165:崩壊の序曲
昨夜、ビーチであった事を知らない流は、翌朝起きてコテージより海を眺める。
コバルトブルーに輝く海は朝日を宝石のように輝かせ、清々しい潮風は開け放った窓から優しく部屋に入り込む。
遠くには嵐影がシンクロナイズドスイミングをしているのが見え、そんなとても穏やかな風景と、気持ちの良い潮風に撫でられながら、このままボーっと一日を過ごしたい気持ちになる。
「ふぅ、そうも行かないか。ちょっと散歩でもして来るかな。行くぞ美琴」
美琴を片手に寝室用のコテージを出て、桟橋の上を歩く。
桟橋の下には赤と黄色、それに青と紫の熱帯魚が泳いでいるのがとても涼し気だった。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよ! ちょっと出て来る。朝食までには戻るからよろしく」
メイドにそう言い残し、流は浜辺へと向かう。
少し歩くと波打ち際に見慣れない大きな石があり、それを疑問に思った流は近くに行ってみる事にする。
「あんなのあったか? 行ってみるか」
歩く事数分、そしてそれは「埋まって」いた。
「ん? って善吉か!? お、おい!! 善吉どうしたんだ??」
「…………んんん。ここは……? な、何だ体が動かない!?」
「おい、一体何があったんだ?」
「流か!? おはようございます」
「あ、おはようございます。ってそれどころじゃねーだろ! どうしたんだよ一体?」
「それが俺にも……。待てよ、昨日お前と訓練が終わってから、飯を食う前に海でも入って汗を流そうとしたんだよ。その後……うぅぅ、思い出そうとすると頭が……」
何か強烈なトラウマでもあるのか、善吉は思い出すのを拒否する頭を左右に振る。
「汗を流すって海じゃ余計に酷くなると思うのだが……まぁよく分からんけど、このままじゃ惨いな。よし、そのまま動くなよ?」
「何をするんだ?」
「まあ見てろよ」
流は善吉の横に立つと、精神を研ぎ澄ませるために深呼吸を数度すると、新たに認識した「鑑定眼」で砂浜を見る。
すると丁度善吉が埋まっている堺が、水を多量に含んでいる場所と視た流は、美琴を抜刀すると上段に構えて妖力を込めだす。
膨れ上がる妖気に善吉も額に冷や汗を流し、不安そうに首を流のいる右側へと向ける。
そんな善吉の不安など考える事も無く、さらに練り上げられる妖気。
その妖気が濃厚に刀身よりあふれ、零れ落ちそうになった瞬間、刀身へ妖気が一気に集約する。
「さあ初のお披露目だ、行くぞ。ジジイ流・薙払術……岩斬破砕・改!!」
――岩斬破砕。本来なら気の力を刀身に込める事で、岩に蜘蛛の巣のようなヒビを入れて、その後砕く業だったが――。
「砕け散れえええええええぇぇぇーーーええええ?」
善吉の前にある湿った砂と、乾いた砂の結合が緩い部分に岩斬破砕を放つ。
砂浜に吸い込まれるように紫の斬撃が染み込む、そしてその内部より〝ぼぶっ〟と間の抜けた音が聞こえた瞬間それは起こる。
突如、扇状で広範囲に無数に広がるにヒビが割れができた。さらにそこから圧縮された空気が吹き上がり、砂が舞った刹那、一気に砂が爆発して善吉のすぐ手前の砂が十メートルほど空中に舞い上がる。
「善吉! 今だ出てこい!!」
「お、おおう!! ドッセーイ!!」
砂が舞い散る中、善吉は持ち前の身体能力でジャンプして抜け出す。
その砂の大半は吹き飛び、それでも同じ場所に降り積もるものもあったが、中には海や流の反対側へと降り積もる。
そして出来た穴には海水が流入し、直径二十数メートルのプールのようになった。
「流、これは凄いな……」
「俺も驚いたわ。全然練度も低いこの技が、こんな威力が出るとはなぁ……」
「それでこの威力か? う~む、恐ろしき男よ」
「この穴、結構深いよな?」
「だな~。俺が埋まってたくらいだからな」
「予定では善吉の前の砂だけ吹っ飛ばそうと思ったんだが、まさかそこからヒビが出来てこんなに広がるとはなぁ。後で埋めてもらおう……」
自分のやった事だが、ちょっと引く位の威力で呆然と見ていた時だった。
「古廻はん! 一体なに事でっか!?」
「古廻様! お怪我はございませんか!?」
「フム! ご無事ですか古廻様!?」
コテージから三人が血相を変えて飛んで来るのが見える。
原因が原因だけに申し訳なく思うも、とりあえず現状を説明する。
「――と言う訳で、善吉を救出しようとしたらコレだ」
「まぁ!? そんな愚な鬼など捨て置けばよろしいのに」
「アホウ! 今はそんな事はどうでもいいんや!」
「フム。ですな、それより今はこの穴を作った業ですか、一体どのようにして?」
ぽりぽりと頭をかきながら、額に一筋の汗を浮かべつつ説明をする流。
「いやな、昔教えてもらった業の中に岩を斬る業があるんだよ。それの改良版を試したらこうなった」
「岩斬破砕でっか。とても中伝の業とは思えない威力でんな……」
「フム。ですな、とてもじゃないが剣術の枠を大きく逸脱してますな」
「そもそもあの業は剣術のソレを大きく逸脱していますが、中伝でこれ程とは……」
ふと流は気になる、その業を見た事あるような三人が。
「もしかしてこの技を知っているのか?」
「うふふ。それは存じておりますよ。雷蔵様もその前のご当主様も、皆さま修めていますからね」
「あぁなるほど……。じゃあお前達もこの流派の名前は知っているんだな? ああ言わなくて良いぞ、後でジジイから聞くからな」
「ええ、それがよろしいかと」
そう言うと〆はニコリと微笑む。その様子を見ていた壱と参も微笑ましく見ているのだった。
――後に、この時の事を三人は死ぬほど後悔する事となる。
まさか主と別れる事になるとは思わなかったのだから……。