011:飴玉と信楽焼と
「RPGも真っ青な効果は理解した、これは使い所が色々ありそうだな」
「〆:はい、その代わり全体の時間では飴が溶けて効果が出るまでの時間は約七分です。ワサビからは一分後に効果発動となりますので、そこをお忘れになりませぬように」
「つまりワサビになってからが効果のカウントダウンだな、使い勝手は悪そうだが効果は了解した。あ、そうだ思い出した。ここに戻って来る時に障子戸が出る場所じゃない所で鉾鈴を使ったんだけど、障子戸が出なかったんだよな。何か知ってるか?」
謎の飴玉、エリク飴の講習が終わり、異世界での出来事を〆に尋ねる。
「〆:あ~それはですね、現在の状況では短時間内に異超門を開く事が出来るのは、元の場所だけですね。異超門を使用後、二四時間経過すればどこでも開く事が出来ますが、今度はその場所でしか開く事が出来なくなるので注意してください」
「つまり二四時間たてばセーブポイントが変更可能って感じか……分かった、気を付けるよ。それと、もし俺以外もここへ連れてくることは可能なのか?」
「〆:可能です。しかし古廻様の許可が無いと異超門に触る事すら出来ませんし、攻撃も不可能です。が、見る事は可能です」
「異超門って言うのか。異界を超える門か……なるほどね、いざとなったらシェルターとしても役に立ちそうだ」
「〆:ただ過信はしないでくださいね、攻撃されると接続が不安定になる事もあり、待ち伏せの危険性もあります」
「そう言う事もあるのか、気を付けるよ」
そんな話をしていると、因幡が温泉マークの付いた半被を羽織って来る。
「〆:お風呂の準備が整っております、案内は因幡が致しますので不明な点は彼女に聞いてください」
「そうか、じゃあ因幡頼むよ」
「はーい。お客人こちらなのです」
すると何も無かった壁だった所が入口になり、その奥に廊下が続いていた。
「本当に何でもありなんだな……」
「当店自慢のどこでも回廊なのです! 便利ですよ?」
「便利すぎて普通の生活に戻るのが怖いわ。時に、俺は何時間寝てたんだ? 時計もスマホも荷物袋に入れっぱなしで見てないんだわ」
「そうですね~。一日ちょっとなのです。着ていたものは洗濯して枕元にあるですよ」
「そんなに寝てたのか……それより、因幡は仕事が早いうさぎさんですね」
「えへへ~なのです」
因幡は照れながら風呂場の前まで案内する。
暖簾を潜ると正に大浴場がそこにあった。
正面には檜風呂があり、その左右には信楽焼の個性的な形の壺風呂が並び、打たせ湯、電気風呂、炭酸風呂、滝湯、足湯、寝湯、ゆず湯、ワイン風呂や牛乳風呂まであり、サウナまであった。
この風呂は四阿のような、大きな屋根がかかっているだけの構造で、実に開放的な空間だった。
さらに奥には庭園のような露天風呂があり、あそこに入ると池に入っているんじゃないのか? と思うような作りだった。
「これはまた凄いな! 一人で入るのはもったいない感じがするな、因幡も一緒に入るか?」
「だ、ダメですょ! 年頃の娘を風呂に誘うなんて、いけないのです!」
「そうは言ってもモフモフウサギだからなぁ。つい忘れてたよ」
「もぅ! これは本当の姿ですけど、仮の姿でもあるんですからね。本当のボクは綺麗系なお姉さんなのです」
「おいおい、どっちが本当の姿なんだよ」
(お子様は背伸びしたがるって言うし……でも神話のウサギなんだよなぁ? う~む)
「そう言えば美琴はどうしたらいい? まさか風呂にまで持って行く事は無理だろう?」
「えっとですね、美琴さんは妖刀なので、水でもお湯でも塩水でも全部浸かっても問題ないのです。だから血糊が付いても浄化もしちゃうのです。あ、そうでした。先日の戦闘がとても激しかったと聞いているのです。なので少しお手入れをしたいと番頭さんが言っていたので、少し美琴さんをお借りするのです」
「そうか。それは構わないが、因幡は美琴を持てるのか?」
「うん、持てるのですよ。美琴さんが触れる事を許してくれる者なら誰でも触れるのです」
「そうか、じゃあ良く見てやってくれ。本当に今回は美琴に命を救われたからな」
そう言うと流は美琴を一撫でしてから因幡へと渡す。
「お任せあれなのです。では『四阿温泉郷』をごゆっくり、お楽しみくださいなのです。月見酒は中央のコロコロと動いている石から湧き出てるですので、ご自由にお楽しみくださいなのです」
「至れり尽くせりだな……」
そう言うと因幡は美琴を両手に持つと、廊下をトテトテと戻っていった。
「しかし……どこから入ろうか迷うな」
流は掛け湯で体を清めてから浴槽へ向かう。これをしない馬鹿がたまに居るが、他人が同じような事をしているのを見たら嫌にならないのだろうか? と流は何時も思っていた。
「よし、まずは檜だな! う~ん……檜のいい香りだぁ。ヤバイ、溶けそうになるわ~」
しばらく堪能してからワイン、牛乳、電気でシビレて信楽焼の壺風呂に来てその出来に目を魅かれる。
「この火色が良い味出してるな、そして武骨ながらも滑らかな曲線が丁度湯舟に入ると遠くの山が雲海を纏っているかのようだ……狙ったかのような黄と緑の色が秋を感じさせる。本当に面白い作者だな」
などとブツブツ独り言を言っていると、突然隣から「おい、小僧」野太い声がした。
「……あぁ~そろそろ露天風呂でも行こうかな」
「オイ! 小僧、聞こえているんだろ? こっちを向け!」
「えぇぇ? やっぱり動くのかよ、しかも喋ってるし……」
右隣を見るとそこには巨大な信楽焼の狸が居た。しかも二つ付いた巨大な金〇は湯舟になっており、なみなみと湯をたたえている。
「お前、ワシを見て見ぬふりしとったろう? 何故だ? 早ようワシの湯にも入らんか! ワシに入れば打身や怪我、疲労回復は無論、最大の効能は絶倫になれるぞ? ワッハッハッハ」
「なぜ焼き物が話をしている? はぁ~、まぁ妖怪屋敷だからなここは」
「小僧、ここは妖怪屋敷じゃないぞ。由緒ある骨董屋さんだ! さぁ、入って来い! ワシの玉袋の中へ!」
「すっごい響きが嫌なので嫌です、ええ、絶対嫌です」
「小僧! 入らず嫌いは一生の恥だぞ?」
「はいはい、そうでしたね、じゃあそう言う訳で露天へ行ってきますんで」
そう言うと流はそそくさと退散した、背後からは「待て! ちょっとでいいから入って行け!」と叫び声がしたが、多分気のせいだと思う事にして風呂の中央にあるコロコロ回る石の元まで来る。高さは二メートル程で、回転している石の隙間から酒が湧き出ていた。
「フローティング・グラニットボールって言うんだったか? この妖怪風呂なら自然に湧き出てるんだろうな……」
「そうだぞ、小僧。この『楽酒玉』からはどんな酒でも湧いて来る。ワシも良く呑んでおるわい」
そう言うと狸風呂は豪快に笑う。見ると巨大な狸の〇玉風呂は歩けるサイズにまで縮まっていたが、それでもなみなみと湯は入ってた。
「焼き物が酒飲むのかよ」
「ワッハッハ、そう言うな。こいつはな、酒が流れとる所の横に丸い石が付いてるだろう? そこを触りながら欲しい飲み物を念じれば何にでもなる。海洋深層水でも富士の名水でも湧き出るし、濃縮ジュースは無論どんな珍妙な酒でも望めば大抵の物は湧いて来おる」
「有名酒蔵も真っ青だなそれは。じゃあ折角の露天に入るし、冷酒がいいな」
流は適当にオススメの冷酒をと思いながら石を触る。すると一瞬勢いよく石が回り出した後で、目的の酒が湧いて来た。
「凄いな、本当に出たよ」
「そりゃぁ出るわい、数百年の間一度も枯れた事ないからのぅ」
楽酒玉からは滾々と酒が湧いて来たので、流は傍にあった檜の升になみなみと注ぐと露天へ向けて歩き出す。後ろから野太い声でワシの所にもそのうち来いよと豪快な笑い声が聞こえた。
風呂を覆う四阿を出ると、そこは違和感の塊だった。すぐそこの浜辺では波の音に蛍が静かに踊り、不思議な光に照らされた桜が舞い散り、紅葉した広葉樹が見頃を迎え、遠くの山には雪が降り積もり、大文字焼がなされていた。
「なんでも詰め込めばいいってもんじゃねーだろうが……」
露天に入るとじんわりと温かく、何時までも入っていられる適温だった。
「あ~ナニコレ最高すぎる~。これってあれだな、まさに『ここは極楽』ってやつだな」
と言った瞬間、周りの景色が一変した、極楽浄土に。
「オレ、死んだのかな……湯あたりして……」
辺りには天女が舞い踊り、甘い香りと不思議で心地よい音色が響き、とても魅力的な果物を齧っている天女が手招きしていた。
「あ……ぁ……なんか、もう……なんでもいいや……」
全てがどうでもいい感じに思えて来た頃、〆の声がどこからか聞こえた。
「〆:……様 ……古 ……古廻様!! 気をしっかりとお持ちになってください! そこはあの世の入り口ですよ! さあ、早く『元に戻れ』と言ってください!!」
「は……へ? あの世……ハ!? 体が透けている!! も、も、元に戻れ!!」
すると極楽浄土は消え失せ、元の四季の風流が詰め込まれた露天になった。
「何だったんだ今のは……自分の存在が消えていくのを思いっきり感じたぞ……」
「〆:ふぅ~、ご無事で何よりでした。今まさに古廻様はあの世へ旅立つ寸前だったのです。あのままもう少しあの場所でお湯に浸かっていたら肉体は消滅し、魂の旅へと行かれたでしょうね」
「おいおい、なんだこの風呂は……」
「〆:ここは願いの露天と言いまして、言葉が現実になる場所なのです。例えば古廻様『花火を上げてくれ』と言ってみてください」
「ふむ、じゃあ花火よ打ち上がれ! デカイのを景気よくな!」
すると夜空に大輪の花火が連続して上がり始める、しまいにはナイヤガラまで始まった。
「これは凄い……な。でもお前が花火を見たいと言っても大丈夫だったろ?」
「〆:でございましょ? 私が言っても何もならないのは、その存在ゆえですかね……。時に古廻様、先ほどもしかして極楽へ行きたいとか言いました? あ、口になさらず頷くだけで結構です」
すると流はこくりと頷く。
「〆:やはり……先ほども言いましたがここは言葉が異常に力を持つ場所なので、物騒な事は言わないでくださいましね」
「分かった。危く死にそうになった。あ、これもまずい?」
「〆:いえ、断定的な物言いに近い感じじゃない限りは大丈夫ですが、判定は曖昧なので実際は良く分かりません」
「おいおい、そんな場所を風呂にすんなよ……」
「〆:ふふふ、でもご無事で良かった。しかし異世界二日目で命の危機に何度も遭われながらも生還するとは、運がお強いですね」
ふと「幸運値:あらすごい」を思い出した。
「そう言えば、俺が魔物を倒したのを知っているな?」
「〆:はい、存じております」
「その時に巻物が出たんだよ、異世界言語理解と同じ奴がさ。その時に壱ってお前みたいなのが居たんだが、〆の知り合いか?」
「〆:えぇ、私の兄ですね。おかしな関西弁を趣味で話す困った愚兄です」
「やっぱりか、血の繋がりを感じたからな」
「〆:失礼な! 私の方が遥かに高尚ですよ」
(自分の事は分かってないんだよなぁ)
流は他人が聞いたらお前が言うな! と突っ込まれるような事を内心思っていた。
「それでその壱がさ、ステータスを見せてくれたんだが、どれも抽象的すぎて意味が分からないんだわ。特に幸運値? が『あらすごい』だぜ? 意味不明すぎだろ?」
「〆:えっと……? ま、まあ多分それのお陰ですね、何度も命が助かっているのは」
「そう言うものか。まぁいいや」
そう言うと流は升酒を呑み干す。するとお盆に乗ったおかわりの升がスーっと流れて来た。