138:箱より出でるモノ
時刻は既に夕方を過ぎており、町の様子も夜に向けて準備が始まる。
そんな雑多な街中を、嵐影は楽し気に足早で歩く。
「嵐影楽しそうだな?」
「……マ」
「あ、そっか~。ギルドに付いたら串焼きあげるからな」
「……マッマ」
ふと流は思う。あちらの世界に居るカピバラは草食なのに、こちらの世界のラーマンは雑食なんだなぁと。
「なあ嵐影、ラーマンって嫌いな物あるの?」
「……マ」
「ええええ!? そうなのかよ!!」
意外な物が嫌いみたいなのだが、残念ながら一般人にはラーマンの言葉が分からなかった。
そうこうしていると、商業ギルドの近くまで来ると様子がおかしい。
「お、見えて来たな。って、あれは何だ!? 嵐影急げ!!」
「マママ!!」
商業ギルド前では土埃が立ち上り、その周辺では冒険者十数名と憲兵隊二十数名が二足歩行の豚の化け物と戦っていた。
その豚の化け物の数は最低五十はおり、ギルドの前の倉庫から次々と出て来ているようだった。
嵐影はその豚の化け物の中へ突っ込むと、前足で豚の顔を蹴り飛ばし、そのまま頭部を吹き飛ばす。
その勢いに乗って、流は嵐影の背中から美琴を振るい次々と豚の化け物を駆逐する。
「お、おい!! 援軍だぞ!!」
「しかもありゃあ、アイツだ!」
「来るのがオセーヨ、巨滅の英雄!!!!」
「これで助かるぞおおおお!!」
形勢不利だった状況が、流と嵐影の登場により一気に逆転する。
そしてギルドの中からも歓声が沸きあがり、流を始めとした冒険者や憲兵を応援する声が響く。
「嵐影! 俺を上に放り上げろ!!」
「マ!!」
嵐影は無人の野を駆けるが如く、豚の化け物を蹴り飛ばしながら前足を踏ん張り、後ろ脚を浮かせる格好で流れを斜め上に射出する。
流は斜め上に飛ぶこと高さ七メートル、そして既に美琴に妖力を目いっぱい込めた業を打ち込む。
「オオオオオオ!! ジジイ流参式! 四・連・斬・改!!」
美琴にオーダーした普段より練った妖力を美琴から受け取り、それを美琴にフィードバックする事により各段に進化した四連斬を撃ち放つ。
その拡散型の斬撃は八連が限界だったが、斬撃同士がぶつかり合い、さらに細かく拡散し、十六連の刃となりて豚の化け物達へと襲い掛かる。
「「「ブギャアアアアアアア!!」」」
大量の豚の化け物の断末魔が響き渡り、ギルド前に居たバケモノ豚達は一気に殲滅される。
しかし今だに倉庫から湧いて出て来る豚達を確認した流は、そのまま倉庫の中へと斬り込む。
「お前達は嵐影と協力して、豚達を殲滅しろ! 俺はこのまま倉庫の中に突入する!!」
「ら、ランエイって誰だよ!?」
「そこの紺碧色のラーマンだ!! 嵐影、頼んだぞ!!」
「ママーマ!!」
流は勢いそのままで、目の前の豚の化け物を袈裟懸けに斬り付けると、そのまま倉庫の中へと消えていく。
「すげぇ……。まるで暴風のようだった……」
「オイ! ぼさっとするな! まだオークは残っているんだぞ!!」
「ああ、悪い! すぐ行く!」
「うわああ!?」
その時だった、油断した冒険者がオークの手斧に襲われる刹那、嵐影は冒険者や憲兵の間を縫うように走り、冒険者を襲うオークを蹴り割く。
そのオークを前足で踏み抜いたと思えば、そのまま空中へ飛び上がり、回転をしながら落下して後ろ足で踏みつけて潰す。
かと思えば、前足を器用に交差させて体を捻り、後ろ脚で三匹纏めて蹴り飛ばす。
最早誰が見てもラーマンには見えない猛々しいその姿は、歴戦の武道家のような動きだった。
「ら……ランエイスゲー……」
「馬鹿野郎! 『さん』を付けろやデコスケ野郎!!」
「マジ、ランエイさんハンパネー……」
「俺らより強いよな……」
「「「ランエイさん一生ついて行くっす!!」」」
ここに嵐影信者が誕生した瞬間だったが、嵐影も流もあずかり知らぬ事だった。
倉庫内部に突入した流は、オークが沸いて来る方へと切り伏せながら進む。
すると倉庫の中央に縦二メートル、横一メートル程の箱があり、その中から次々とオークが溢れているのを確認する。
オークの大きさは個体別に誤差があり、明らかに箱より大きな個体が居るが、それもどういう仕組みかは分からないが出て来るのが見える。
「豚があんな所から!? って、あれか? まさか、あれがアイテムボックスなのか!?」
「ブゴアアアアア!!」
「煩い叫ぶな、ジジイ流薙払術! 巨木斬!!」
一気に広くなった部屋一杯に居るオークへと、横一閃の業を叩き込む。
巨木をも斬り倒す大味な斬撃に吹き飛ぶオーク達は、その数をどんどん減らす。
たまらず広がっていたオークは、図らずも一直線に重なる刹那、さらに追い打ちを掛ける。
「ジジイ流刺突術! 間欠穿!!」
銀の槍を思わせる一閃が直線状に穿った瞬間、オークは綺麗に分断された後、真っ赤な地獄の雨が倉庫を満たす。
やがてオークが数匹となり、それを殲滅しようと動き出す直前それは来た。
「ブルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
――それは、巨大だった。
背丈は流の三倍近くにもなり、横幅も三メートルはある巨漢の怪物。
目は黄色に濁り、口からは上にカーブを描くように向いた牙が二本生え、妙に仕立ての良い貴族のような服を着ている。
さらに奇妙なのは、その怪物の頭の上には王冠が乗っており、左手にはドクロが上部に付き、装飾が豪華な杖を持っていた。
その巨大な化け物を、畏怖と絶望を込めて冒険者達はこう呼ぶ。
苗床の王、または『オークキング』と。