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菜食主義のライオン(1)


 黒塗りの大きな扉が開かれ、彼が笑顔で迎えてくれた。

 トニー・ロドリゲスというのが彼の名前で、僕の想像は、細見で知的なイメージか、大柄で男性的なイメージかの、2つに別れていたけど、彼は後者のまさに大柄な男性だった。

 アメリカ人らしい親しみのある笑顔を浮かべたトニー氏に対して、少々威圧を感じながらも僕の方も笑顔で挨拶し、玄関から廊下へ、廊下からリビングへと案内された。

 実にアメリカじみた広々とした一つ一つの間取りのスケールの大きい造りのリビングだった。キッチンは横に長く、天井は高く、広い窓からは強い日差しを受けた庭先が見渡せた。「コーヒーもあるよ、ビールもあるし、それからウイスキーもあるよ」もちろんお酒ではなく、コーヒーをお願いした。

 テーブルにグラスが置かれてから、僕は改めてトニー氏の風貌を眺める事になった。太く硬そうな白髪の頭髪、分厚い顔の皮膚、あと少し手入れを怠れば不潔で品が悪く見える所をギリギリの線で身だしなみとして保っているといった無精髭。海兵を引退した執筆家のようにも見える。つまりその瞳の奥からは知性が見て取れるのだ。一見いかにも無骨な大男といった印象だが、その物腰から、親しみのある人柄と気遣いのできる品位が伺える。頭が良さそうだ。それで僕はトニー氏を目の前にすると、謙遜せずにはいられなかった訳だ。彼はグラスにアイスコーヒーをパックから注いで言った。「わざわざ日本から私の話を聞きてくれるなんて光栄だ」そして目尻に深いシワを寄せた。それは、世の中の闇を見てきた抜かりのない鋭利な黒いものにも見えたし、同時に、慈しみのある深い何かにも見えた。僕は言った。

 「こちらこそ貴重な話を聞ける事になって光栄です。今日はお会いしていただいてありがとうごさいます。たまたまウェブのページで『菜食主義のライオン』という言葉を耳にした時、何かとても心に引っ掛かった、というか、特別な響きを感じ取って、ぜひインタビューしたいと思ったんです」

 トニー氏は少しうなずきながら笑みをこぼした。「いやあ、世の中には変わった人がいるもんだね、電話で言った通り大した話にはならないよ、少々奇妙な所はあるが、涙をさそうような感動的な結末もなければ、息を飲むようなサスペンスもない、ただの菜食主義のライオンが実在したというささやかなエピソードだ」

 「私の方はそれでかまいません、それが実話であるなら是非お話をお伺いしたいです」

 「それなら少しは期待に添えられるかもしれないね」そう言って彼は微笑んだ。でもそれは空気を和ませるための気遣いでしかないように思えた。「それにこの話には悲劇がある。そういった意味ではドラマがあるかも知れない。だからあるいは、あなたにとって今日のこの時間は、少なからず記憶に残るものになるかもしれないし、あなたにとっての何かしらの教訓になるかも知れない。でももちろん、ただの無意味なインタビューとして時間を浪費して終わるかも知れない。それは私にもわらないね」

 それからトニー氏は、何かを案じるみたいに顔色を曇らせて、窓の外の遠くの方を睨んだ。そして手を組んで、目を少しだけ伏せてから言った。「一つだけ断っておく事がある」と。「おそらく私はこの話をした後、自分の殻に一人で入り込む事になるかも知れない、それにもしかしたらあなたはこの話を聴く事で、私の事を軽蔑し、言葉を交わしたく無くなるかもしれない、それ程この話には深い因縁があってね、だからあらかじめ言っておきたいんだ、この話をした後は多分私は一人で時間を過ごしたくなるだろう」

 僕にはどういう事かよく分からなかったけど、何かしらの事情があるみたいだった。トニー氏は続けた。「つまりインタビューが終わった後の接待などは出来ないという事だよ、申し訳ないが分かっていただきたい。ディナーくらいはご一緒しないと普通は失礼だからね、それは先に言っておかないと」

 「大丈夫ですよ、日本ではそれが普通ですから、どちらかというとディナーを振る舞われた方が遠慮してしまって気苦しいかも知れません」

 そうか、それは良かった、そう言ってトニー氏は隠された秘密の箱をゆっくりと開けるみたいにして、重たい沈黙の後に口を開いた。

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