015:もぅ、怒ったゾ~
メリサがお茶を用意してから退出する。仕事が早く卒がないのが有能だと分かる振る舞いだった。
紅茶のような香りと味がするお茶を一口飲み、その後でまずは新潟の燕三条でも有名な包丁セットを取り出す。
「これは……なんと言う美しいナイフだ……」
ファンも横で「すげぇ」と絶句してる。
「そちらは普段使いの使用に適した物ですね。堅い物じゃなければかなり切れますよ」
「そうだろう、これは凄い出来だ。芸術品としても通用しそうだ。それを普段使いとはな」
「それにこれは柄も金属と言うか、全て一つの金属から削って出来ているのか? 刃に浮かぶ切り株のような模様も凄いの一言だ」
「さらに言うと錆びませんよ、それ」
「なんだと!? そんな事が出来るのか……最早飾っておくのが正しい使い方としか思えないぞ」
いやそこまでは、と思う流だったが、この世界の技術水準を知らない事を思い出し黙っている事する。
「次は伊万里焼の器と皿になりますね。この艶やかな色使いと模様が特徴で、このタイプなら魚料理等を盛るのがオススメですね。この伊万里の特徴は――」
伊万里焼の特徴を得意げに語る機会にウキウキしつつも、今は商談の最中なので自重した……と思っているのは本人だけだったが、ここにはそう言うのが好きな者ばかりなので問題なかった。
説明を聞き終わったバーツは早速皿を手に取って観察し始める。
「これは陶器か? 絵具でも塗ってある……違う! 皿自体に絵が焼き付いてるのか!! 器にこれほど精工な模様が書けるなんて驚きだ。 今ウチと言うか、この国で扱っている殆どの陶器は灰色っぽいのが普通でな、それが白い程高級品として扱われる。それがこれはどうだ……絵が書いてあるぞ」
「俺もナガレと会った時は行商の帰りだったんだけどよ、その俺もあちこち行商して回ってるが、これほどの品は見た事がねーぜ」
(お! 意外と反応がいいぞ。この手の技術はまだ無いのか? あまり最初から色々出すのも考え物だしな。なら次ので今回は終わりにするか)
「因みにガラスと言うのを知ってますか?」
「うむ、知っとるぞ。あれだろ?」
ギルドマスターが指した方向を見ると確かにソレはあった、窓にはめたガラス。つまり窓ガラスが。しかしそのガラスは外の景色は良く見えるものの、濁っていて気泡まであり、透明さとはかけ離れていた。
(よっし! あれが基準だな、ふはは、驚けよ~)
「ではギルドマスター、これを見て下さい」
流は一つの箱を取り出すと中からクリスタルガラス製品を取り出す。
「なっ!? なんだこれは!! おい、こ、これは……まさかッ!!!!!!」
「嘘だろ……なんつー透明さだよ……」
二人とも狼狽しているようで、その後固まっていた。
箱を開け中から出て来たのは、全体的に細めのワイングラスで、薔薇の蕾がすりガラス状に加工された職人技が光る一品だった。
「これはクリスタルガラスと言ってですね、特殊な方法で加工した物なんですよ。それで作ったのがこのワイングラスですね。どうです、特にステムとボウルの間の部分の……ココ、薔薇の蕾が開く寸前のような形がまたいい出来でしょう?」
「いい出来か、だと? 冗談ではないぞ! こんな物は王宮でも持ってないはずだ! 凄まじい、凄まじすぎる透明さと意匠だ!! 国宝選定に選ばれても不思議じゃあない」
(いやいやいや、そこまで大げさな~ははは……え……マジで?)
「ナガレ……お前はマジでスゲー奴だったんだな……」
(ファン、お前もかよ!)
あまりの食いつきに、流石の流も引き気味になる。
「ど、どうでしょうかね。こんな感じのを売りたいと思うんですが?」
「売れるも何も是非売ってくれ!! これは凄い事になるぞ!!」
飄々とした印象だったが、どうやら熱い人だったらしいギルドマスターであった。
「三点共に精工な作りと形は圧巻だな、ナガレの国ではこんな物が普通に使われているのか?」
「ええ、少し値が張りますが結構流通はしている感じですね」
「むぅ……恐ろしい技術力の国だな。戦になったら勝てる気がせんわ」
「いやいや、海の向こうのとても遠い国ですから、それは絶対に無いので安心してください。寧ろ戦を嫌う国ですから、戦より交易による経済的な繋がりを大事にする感じですね」
「平和が文化を育てる……か。まあ戦ばかりしているこの国や、周辺国とは大違いだな」
(戦が多いのか? それは気を付けて立ち回らないとな)
「ところでナガレの国は何と言うんだ? それに海外から来たと言っていたがこの近くならオルドラの港か?」
適当に設定を考えて居た流は、その問いに内心冷や汗を流す。
そしてこれまた適当に、真実と嘘の虚実を混ぜて話すのだった。
「国の名前は日本と言います。海洋国家で島国なんですよ。場所は多分見つける事は困難ですね。特殊な方法でしか場所が分からないので、私は道具があるので行けますが、それが無いと海で迷子になりますね。そんな俺の故郷は色々な品を他国と取引していましてね、それをこちらの国とも交易出来たらいいなと思い、海を渡って来たんですよ。俺が着いた港は多分そのオルドラと言う処だと思うのですが、ちょっとしたトラブルがありましてね。急遽その町を出たから良く分かっていないんですよ」
「なるほど、ドーレ伯か……あそこで商売をしようと思ったら何を要求されるか分かったものでは無いからな。こちらへ来て正解だったぞ? ウチとしてもナガレのような商人と繋がりが出来て本当に良かったと思っておる」
(よく分からんが、ドーレ伯ナイスアシスト! でもそんな所へ行かなくて良かったな)
「それはありがとうございます。ではお近づきの印として、クリスタルガラスのこのワイングラスをセットでギルドマスターへプレゼントしますよ」
その言葉を聞いたバーツは、目を見開き飛び上がる勢いで立ち上がる。
「それは本当か!! こんな凄い物をしかも二つもだと!? うおおお生きてて良かった!!」
「やったなバーツのオヤジ! 羨ましいぜ~」
バーツはウットリとワイングラスを見つめたまま「素晴らしい、美しい」とブツブツ言いながら動かなくなった。知らない人が見れば通報待ったなしの怪しいオヤジがそこにいた。憲兵さんアイツです!
「ファンにはそのうち面白い物が手に入ったら何かやるよ」
「マジかよ! 楽しみにしてるからな!」
「さて、ギルドマスター。そろそろ戻って来てくださいよ」
「お? おお、悪い悪い。あまりの出来事に我を忘れてしまったようだ……」
「それで今回のこの品なんですが、どの位で売れますかね?」
「うーむ。売れるのは確実なんだが、このような出来の品は初めてだから少し待ってくれないか? 担保金としてセット物を含め、三点で金貨十枚を出そう」
(確か金貨一枚で十万円相当だったか? って事は百万円!? うそーん)
「何を驚く? それでも買い手は恐らく山のように出るはずだ。それでも全く少ない程だぞ? 一応形にしただけだからな。それとこれを持っていてくれ」
「オヤジ、それはまた思い切った物を……」
バーツが出した物は黒い革製で、縦・横十センチの小さなバッグだった。
「小さなバッグですね。それでこれは?」
「ふふふ。見た目はこんなんだがな……見てろ」
バーツはそう言うと、近くの棚から彫像と、本、それと長さ五十センチ程のスクロールを持ってくる。
それを目の前の小さなバッグへと入れる。
「へ!? 手品か何かですか? 凄いですね!」
「はっはっは。違う違う。これはアイテムバッグと言ってな、商人なら垂涎物の一品だ。容量はこのサイズで大体三十キロ入る。入る大きさは縦横二メートル四方が限界だ」
「そ、それは凄いですね!? (出たよアイテムバッグ!!)」
「今の時価で大体竜貨一枚くらいだな」
「……えっと、竜貨は確か一千ま……ん? えええ!? そんなに高価な物なんですかそれ!?」
「そうだ、そしてなかなか売りに出されない物だ。だから俺のグラスへの返礼も込めて、保証の一部にそれも付ける。ちなみにそれ以上になるとアイテムボックスと言って、王貨クラスの取引になるな」
突然のアイテムバッグの登場に小躍りしたい流だったが、今は商人モードのロール中なので冷静に返答する。
「そう言う物ですか、ではそれでお願いします。しかし凄い品ですね、感謝しますギルドマスター」
「喜んでくれてなによりだ。時に、ナガレはギルドの登録はしたのか?」
「まだでしたね、そう言えば」
ふむ、と一言頷くとバーツはデスクに行き一筆書いて来た。
「これをメリサに見せて登録してくれ。仕事は出来すぎるんだが、接客態度が評判悪くてな。少々懲らしめてやってくれ。あの澄まし顔がどのように変わるか楽しみだわ」
そう言うとバーツは快活に笑い、流にメリサの情報をそっと耳打ちしてきた。
「さて、これらの品を早速オークショニア達と相談せねばなるまい! ムハハ、楽しくなって来たわ! そういう訳で二人ともまた来てくれ」
そう言うとバーツは流が出した荷物を大事に木箱へ入れだしたので、二人は退出し一階の受付へと向かう。
一階ではメリサが客の接待をしていたが、流達を確認すると同僚にその仕事を任せ、奥のカウンターへと二人を招いた。
「随分とお話が弾んだのですね。流さん、では早速ギルドへ登録しますか?」
何故か嫌みな感じで言われたので、流は少しムっとする。
「ああ頼むよ。あ、その前にギルドへ登録するとどうなるか教えてくれないか?」
「それは無論です。まず、ギルドランクからご説明しましょう、ランクは全部で五種類あります。まず流さんは一番下の露天級から初めていただきます」
「露天級?」
「はい、売上の十五パーセントをギルドに納めていただきます」
「十五パーセント!? なかなか酷くないか?」
「えぇ……大抵の方はそう言われますね。しかし手厚い保護が同時にギルドから約束されます、例えば――」
機械のような返答をするメリサの話はギルドに加入した場合はマフィアやチンピラからの保護は無論、領主や国への税の申告も行ってくれるし、商売をする場所の確保も世話してくれるそうだ。
逆に加入しないとそれらのリスクを全て背負はめになり、更に税の申告面ではネットも交通手段もまともに無いこの世界では、それだけで商売どころじゃなくなるらしい。
因みにギルドは通信の魔具があるので税の申告も楽なんだとか……ずるい。
「そんな訳で上位のランクになるほど納める額は少なくなりますが、国が経済的にマイナスに傾く、例えば物価が安いのに物が売れなくなった時に、上位ランク者達はその財貨を放出し、市場を活性化させる義務が発生します。さらに『ナガレさんのような』下位のランクの方々への支援も積極的に行っています」
(この娘はいちいち煽るスタイルか? それはさておき……むぅ、加入した方が今の所はいいかもしれないな)
「それとランクは上から順に『商売神』『大店級』『領都級』『地域級』『露天級』の五つです。まず現実的な所から露天級の所だけ説明しますと、名前の通り町や村での小規模な商業地区での商売が主ですね」
「なるほど、ランクはどうやったら上がるんだ?」
「聞いてもまだ早いと思いますが……そうですね、一定のギルドへの貢献度が上がれば上がります」
それを聞いていたファンはメリサの後ろで面白そうに笑っている。ファンの目線を追うと、何故かバーツが柱の陰から楽し気に覗いていた。
「つまり上納金を上げろと?」
「身も蓋もない言い方をすればそうなりますね。因みに『ギルド支援金』と言いますので覚えておいてください。ランクが上がればギルドから様々な便宜が優先的に受けられます」
「俺はそんな高い上納金は困るんだが?」
「支援金です! そうは仰られても規則ですから」
そう冷たく言うと、メリサは魔鏡眼を右手の中指でクイっと上げた。
「どうしてもダメ?」
「ダメです」
「冷たいね、そんな凍てつく対応じゃお客に嫌われるぞ?」
「ッ……。余計なお世話ですし、嫌われていません。よね……」
「そんなにツンケンしてると彼氏に逃げられるぞ? ほら、小じわも出来ちゃうかもよ? 遠い異国から来た可哀そうな商売人を助けてよママン」
「子じわ!? って、誰が貴方のママなんですか!! 私はまだ二十年間一度も彼氏居ないんですよ!!」
煽る流の「彼氏」と言うワードが琴線に触れたのか、メリサは声を荒げた事でギルド中の視線がメリサに集まる。
「ウソ! メリサちゃん彼氏居ないの!?」
「マジかよ、って事はしょ……」
「流石俺の冷血アイドル! あの冷血な眼差しで射殺されたい!」
「あんなに仕事出来るのに、残念すぎる……」
一部変な事を言っているサポーター(?)を気にもせず、メリサは慌てて手をブンブン振って否定する。
「い、い、今のは言い間違いですから! 気にしないでください! ほら貴女達も仕事へ戻って!」
同僚達にもメリサへ哀れみの視線を向けけられ、混乱しながら威厳を保とうと必死に言い訳をする。
「もう! ナガレさん、貴方が変な事を言うから!!」
メリサ、涙目で激オコである。
「とにかく、もう、話は以上です! では!」
「っと、待ちな姉ちゃん。帰る前にこれを見てくんな」
流はバーツからもらった用紙を机の上をツイッと滑らせてメリサに渡すのだった。
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