010:妙薬は口に辛し
「準備がイインデスネ、〆衛門」
「〆:それはもう、お戻りになると思っていましたので念入りに準備させました」
「やっぱり知ってたんじゃねーかよ!」
「〆:ふふふ。さぁ、冷めないうちにお召し上がりください」
「おぉ、これはまた……」
それは京懐石のようでもありながら、季節を問わず流の好物が並んでいた。
まずは食前酒で喉を潤す。
「〆:まずは先付から、明石産の鱧の湯引きを紀州産の梅肉でご堪能ください」
「贅沢だな……じゃあ早速。――うまい」
流は一言「うまい」と、だけしか言えなかった。人は本当に美味なる物を食べると言葉が少なくなるのだと魂が教えてくれる。
「〆:次は前菜の三品です。右から伊勢海老の新丈、四万十産の鮎の南部焼き、その辺の川に居た川海老の握りです」
「ちょっとまて、最後の何かおかしくないか、色々と!?」
「〆:まぁまぁ、そう言わずに食べてみてくださいな。お腹を壊すのは私じゃありませんし」
「ったくおまえなぁ~。まぁ他のは美味そうだし……」
(大体川海老って生で食えるのか? 〆が変なの出す訳ない……あるのか?)
「〆:ム、今失礼な事を考えてましたね? 川海老でも生で食べれる事が出来る物もありますよ。それはさて置き、お酒は何がよろしいですか? 本日の料理に合うのは飛〇喜の大吟醸か、十〇代の龍〇等はいかがでしょう?」
「うーん、ジジイがよく飛〇喜を呑んでいたからそれにしようかな」
「〆:かしこまりました」
奥から因幡が頭の上に酒の盆を頭に乗せてトテトテと歩いて来る。耳が潰れているけど痛くはないのだろうか?
「お待たせしましたのです。どーぞ、お客人」
因幡は意外としっかりとした持ち方で冷酒器より冷えた酒を注いでくれた。
「このぐい呑みもいいねぇ。こんな江戸切子見た事ないな、角度によって色が変わるなんてあるのか? たまらない……この鋭利な角度で削っているはずなのに、なんで巻き込むように中まで斬り込みが続いているんだ? 意味が分からない……それにこの軽さと来たら、まるで『うすはり』のようじゃないか」
「〆:はいはい、古廻様。お料理が冷める前にお食べくださいね」
「お? 悪い悪い、つい良い物を見ると、な?」
「〆:ふふふ、本当に骨董がお好きなのですね。このぐい呑みは天保後期に高名なビードロ職人が作ったとされる妖器です」
「ぶほっ!? ちょっとマティ! また……泣いたりしないよな?」
流は一口呑んだ酒でむせてしまう。
「〆:ええ、大丈夫ですよ。見る者の心を虜にする位の弊害ですからね。魅了が進めば器と毎夜お話する位ですから問題ありませんね。それに古廻様なら今更では?」
「ぐぬぅ言い返せないのが辛い」
「そうですよ番頭さん、お客人は幼女の尻を貪るのが趣味なのですよ」
「お前ら、叩き斬ってもよい?」
おもむろに美琴へ手をかけると、因幡は兜に折られた〆を頭に被って逃げていく。
「はぁ。うるさいのも居なくなったし、ゆっくりと堪能しますかね。まずは伊勢海老の新丈か……」
箸でそっと撫でるとほろりと崩れ、不思議な色の餡とマッチした伊勢海老が顔をのぞかせる。そして餡をふんだんに絡めた伊勢海老を待ちきれない口へと落とし込む。
そして一口噛みしめる。
「っ!? 嘘だろ……新丈? これが? 海老の旨味を凝縮してるのに、くどい嫌みが無い。それでいてこの爽やかさはどうだ。フライよりも濃厚で、生よりも食材自体の甘味があり、海老なのにプチンと弾ける弾力が、通常の伊勢海老とは比べる事すら烏滸がましいほど……そう、海老と言うジャンルその物が化身したかのようだ」
自分でもアホな事を言っているとは思うが、それしか表現出来ず「美味さの本流」を体全体で感じる。
憑かれたように一心不乱で食べ終えると、次は鮎の南蛮焼きへ箸を進める。
「ふ~む。見た目はありきたりな感じで、一度片栗で素揚げした物か?」
箸を背に入れてみる。するとありえない現象が起こる。
「は? パリっとした感触があったぞ? まさか……」
一口食べると驚く事に揚げたてだった、しかも甘酢がかかっているのに関わらずサクサクだった。
「んまい!? 甘酢の酸味が何の酸味だ? 酢じゃない、何か濃厚な味の果物だ。しかも鮎の繊細な風味をパンチの強い甘ダレが全く邪魔していない! ありえないだろうこれは……付け合わせの玉ねぎも異常だ。玉ねぎの味がシッカリとするのに、みょうがの風味が同時に来る……しかも絶妙にマッチしてる。更に骨もカリカリに揚がっているのにも関わらず、身はホッコリと柔らかいとか……もう意味が分からない」
驚きの連続で大満足中だったが、ついにアレの番になってしまった。そう、川海老握り(その辺の川産)に。
「……しかも寿司? 川海老の? って言うかこの川海老デカくない? それに色がなぁ」
あらためて見ると気持ち悪いほどの青色をしている。
何かケミカル感たっぷりの、海外のお菓子のような見た目と産地に戸惑ってしまう。
「ここまで美味しかったよな……あぁ、今まで食べた事の無い味ばかりだった。でもこれは……食えるのか??」
飛〇喜をゴクリと一口呑み込み、鼻孔を突き抜ける吟醸香のフルーティな余韻に浸りつつも、現実を直視する流はついに決断する。
「よし、食ってやる!」
覚悟を決めて右手で寿司をつまむと、生醤油にスっと浸し口に放り込む。
「――――うま……す……」
(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!? 殻があるのに柔らかい! 味噌は複雑な旨味すぎて表現が無理無理無理! ダメだ美味すぎて咀嚼が止まらない!!)
その後、次々と運ばれてくる料理を一心不乱に食した流は、〆の登場で我に返る。
「〆:古廻様、随分とお気に召されたようで何よりでございました」
「え、あ。〆……か。何だか不思議な気分だよ。前菜までは覚えているんだ。と言うかあの川海老……そう、あの川海老だ!! あれは何だ? アレを食べてから記憶が飛んだぞ!」
「〆:まぁまぁ、それはよろしゅうございましたね。あの川海老は異次元の中に存在しておりまして、どこにでも居るし、どこにでも居ないのです。なのでそこの川で捕まえたんですよ」
そこの川を思い出す……精神衛生上にとても良くないので流は考えるのを止めた。
「あまりの美味さに他の料理の異常さを味わえなかったのが残念だが、おかしなくらい美味かったのは覚えている……とんでもない満足感だなこれは。ひょっとしてこれで帰れる?」
「〆:無理だと思いますよ。それより最後のデザートがありますがお召し上がりになります?」
「是非くれ! 今すぐ、ハリハリハリ!!」
箸を両手に持ち囲炉裏のテーブルの上でトントンしている流を見て〆は苦笑いをする。
「〆:落ち着いてください、それじゃあ最後のデザートは〆の一品! わ・た・しです♪(きゃ)」
そう言うと〆の中からコロリと飴玉が一個転がり出た。
「チェンジで」
「〆:クーリングオフは受け付けておりませんので、悪しからず」
「ぶった斬られたいのかあああああ!! はぁ~期待して損した。茶でも飲んで風呂入ろう」
もう遠慮はいらないと、自分の家のように振る舞い始める流であった。
「〆:ちょ、ちょっとお待ちください。冗談では無くこの飴は特殊なんですよ? 一口舐めれば乳の味、さらに舐めるとイチゴの味、もっと舐めるとワサビ味になります」
「それどんな罰ゲーム?」
「〆:本題はここからです! ワサビを克服すると……」
「すると?」
「〆:エリクサー味になりまーす! わ~パチパチパチ」
流はおもむろにメモ用紙状態の〆をひっくり返す。
「『エリクサーとは、古代エリクシル星人がもたらしたと言われるトンデモ薬である。出典:出来る! 嘘と捏造は蜜の味! 第1980ページより』って書いてあるんだけど?」
流は〆の裏側に書いてある秘密を暴露した。
「〆:酷いです、女の秘密を暴くなんて! 古廻様の鬼畜!」
「俺が鬼畜ならお前は妖怪お化け屋敷だよ。で、この効果の程は?」
「〆:まず本物として認識していただき、ありがとうございます」
「そのための川海老だったんだろ? そんな嘘くさい飴玉を誰が信じるよ。あの強烈な味を体験し、さらにその出所を信じさせるほどのインパクト。――だからこそ、胡散臭い飴玉も信じる気になるってもんだろ?」
あの川海老の寿司はそれほどの味わいだった、誰かが食べて人生観どころか、生き方そのものを変えたと言われても納得するほどの衝撃だったのだから。
「〆:……流石、本当に流石は古廻様です。度々驚かされましたが、今回はそれを上回りましたね。はい、仰る通りです。あの川海老は固定観念を打ち払うために、用意させていただきました。効果が発揮する条件として『その効果を疑わない』と言うのがありますからね。海老の捕獲に八十九年かかりましたが、用意出来て良かったです」
「相変わらず意味が分からんが、この骨董屋さんなら可能なんだろうと、そう思う事にするよ。で?」
そう流が告げると〆はエリクサーの簡単な説明をする。
「〆:元々エリクサーは賢者の石と呼ばれる物から出来た生物とも鉱物とも液体とも言われており、または賢者の石その物とも言われています。その液体化した物を乾燥させ固めたのが、先ほどお渡しした飴玉なのです。
「なぜ飴玉に?」
「〆:あれを人の身で使おうとすると、強烈な拒絶反応が起こり、癒す所か悶絶死します」
「怖すぎだろ」
「〆:なのでそれを緩和し人の身で使用できるように、人に馴染ませる魔術儀式の一つとして、あの味変わりなのです」
そこまで話を聞いた流は一つ疑問に思う。
「つまり噛まないでそのままワサビの拷問に耐えた後に、効果が最大限発揮すると?」
「〆:はい、その通りですね」
「で、何でまたワサビ味に?」
「〆:一言で言えばそう、ですね……趣味……ですかね?」
「アホカー!! 全くお前と言う奴は……で、効果はどうなる?」
「〆:はい、効果は不老不死とまでは行かずとも、すでに無い欠損部位の修復から深爪まで、何でも一瞬で体力も何もかも、一定時間連続で回復します」
流石の流もこれには驚いた。
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