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1-8『異様な変質者』

「はぐっ、むぐ。もぐ、もぐ」


「あんま食べすぎんなよ、今の状況じゃどれも貴重な食糧だ。あと菓子の包み紙は自分のポケットに――」


「うん、おいしい」


「おう、話聞いてねえなおめぇ」


 コンビニから出た時と比べ随分と軽くなった袋を若干投げ出すように持つ座織は、食べることに夢中になっているゆうすけの横顔を眺めながらその能天気さに呆れる。

 だがその姿にどこか羨ましさを覚えつつ、座織はスマホで現在時刻を確認した。


「……まあ薄々察してはいたけどさ」


 予想通りというべきか、デジタル表記の時計には左から先頭に0が三つと9が一つ数字が並んでおり、座織はとうとう屋外で日付を越えてしまったことに天を仰いで溜め息を零した。


「これが大学デビューってやつか。……いや違うか」


「朝、絶対起きれねえよなぁ」と小言を垂れつつ、どうしたもんかと親指と曲げた人差し指で顎を摘む。


――どう足掻いても抜け出せないこの謎空間、時間的にも人が通ることは期待できない。なら朝まで耐久か?


 越してきたばかりで土地勘ゼロ、おまけに無闇矢鱈に歩き回ったせいで現在地が何処なのかという憶測すら立てられない。そもそもそれが分かったところで、現状どうしようもない。

 そして恐らくだが、ゆうすけにも期待出来ないだろう。自分で帰り方が分かっているのなら、あれだけ大泣きして走り回るようなこともせずさっさとそうしている筈だ。


「あれ?」


 ここでふと、座織の内に一つの疑問が生まれた。と同時に、それが本来であれば出会った直後から、真っ先に尋ねるべきことの一つであることに気が付いた。


「バカか俺は。……バカだったわ」


 即ち、どうしてゆうすけはこんな時間に外を出歩いていたのかということに。


「なあ、ゆうすけ。お前なんでこんな時間に出歩いてんだ? そもそも、何をあんな必死に走ってたんだ?」


 単刀直入に、座織はお菓子で腹を満たしたゆうすけに問い掛ける。

 そしてそれは本当に、余りにも遅すぎる問い掛けだった。


「え?」


 その問いを受けて、ゆうすけは鳩が豆鉄砲を食らったような表情で座織を見る。

 しかしその目はどこか困惑めいたように不自然な挙動で、落ち着き無く行き場を彷徨わせていた。


「……? あれ? えっと、あれ。ここ、あれ? おかしい、へんだ、お姉ちゃんたちは? 食べられた? あれ、おかしい、へんだ」


「ゆうすけ? ――ゆうすけ!」


 最初は目を瞑り、うーんと腕を組んで見せたゆうすけであったが、唐突にハッした表情になると視線を彷徨わせ、うわ言のようにぶつぶつとそんな事を呟き始めた。

 そしてそれは徐々に勢いを増し、流石におかしいと異常性に気付いた座織は、宥めるつもりでゆうすけの肩に触れた。

 その瞬間、


「あっ、あぁ……あぁ、ああああああああああああ!!!!」


「お、おい! どうした!?」


 突然、ゆうすけは膝を立てると両手で頭を抱え、その表情を恐怖に歪めガタガタと全身を震わせ大声を上げた。


「ゆうすけ、しっかりしろ!」


 座織が必死に背中を摩り声を掛けるも、まるで効果が無い。まだ少しだけ残っているお菓子を見せても、一切反応を示さない。なによりその異常な怯えようは、まだ幼い彼の身に何が起きたのか想像もつかせなかった。

 だが座織は直後に、その理由の一端を知ることになる。



「ふむ、そろそろ頃合でしょうか。これ以上は使い物にならなくなりますからねぇ。キヒッ」



 唐突に、この状況には到底似つかわしくない明るく陽気で不気味な声が、路地の向こう側から木霊した。


「あ、あぁ……」


 そして、どれだけ座織が宥めようとも終始平静を取り戻すことの無かったゆうすけが、そのたった一言に震えを止め、体中から力を抜く。

 しかしその仕草が安堵からではなく、自棄になった挙句諦めた者のソレであることに、この場に居る誰の目からでも、つまり座織ですらも理解できた。



「悪いけど、取り込み中なんで変質者はお断りだ。てか変質者なら例外なくお断りだ。そのまま回れ右して帰ってくれねーか?」


「おや、これは大変失礼しました。私、空気を読むのが大変苦手でして、えぇ。キヒッ」


 路地の向こう側から聞こえた声はそう言いつつも、飄々とした口振りで一歩一歩、着実に座織達との距離を詰めていく。

 街灯より先に居る所為で、座織には男の姿を輪郭でしか捉えることが出来ない。だがそれでも、その奇妙さに警戒心を抱くのは必然だった。

 なぜなら、男の頭部はフードのような被り物をしている所為か独特の丸みを帯びており、また体の輪郭を隠すように先端がボロボロのマントを靡かせている。加えて明らかに意識して声を高くし、おまけに喋る度に気色の悪い語尾を付ける。暗闇において一定の距離に近付くまで己が容貌を悟らせんとする男に、警戒しない者など居ないだろう。


「ゴーアヴェってんのになーんでこっちに来るかな。オタクもしかして方向音痴? なら今の俺たちと一緒だな」


 ゆっくりと、しかし確実に迫る声と足音に、座織は冷や汗を流しつつ男と同じ速度で後退する。

 その際にゆうすけの腕を掴み立ち上がらせることも忘れない。

 そして自身の体の震えを隠すように上着の袖に腕を通すと、そのままゆうすけを抱え、反対方向へと全力で駆け出した。


「おやおや、袋を忘れてますよ。……あ、キヒッ」


「落し物ってことで交番に届けておいてくれ! そのついでにお巡りさんに色々お話でも聞いて貰え!」


 背後から聞こえたのんびりとした声に、座織は舌を噛まないよう気をつけながらそう返す。そして取って付けたような語尾を最後に、気が付けば変質者の声は聞こえなくなっていた。


――なんだアイツなんだアイツなんだアイツなんだアイツ!


 それでも尚、座織は足を止めることなく一心不乱に路地を駆ける。その心は焦燥に支配され、加えて本能が“あの男から離れろ”と叫んでいる。

 それは小学生の頃のトラウマからか、勿論それもあるだろう。しかし、当時とは明確に違うことが一つあった。


――殺す気だった、殺す気だった、殺す気だった!


 当時座織の前に現れた不審者は、所謂露出狂と呼ばれる類のものだった。頭のおかしい輩であることに違いは無いが、見せるだけ見せると直ぐに走り去って行っただけ、今にして思えばまだ可愛げがあったのだろうと座織は思い返す。

 なぜなら座織が先ほど会話を交わした変質者は、通り魔のソレに近い雰囲気を纏っていた。しかもその殺気は、喧嘩や暴力沙汰に疎い座織ですら肌に感じる程だったのだ。

 となれば、急いでその場から離れるのは至極当然の判断だ。そして座織は(叶うならば、この勢いのまま謎空間からも抜け出せたら)などと考えた瞬間、


「おや、随分お早いお帰りですね。キヒッ」


 座織のほぼ目の前、街頭の明かりの下、顔の上半分を隠す髑髏の面を付けた変質者は、唐突にその姿を現すと舌なめずりを一つして、優雅に不適に微笑んだ。


「んなっ!?」


 その衝撃は幾許のものか、ともかく座織はすぐさま後退しようとその場で足を止める。それは理性からかけ離れた、本能から来る反応だった。

 しかし勢いがついている上に子供を抱えた状態でそのようなことをすればどうなるのか、座織も平時であればすぐに理解できただろう。

 結果、座織は踏ん張りを利かせられず酔っ払いのように足をよろめかせる。


「そーれ」


 そしてその踏ん張りも、気が抜けるような掛け声と共に足元目掛け放たれた鋭い一蹴りで一掃された。


「……ぐぅっ!」


 ただでさえ不安定な状態で足元を掬われれば、転倒は必至だった。

 だが接地の寸前、抱えたゆうすけを押し潰してしまわないよう座織はどうにか体を捻ることで、ゆうすけが怪我を負う事態を免れる。

 しかし誤った受け身の負担は彼の左腕に集中し、座織は苦悶の声を上げた。


「おや、すみませんねぇ。私もあまりこういうことはしたくないのですが、如何せんそろそろ時間が惜しいもので。キヒッ」


 そんな座織を見下ろしながら、髑髏仮面の男は口先だけの謝罪を述べると座織の肩を足で押し仰向けにする。

 そしてその足で座織の肩を地面に抑え付けたまま、右手を彼の懐へと伸ばした。

 即ち、


「ぼうや、怖くないからね? お兄さんと一緒に来ようね? キヒッ」


 男の手は、その行き先をゆうすけに定めていた。


「! させるか!」


 それに気付いた座織は、ゆうすけに覆いかぶさるようにして男の妨害を図る。

 本来なら両腕で抱きかかえたかったところだが、失敗した受け身の衝撃で左腕が上手く動かせず、そのような手段を取らざるを得なかった。

 だが、


「はぁ、あなたも面倒な人ですね、えぇ。急いでいると、言ったでしょう?」


「あ、れ?」


 ふと、座織は胴回りを締め付けられるような感覚に襲われると同時に、妙な浮遊感を覚えた。


「少し眠ってて下さいね。キヒッ」


「え?」


 そしてその浮遊感が錯覚でないことに気付いた時、既に座織は再び地面へと叩きつけられていた。


「あがっ!」


 ビリビリと、肘をぶつけた時のような痺れが全身に走る。ギリギリと、骨が擦れるような不快感が痛みに変換され、無様な声を上げる。

 そして衝撃により座織の瞼は徐々に重みを増し、加えてジワジワと視界がぼやけていく感覚を自覚しながら、しかし到底抗えないその波に流されないよう必死にしがみ付く。

 今ここで意識を手放すことは、ゆうすけを危険に晒すことと同義なのだからと己に言い聞かせ、どうにか立ち上がろうと手足に力を込める。

 しかし、


「おやすみなさい」


 軽い足取りで近寄り座敷の前に立った男はそう言うと、見上げる彼の顔面を蹴り抜いたのだ。

 そしてその寸前、座織は男の背後にあるモノを見た。


「っぁ……」


 最後に見たソレはなんだったのか。座織は驚愕に目を見開きながらも最後に何か告げようと口を開き、


「がああああああああああぁぁぁぁ……ぁ……」


 直後背中に、まるで巨大な岩が落ちてきたかのような衝撃が走り、遂に意識を手放した。

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