じ事は出来まっか?」
「それは無理だな、かなりどっしりと構えてじっくりと妖力を練ったからな」
「フム。なれば訓練すれば出来るようになるかもしれませんな」
「かもしれなないな。ま、時間はまだある、練習するさ。なぁ美琴?」
『…………!』
「はは、お前もやる気で嬉しいよ」
「お話も分かりましたし、そろそろ朝餉にいたしましょう。メイド達も準備は整えていますので」
「あ~そうだったな。一仕事したら腹が減ったよ。善吉も来いよ! 昨日から何も食べて無いんだろう?」
「それはすまないな、ではいただこうか!」
そう言うと善吉は体を一瞬光らせると、みるみる小さくなり、一七七センチの流より頭一つ出る程の大きさになる。
「おおお!? 流石に鬼の実力者って感じだな、サイズ変更なんて簡単ってワケだな」
「はっはっは。まあな、ある程度の実力のある奴らは大抵出来るぞ?」
「そうなのか、デカイから誘ったはいいが、食事をどうしようかと思っていたんだ」
「さもありなん。あの図体ではいくら食べても足りないからな」
そう言うと善吉は快活に笑い、流と去って行く。
それを追うように〆が後に続き、浜辺には壱と参が歩き去る三人を見送る。
「なあ弟よ。昨日の話だが……」
「はい兄上、もしかしたら本当の事かもしれませんね」
「流石にこれを見たら、もしかしたら本当の事かもと思ってしまう」
「フム。確かに我らから見たらまだまだのお力。されど人間で、しかも中伝の業しか使えないお方がやったと思うと、にわかに現実味が増してきますな」
「お前、それを妹の前で言ったら首が飛ぶから気を付けろよ?」
「兄上だから言ったのですよ」
「ならいい。それにしても本当なのか『役 小角』の再臨と言うのは……。お力が暴走しなければ良いのだが……」
珍しく普通に話す兄に、少々戸惑いながらも大きな穴を見る二人。
このまま修行をしても良いのかと、何となく小さな不安が壱の中にあった。
「美味いな! ここのメシは!!」
「だろう? うちの料理人は腕がいいからな」
「もう、この鬼は流様への不届きな事をした者なんですから、砂の中に埋めておけば良かったのですよ」
「まさかお前がやったのか?」
「さ、さあ? きっと大きな穴でも開いていたのですよ」
「大きな穴……う、頭が……」
善吉は頭を片手で抑えると、それを振る。
その様子からさっした流は、〆をジト目で見据え呆れたように促す。
「……まあいい。程ほどにしろよ?」
「は~い♪」
「可愛らしく言っても気持ち悪いだけやで」
「フム。ですな、ですな」
「お、戻ったか。穴は埋めてくれた?」
「はいな、それはもう綺麗に埋まりましたさかい、後で見ておくれやす」
「それは良かった。流石、壱と参だわ!」
「ふ、ふん。私だってあのくらい簡単に出来ますよ」
兄二人が褒められた事に、ちょっぴりジェラシーを感じる〆は、頬を膨らませながら「あたしだって出来るもん!」アピールをする。
そんなリスのような頬をする娘を、三人はジト目で見る。
「な、何ですかその目は!?」
「いやだってお前がやったら、あの数倍の穴になるだろ絶対」
「違いあらへん、この愚妹がやったら間違いなく被害が拡大しまっせ」
「フム。この、世界の破壊者めッ!!」
そんな三人に何も言い返せない〆は、涙目で頬をリスのようにさらに膨らませる。
そしておもむろに、目の前にあった枝豆のような殻に入ったオレンジ色の豆を〝ズピッ〟と指で弾くと、跳弾のように跳ねてから善吉の鼻の穴へと放り込む。
「むがッ!? な、なふだこれ!?」
「見おったか?」
「見た……」
「フム。八つ当たりされてますな」
〆のリス顔は今だ膨らんだままで、見た目はとても可愛いが、その行動は恐ろしい物だった。
某跳弾の名手な女も真っ青なスナイプである。
流は目の前のチャイを一口飲むと、呆れるように〆を見つめながら話す。
「さて、善吉がこれ以上『不思議な事故』にあう前に、今日の修行をしますかね」
「それがええで、善吉もいつまでも食ってるんやない。さっさと行かないとまた狙い撃ちされるで?」
その言葉に黄色い顔を青くした善吉は、急いで目の前の料理をかきこむ。その様子を見た後鬼は、呆れたような声で挨拶をしながら周りを見渡す。
「おはようさん、おやまぁ。善吉、あんた良く出られたねぇ?」
「あ、後鬼様、前鬼様おはようございます。流に出してもらいましたよ」
「おう、おはよーさん。で、お前を出したのガキんちょだってのは本当が?」
今起きたのか、二人は食堂専用のコテージに入ると、鮮やかなピンク色のブドウを摘まみながら歩いて来る。
そして善吉から説明を受けると、ちらりと〆達を見てから話す。
「そうかい。なら今日も善吉に頑張ってもらおうかね」
「じゃあ今日もまた妖気で防御して、感覚を掴むとええがよ」
「了解、じゃあ飯食ったら頼むぜ善吉!」
「おうよ!」
食事を終えて出て行く二人に〆は声援を送るが、どこか心配そうな表情をしているのを、鬼の夫婦は見逃さなかった。
「大丈夫だがやお嬢。きっとあのガキんちょならやってくれるぜよ」
「そうさ、坊やは力に溺れたりしないさね」
「だと良いのですが……。頼みましたよ、二人とも」
鬼の夫婦は頷くと、流の後を追って訓練場へと向かうのだった。