157:あのお方の名前を言ってみろ!!
あまりの状況に、口を〝あんぐり〟と開け放ち呆然と見守る全員。
そしてやっと出た言葉が前鬼と後鬼の――。
「「……え゛ナニソレ」」
「どうだった? 上手く出来たかな?」
「「上手く出来たって話じゃない!」」
「な、なんだよ。失敗か?」
「はぁ。これだから常識がない奴は困ったもんさねぇ」
「全くだがよ、見ろ。あいつ等なんて固まってるがよ」
ふと後ろを見ると、夜朔達と姉妹は固まったままだった。
「いいかガキんちょ。普通は妖力を投げる事すら最初は困難なんぜよ」
「それを坊やは飛ばすどころか、板状にして相手を転ばせ、挙句には苦無みたいなのを作り、さらには刺さった体内で爆発させるとか、どこの鬼畜だよって話さね」
「そ、そんなに凄かったのか?」
「「はぁ~これだから非常識なヤツは」」
「うッ……」
まるで非常識なヤツだと言われているようで、言葉につまる流……。
見れば盛大に鬼の夫婦に呆れられているようだ。
まぁ、誰が見ても色々と「非常識な漢ではあるのは間違いない」のだろうが、本人はいたって常識人だと勘違いしているのが困りものだ。
「じょ、常識を無くせって言ったの二人だろう!!」
「まぁそうなんじゃが……」
「限度ってもんがあるさね!」
そう言われると身も蓋もないと思いながらも、理不尽さに悶える流であった。
「はぁ、まあここまで出来れば問題は無いね。後は暇な時にでも練習して精度を高めるんだね」
「後は体の身体強化を、もっと強くするのを学ぶがよ。ガキんちょ見とれ」
前鬼は右手の人差し指に妖力を纏うと、そのまま円柱石へと勢いよく突き刺す。
見ている流は一瞬顔をしかめるが、どうやら痛くないようだった。
「おおう!? 穴が空いてる……」
「そうちゃ、身体強化した状態で突いたから穴が空いたって訳ぜよ」
「コイツは攻撃よりも遥かに難しいよ。なぜなら相手の攻撃力、今回の円柱石の場合は堅さを予測して、それ相応の妖力でガードする訳だからね。無駄に多すぎると、攻撃する時に威力が落ちる。だから適切な妖力で防御するのさ」
「なる程、つまりは相手の攻撃力を正確に把握し、それ相応の妖力でガードする訳だな!」
「そ、そうだね……また異様に物分かりが良いね」
「言葉で理解しても、普通はそう断言出来ない物だがや……。まぁとりあえずやってみるがよ」
夫婦二人のジト目を声援に変え、流は円柱石の前へと立つ。
流はその場に立ってはみたものの、行動を起こす訳でもなく「違うな? う~む? 角だなやっぱり!」などと意味の分からない事を言っていたかと思うと、おもむろに動き出す。
「んじゃ、行っきますよ~」
何とも軽い感じで流は妖力を右手に集める。
そしてそれは始まった。
妖力を纏った右手は、その妖力が蜃気楼のように揺れていたが、どんどん形を変えて籠手の形へと変わる。
その形状は、まるで戦国武将の鎧にある籠手その物が、厨二チックに変形し「鬼の顔が付いた籠手」となり、なんとも浪漫あふれる物だった。
「「なッ!?」」
「ほいさー」
流は間の抜けた声と共に円柱石の中心を殴りつける。
すると〝ボッッゴ〟と言う音と共に円柱石が数メートル吹き飛ぶと、真っ二つに割れた。
「……あれえ?」
「「あれえじゃねー!!」」
「ガキんちょの頭の中は、一体全体どーなっていやがる!」
「正直おかしいよ坊や。いくらイメージが出来るからって、ここまでの事が最初から出来るはずがないさね。アンタ一体……」
「ふっ。天才……と、言う奴かな?」
その実に香ばしいポーズで右手で髪をかき上げ、左手を開いた形で前に出しながら言い放つ漢が、一人ドヤ顔で語っていた。
その言葉に見学者達が沸き立つ。
「すごい! まるで空気を吸うように当然と思えるその感覚」
「ああ、しかも妖力を自在に操ってガンレットに出来るなんて」
「凄すぎますね、〆様達が従う理由が分かります!」
ギャラリーの賞賛の声が聞こえ、流もドヤ顔でそれに答えていた。
そんな騒がしい流達を背後から見る鬼の夫婦の感情は、驚きよりも困惑だった。
「なぁカアチャン。どう思う?」
「どうもこうも、初めから使いこなせていたとしか思えない練度だよ」
「やはりそう思うが? だが、ガキんちょは間違いなく初心者。しかも妖力に触れたのは最近の事だがや」
「そこが分からないねぇ。一体どう言う事なんだい」
鬼の夫婦は流の異常とも言える、妖力の操り方に驚く一方、その才能の冴えに畏怖すら感じる。
まるで昔、自分達を使役していた「役 小角」と見紛うほどの才覚だったのだから。
「あの方と同じちゅうがよ……」
「アンタも思ったかい? あの方は僧侶なれば妖力とは違ったお力だったが、妖力を使えなかった訳じゃなく、使わなかっただけさね」
「まさか……あの方の……」
「…………」
流のはしゃぐ姿を見ながら、しばらく考え込む二人……。
そのうち二人は視線を合わせ、コクリと頷き次の行動に移る事にしたのだった。




