118:新たな戦いの予感
「なる程な、ナガレ。お前はやっぱり商人だよ」
「どういう事だ、オヤジ?」
「ほら、あれを見ろ。ただで食べさせる奴は普通いない、しかも珍しい食材料理だ。そしてここに居るのはウチの商人が多いだろ? これで香辛料の話題が一気に広まるぞ?」
「なる程……。そこまで計算してナガレ様は」
「やりやがるな、流石だぜ。だが、その先があるんだろう?」
「ああ、それだけじゃない。俺が金貨と言ったから野次馬も、その価値に一瞬引いたろう? だからこそあの手法だろう。普通は驚く価格だが、それをぶっ壊すインパクトの無料提供。そして味わったら最後、あれに魅了されるのは必然」
「「確かに」」
頷く二人にバーツは続ける。
「それを今はまだ価格こそ提示してないが、安く売ると言い放った訳だから、最低でも商人は転売目的で買うだろう」
「なるほど。そしてそれを仕入れた商人が、他所へ持って行けばその味が広まると言う訳ですね?」
「ああ、それの出所もすぐに分かるだろう。そして一気にトエトリーに買い付けに集まる」
「そこからは俺の出番って訳か?」
「そうだ、まずはあの販売車でもいいかもしれんが、出来れば拠点を作った方がいいだろうな」
ファンは手帳を確認しながらバーツに答える。
「それは既に手配済みだぜ。一か月以内には大きい町と王都にナガレの支店を作れる」
「それは重畳。そしてナガレから仕入れた商人は、お前が店を確保して販売体制が整えば、高値で売っていた反動で、ダブついた在庫を処分するしかなくなる。価格は始めこそナガレの方が高くなるかもしれないが、それでいっきに値崩れして庶民にまで届くようになる」
頷くファンとメリサ。そしてファンが続ける。
「そうなりゃ香辛料の味も一気に広がり、それを欲する住民が殺到するって訳かよ。最初は競合するが、向こうの在庫が無くなればこっちの独壇場だ。俺達は労力をせずに、あちこちの庶民に香辛料の宣伝となるか。まあ~それをさせられる商人は少し気の毒だが、立ち回り次第で最初に大儲けするはずだから、それがあれば文句も少ないだろう。本当にスゲーな……ナガレの考えている事は」
「ああ、これまでの常識を覆す行動力と思考力。敵にしなくて本当に良かったと心から思うぞ」
改めて流の深慮遠謀に戦慄する三人だった。
「うむ、後は隣の糞伯爵領だが……。あそこはどうした?」
それを聞いたファンは苦い顔をする。
「オルドラだろう? あそこはパスだぜ。あんな所で商売したらケツの毛も残らねえ。それに、殺盗団の本拠地だろう? あんなヤバい場所で商売は出来ねえよ」
「うむ、正解だ。その方がいいだろうな、そしてあそこは危険すぎる。元々重税と圧政に苦しんでいる民が、トエトリーに流て来ていた場所のトップはあそこだからな。だからこそ逆恨みされている訳だが……」
バーツは今後、オルドラがトエトリーに何かしらを仕掛けて来るのは容易に想像が出来た。
やがて在庫が切れたのか、ナガレは野次馬へ一言謝ってから店じまいをし、バーツ達の元へとやって来る。
「いや、お待たせしてしまってすみませんでした」
「なに気にするな。それよりその手に持っているのは?」
「ああ、これはさっきのカレー弁当ですよ。良かったら後で食べてください。あ、でも温めてから食べて下さいね、冷たいとマズイので」
そう言うと流は、上下二つの紙で出来た弁当箱を三人へと渡す。
「おお、これはすまんな。夕食が楽しみだ!」
「ありがとうございますナガレ様♪ またあの味が食べられるなんて幸せです」
「くぅ~持つべきものは友達だってな!」
「よし、では俺の部屋へ戻ろうか」
三人は頷くとそのままマスタールームへと移動する。
途中でいい香りがしたからか、職員達が羨ましそうに見つめているのを見て、流は少し申し訳ない気持ちになる。
「時にナガレよ、この弁当だが……素材は何だ? 紙のように見えるが」
「そう、それは紙で出来た弁当箱ですよ。使い捨てですので食べたら捨てて下さいね」
「え!? そんな、紙ってそれなりに高級なんですよ?」
「あぁ、俺の故郷ではそうでも無いんだよ。まぁおいおい作り方も説明出来ると思うから」
「ナガレ……お前って本当に何でも知ってるのな」
「何言ってるんだよ、知ってる事だけ知ってるってやつだ」
「フッ。さっきファン達とも話したのだが――」
流がカレーを配っていた時の話をバーツはする。
そしてその狙いが「大規模な宣伝効果で、費用は一切かからない」恐ろしい手法だと言う事を伝える。
「え、ええ。そう言う側面もアリマスネ」
いきなりの話に挙動不審気味に答える流。
それもそのはず、そんな狙い等一切無くただ今度、屋台を始めるから来てくれよな! 程度にしか考えてなかったのだから。
さらに余計な事を言ってしまい、バーツに突っ込まれる事になる。
「何? まだあるのか!?」
「い、いえ。ただそうですね。これでトエトリーに敵対する勢力が釣れたらいいかなぁと?」
適当な事を言ってしまった等と今更言えない! と内心思いながらも、流は思う「幸運値:あらすごい」が仕事しすぎだろうと。
「敵、か……。確かに釣れそうだ。今回オルドラへの香辛料の輸出は行わない事を先程決めた。香辛料がオルドラへと行くとしたら、転売のみだろうからな。そこすら厳しく規制するつもりだから、確実にオルドラへは届きにくくなる」
オルドラと聞いた流は、殺盗団の事を思い出し嫌な気分になる。
「オルドラですか。確かにあそこへは売りたくは無いですね」
「ああ、だから何かしらトエトリーに報復はあるだろう。大使館はすでにあんなだしな」
「本当にオルドラって迷惑ですね、私もよくお客さんから相談されますもの」
「ま~関わらないのが一番だぜ。もっとも来たら返り討ちにしてやるんだろ、ナガレ?」
「おいおい、俺は真っ当な商人だぜ? 勘弁してくれよ」
そんな話をしながらも流はオルドラとの間に、また戦いが起こる気がしてならなかった。