139:苗床の王
「な…………」
流はそれしか言葉を発する事が出来なかった。
その圧倒的な存在感の前に、その一言を出すのが精一杯だった。
そして言葉が出ない代わりに、第六感が悲鳴を上げるように警鐘を鳴らす。
今すぐ逃げろ!! さもなくば死ぬ――と。
「ブルアアアア!! おい、貴様。ここは何処だ?」
「――ッ」
「おい! 余が聞いているのだ、さっさと答えろ」
(落ち着け!! 俺!! まずは深呼吸だ、ヒッ・ヒッ・フー! ヒッ・ヒッ・フー!)
「ぬ? 貴様、子供でも生まれそうなのか?」
「ラマーズ法を知っている!? って言うか俺は一体何の深呼吸を!? あ、話せた」
オークキングの博識さに思わずツッコミを入れてしまう流、おかげで話す事が出来るようになる。
「ブルハハハ! 何だ貴様、面白いではないか。うむ、余の圧倒的な力に委縮しておったのか、さもありなん。それでもう一度聞くが、ここは何処だ?」
「ッ……。ここはトエトリーの街にある倉庫の中だ」
「何ぃ? それは誠か?」
「ああ」
流が頷くと、オークキングはしばし考えるように唸る。
「ブルルル……。ならば騒ぎを大きくするのもアレだな、それにザガームの仕業と見て間違いあるまいな。まったく面倒な事をしてくれる。とすると、その箱……アイテムボックスか? これを媒体にしおったのか? であれば戻りも……」
一人、思考の海へと深く潜るオークキングをしばらく見ていた流は、思わずその存在が気になり聞いてしまう。
「アンタは一体……何者なんだ?」
「ふむ、余を知らぬのは無理からぬ事だ。余の居城は常闇の奥にあるからな。ブルハハハ、久しぶりに話す外の者がそれなりに恐れず、余の前に在る事の褒美に教えてやろう。余はそこに転がっている有象無象の王にして、苗床の王。そんな余を人間は畏怖を込めてこう呼ぶ。オークキングとな!」
「オーク……キング……」
流石の流れもその意味を知ると、知らずに体が硬直する。
それは絶対的な暴力の象徴であり、冒険者のランクで言えば上から三つ目……いや、実質最高難易度の存在なのだから。
「ブルハハハ。そう緊張するものではない、別にお前をどうこうするつもりは無い、が……。う~む、この解体ショーはお前がやったのか?」
一直線に描かれた地獄のレッドカーペットを見てオークキングが唸る。
その答え次第によっては、殺されるかもしれないという恐怖を呑み込み、流は真剣に答える。
「……ああ、俺がやった」
「ほほう、やるではないか。ふむ……少し興が乗った。久しぶりに遊んでやろうではないか。あ~誤解無きように言うが、そこの有象無象に何かを思っての事じゃないと明言しておこう。ただ貴様と言う存在に興味が湧いた、ただそれだけの事よ」
そう言うと、オークキングは杖……その王笏を高々と掲げてから、スッと流へ向けて宣言する。
「どれ、かかって来るがよい。人間の力、この王に示せ」
急速に沸きあがる王の威厳とも言える「王威」が流を押しつぶす。
周りにいるオーク達も、その王威に跪き震えている。
その波動は倉庫を震わし、外にまでその衝撃が響きわたり、建物を壊すのだった。
「ぐうう!? 何だこの波動はッ!!」
「ブルハハハ、どうした人間よ。この王を前に、そんな事では何も出来ぬまま死ぬぞ?」
「クッッソッオオオオオオオオオオオア!!」
裂帛の気合と共に、屈しそうになった膝を奮い立たせ、流は美琴を右手に持ったまま大の字に体を広げて咆哮する。
「おお。よい、良いぞ。やはり貴様には『続き』がありそうだ」
流はそのまま妖力を練りに練り上げ、オークキングへと斬りかかる。
「ぬうんッ!! ジジイ流四式! 三連斬!!」
――連斬系最終型、その最後は四式と言われる物だった。通常・溜め込み・拡散ときて、最後の四式は『一撃集中』である。その斬撃を寸分違わず同じ場所へと叩きむ事で、強烈な一撃よりも、数度の衝撃が加わり破壊力が増す業である――
三つの斬撃は左右、そして上部からオークキングの胸を狙い撃つように、鋭く迫りその胸を斬り付ける。
――が。
「ブルアアア! いいぞ、いいぞ。その調子だ、もっと来い」
「ちぃ、バケモノ何て生温い言葉じゃ表せない程の存在かよ!」
流の渾身の一撃はオークキングの右腕に装備した、装飾の豪華な籠手の部分で弾かれる。
「言い得て妙と言う奴だ、バケモノの中の化け物が王と言う存在よ。では今度はこちらから行くぞ?」
オークキングはその巨体に似合わない速度で、流へと襲い掛かる。
その速度は流が疾風を使用した時と、同じくらいの速度であった。
「ほれ、ほれ、ほれ。次はどうだ?」
「ぐぅっつ!?」
ニヤリと笑うオークキングは遊ぶように右手で流へと殴りかかる。その大きな拳を美琴で受けると、背骨が軋む程の衝撃であり、その隙を突き斬りかかるも右手の籠手で弾かれる。
「オオオオオオオオオオ!!」
「ブルハハハハ! そうだ、それでいい!」
負けずに手数で勝負と流は斬りかかるが、全て右手の籠手により弾かれる始末だった