009:【異怪骨董やさんは知っている】
「〆:あら、あらあら? 古廻様どうされたのですか、随分とお早いお帰りで」
流は異怪骨董やさんへ帰って来れた安堵感からか、急速に意識が飛んでいく。
「〆か……俺は満足した、しかも大満足だ。だからもう……かえ……る」
そう言うと流はその場に崩れ落ち意識を失った。
「〆:一体何が……でも満足されたようで何よりです。さて、お部屋とお布団の用意をして来ますかね。あなたは流様の事を頼みましたよ」
〆は誰にともなくそう言うと、奥へと紙飛行機になって飛んで行く。
その様子を一羽の白兎がじっと見ていた。
(ここは……何処だ……白くて暖かい……あぁ、手がひんやりとして気持ちがいい……そうだった、俺は骨董屋さんに付いてそのまま意識を失ったのか?)
首を上げようとしたが、まるで動かない。仕方なく目線だけ手を見ると、手を冷やしてくれているのか、髪は艶やかな黒絹のようで、着物は品の良い白い姿のとても綺麗な女性の横顔が見えた。
(誰だろう……でも気持ちがいい……痛みが引いていく……)
そのまま流はまた意識を失ったのだった。
「ハ!? ここは……やったぞ! 知らない天井だ!!」
突如意識が覚醒する流。そして目にする知らない天上を見てお約束を忘れない漢、それが流である。
「まあ、骨董屋さんなんだろうが……こんな部屋もあるのか?」
見渡すと十二畳程の部屋に趣味の良い置物が飾られた和室だった。美琴は流の枕元にあるのが何故かすぐに感じる事が出来た。
「手はどうだ……って、なんだこれ? あ! こいつはあのお菓子か!?」
流は自分の手に乗っているひんやりとした重い物を見る。するとそこには以前、流が落とした和菓子のウサギが随分と大きくなってポテンと乗っていた。
「お前が冷やしてくれてたのか、ありがとうな。どれ、お礼に食べてやろう」
どこの鬼畜かと思うような酷い事を言いながら、流はウサギを捕まえようと手を伸ばし鷲掴みにし、口に入れようとしたその時。
「ヒェェェェ。ボクを食べないで~」
と間の抜けた声がすぐそこから聞こえる。
「え? どこから……だが断る! 極上のスイーツは俺の物だ!」
そう言うと流は誰かの懇願も無視し、ウサギの尻尾を貪る。
「う、うま~い!! この前食べた時よりも濃厚な味わいと風味が増してるぞ。最高だ、もう一口……」
「ひゃぁあ!? もうこれ以上はだめなのです」
そう言うと和菓子のウサギはピョンと跳ね、流から距離を取った。
「うわ! え? 生きてるのコレ? 生物なのかよ……和菓子なのに?」
「もう!! ボクは生きているし和菓子でもないのですよ。ボクは『因幡の白兎』って名前があるんだからね」
因幡の白兎を見ると、怒っているのかスタンピングを激しく〝スタタタン〟と三回した後に、もっふりとした毛並みなり、二本足で立ち上がった。
「ほら、これがボクの姿なのです」
「マジかよ……お前食べたら美味かったぞ、しかも極上に」
「それはそうだよ、ボクを食べると色々元気になるのですよ。お客人も元気になったでしょ?」
「それ何パンマンだ? って、これは……」
流は自分の右手を擦りながら、筋肉や関節の激痛が嘘のように無くなっているのを感じ、さらに体中の打身や擦り傷も無くなっている事に気が付く。
「お~本当だ! 凄いウサギだな~」
「ウサギじゃないのです。因幡の白兎なのです」
「長いな……じゃあイナバシロで」
「どっかの湖みたいな略し方しないで欲しいのです!」
「我儘なウサギだ。ちっ、選べ。『シロ』か『イナバシロ』か『ワガシ』の三択だ。わたがしは殿堂入りしてるから却下だぞ?」
「酷いです! 特に三つ目がひどいですぅ」
わたがしが選べない事なのか、それとも違う原因なのか、因幡の白兎はさめざめと泣いた。
丁度その時、入口の襖がすっと開き、〆が紙飛行の姿で飛んでくる。
「〆:もう何をしてるんですか古廻様は。この子が泣いてるじゃないですか、ほら可哀そうに目が真っ赤ですよ」
「いや、白ウサギだから元々だろ?」
「〆:それもそうでしたね」
「「あーはっはっはっは」」
「もう! 二人して酷いのです! もう知らないのです!」
「〆:ごめんなさいね、ついつい面し、いえ仲がよろしいのでついね」
「ついが何度あるのですか! 番頭さん、ひどいのです」
「〆:ふふ。それと古廻様、この子の名前は『因幡』と呼んであげて下さいね。それと背中から食べるのは止めてあげてくださいね。昔この子が神様に悪戯されて、怪我した背中を塩水漬けにされて酷い目にあってからトラウマなんですよ」
やっぱり「神話の話ってあるんですね」と、流は遠い目で庭を見る。鹿威しがコーンと鳴り響いていた。
「ともあれ、因幡ありがとう助かったよ。ずっと冷やしてくれたんだろう? とても気持ちよかったよ。そして薬? もありがとうな、また食べさせてくれよな」
「う、うんあれは……そ、そうだね。また機会があれば食べても良いよ。でも今度はちゃんとボクが良いって言ってからなのですよ?」
「分かった、楽しみだなぁ 因幡のお菓子は」
にやにやしている流を見て〆が溜息を吐きつつ苦言を呈す
「〆:はぁ~古廻様が幼女の尻を貪る趣味がおありと存じませんでしたが、あちらの世界ではほどほどにして下さいませよ? 流石に幼女趣味はあちらの世界でも異常と思うので」
「ちょっとマテ! 幼女? 因幡が?」
「失礼な、ボクは幼女じゃないですよ。本当の姿は一度見たら夢に確実に出るほど綺麗系なおねいさんなのですよ!」
「〆:でも今は幼女なんでしょ? 今後の成長に期待ですね」
「あ~ぅ……」
因幡は耳がシュンと垂れてしまった。
「そ、それはすまなかったな。でも美味かったのは事実だから元気出せよ」
「それは慰めになってないのです」
「〆:古廻様、幼女であろうがなかろうが、女の尻を貪る行為は如何なものかと思いますよ? しかも無許可で」
「ちょっとマテ、人が聞けば誤解されるような言い方はよせ」
「〆:時に、今後のご予定は如何なさいますか?」
「サラッっと無視しやがって……そうだな、もう満足したから家に帰って熱い風呂でも入って寝るさ」
「〆:そう……ですか。でも本当によろしいのですか、このままお帰りになっても?」
因幡が外から入って来た蝶々を追いかけ始めたのを見ながら、流は異世界の事を考えていた。
(セリアとの約束があったが、まぁ無事だろうし問題ないだろう。あ、でもペンダント返してないな……)
「ま、ちょっと気になる事はあるけど、大満足なのは違いないから問題ないだろう」
「〆:そうですか、それなら今すぐお帰りになりますか?
「そうだな、じゃあ帰るとするか。美琴はこのまま持っていても?」
「〆:ええ、問題ありませんよ。むしろ私達を除き、古廻様以外が持つ事は不可能でしょうし」
「それは随分と好かれたものだ」
流は美琴をそっと撫でるると〝ふるり〟と揺れた。
「じゃあ美琴、行こうか」
美琴を手に取り入口へ向かう。長い廊下には見たことも無い骨董や美術品が品よく陳列されているのを見ると、思わず愛でたくなってしまう。
そんな誘惑に打ち勝ち店に戻ると、そのまま入口へと向かい玄関の前まで来る。
「それじゃあまたな〆。あ、それと俺はここにまた来れるんだろう?」
「〆:はい、それは何時でも。(でもその心配は必要ないかと思いますが)」
「ん、最後に何か言ったか?」
「〆:いえ別に、それでは古廻様ごきげんよう」
「あぁ、またな」
流は玄関の引き戸を開ける。以前の何もしても動かないような抵抗感は無く、今度はすんなりと拍子抜けする程に普通に開かれた。
「おお! ちゃんと開いて良かった。さて帰るか~」
と、一歩踏み出し進み出る――が。
「〆:お帰りなさいませ、古廻様」
「……は?」
流が店から一歩外へ踏み出したと思ったら、また異怪骨董やさんの店内だった。催眠術とかそんなちゃちなもんじゃない、もっと異質な何かだった。
流は額を滴る汗を拭う事もせず語りだす。
「あ……ありのままい――」
と、〆がかぶせるように話す。
「〆:ハイハイ、画像も無しに滑稽な事は言うのはお止め下さいね。とりあえずお帰りなさいませ、ようこそ異世界ライフへ」
「お前、こうなる事を知ってたな? はぁ。道理で素直に帰すと思ったよ」
「〆:失礼な。古廻様が本当に満ち足りた顔をしておいででしたから、ちゃんと帰れると思っていましたよ。だから引き戸も開いたじゃないですか?」
「言われてみれば最初は開きもしなかったな」
「〆:ええ、だから満足したのは間違いはないのでしょうね。でも何か心残りがある……違いますか?」
流はポケットの中にあるペンダントを握りしめる。
「ったく、お前には敵わないねぇ」
「〆:ふふふ、二つも心残りがあればそれはもう」
「っ!! お前知ってたな? それでそのしたり顔かよ。本当に性格が悪い妖怪屋敷だ」
「〆:む、妖怪屋敷じゃないですよ。全く失礼なお方ですね」
「失礼なのはお前のプライバシー侵害だよ。はぁ~、もう疲れたから飯の用意してくれ」
するとコトリと背後で音がした。それは確認するまでもなく豪華な膳が用意してあった。