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1-6『魔法少女の食糧事情』

「いやー、雰囲気やら緊張感やら諸々ぶち壊して申し訳ないですなー」


「別にいいわよ、あんたがそういう子なんだってことは骨の髄まで理解してるから」


「それに晩御飯もまだだったよね。気付かなくてごめんね、ハルカ」


「や、そんなマジトーンで返されたら、ハルカさんちょっと困る」


 先程までの暗い雰囲気は嘘のように消え、どこか暢気な空気を纏う少女達は、目指す場所に向け迷い無く歩を進める。

 新たに縄張りの目星がついたのか? 否、そうではない。仮にそうだとすれば、恐らくは少女達の表情は笑顔の裏に若干の緊張感を滲ませていただろう。

 しかし少女達にその片鱗は一切表れない。だとすれば、それは間違いなのだろう。

 では、一体少女達は何処に向かっているのかといえば、


「ふん、ふふん♪ とうちゃーく」


 そこは数台の車やバイクが停められ、美的センスの欠けたジャケットを着た男達が数人屯し、昼夜変わらぬ輝きを放つ、俗にコンビニと呼ばれる場所であった。

 鼻歌を口遊み、上機嫌を絵に描いた風な足取りで歩くハルカと、それに続く少女二人。


「じゃあいこっか」


 そしてハルカの言葉を皮切りに、少女達一行はコンビニへの一歩を踏み出した。



『伊和久さーん、これ出しといてくれるー?』


『はーい!』


(来る。ハルカ、認識阻害お願い)


(あいあいさー)


 コソコソと壁に耳を当てたオトハが、身振り手振りでハルカに合図を送る。それに応じて、ハルカは自身に求められていることを実践する。

 すると見る見るうちに少女達の体が透け、最後には見えなくなる。傍目にこの光景を見た者が居れば、恐怖で腰を抜かしても不思議ではないだろう。

 だが幸いなことに、その瞬間が第三者の目に留まることはなかった。


(できたよー)


 準備が完了したのだろう、ハルカが地面を指でコツコツと鳴らし、それぞれが定位置へと身を置くと息を潜める。

 それとほぼ同時に、コンビニの“裏口の扉”が開かれた。



 コンビニへの第一歩を踏み出した少女達は、そのまま中へ入ることはなかった。

 ある程度近づいた後、周囲を警戒しながら円を描くように遠回りで、最後には建物の裏側に辿り着いたからだ。

 何故店内へ入らなかったのか、その理由は至極単純。現在の少女達は、俗に言う一文無しと呼ばれる状況にあるからだ。


 年齢で言えば、少女達はまだ小学生であり働くことは出来ない。また魔法使いであることを含んだ様々な事情から頼れる大人も居ない。

 しかしそれでは生きていくことなど到底出来やしない。現代に置いてお金も無く、また頼る相手も居ないとなれば、待っているのは飢えに苦しむ未来だ。

 故に少女達は、時に自販機の底に眠る小銭に手を伸ばし、またある時は生ゴミが入った袋をカラスと奪い合い、またある時は――


「獲ったどー!」


「撤収! 撤収! ゴーゴーゴー!」


「良かった……。これで朝まで凌げる」


 コンビニ店員の目を掻い潜り、袋に詰められた消費期限切れの弁当をバレないように掻っ攫う。そうやってその日暮らしで、少女達は一日一日を乗り切っていた。


「これで、食料、は、問題、ないわ、ね! あとは、どこで、食べるか、だけど」


「公園で、いいと、思うよ。寝泊り、まで、しないなら、不可侵、条約、に、反しない、と、思う」


「でも、案外、人目に、付き、そー。警官、に、見つ、かったら、まず、間違い、なく、一晩中、追いかけっこ、だよね」


 見事、隙を付いて奪取した袋を抱えた少女達は、一心不乱にコンビニから遠ざかりつつ次の目的について相談する。即ち、何処でそれを食べるか。

 舌を噛まないよう若干過剰気味に言葉を区切りながら走る少女達は、先送りにしたその課題に再び頭を捻ることになったのだ。


 さて、現在時刻は23時に迫った頃、普段の少女達なら座織に追い出された部屋で眠りについている筈の時間帯だ。

 だが先の理由から、少女達は新たに寝床を確保するまで眠りに就くことが出来ない。故に、他に寝泊り出来る場所について考えなければならない。

 しかし当然、睡眠のルーチンが崩れれば脳の回転能率は著しく下がるだろう。そうなれば、周囲に対する注意も散漫になる。

 つまり何が言いたいのかというと、

 

「ぐぎゃ!」


「きゃ!」


 前方から全速力で駆けて来た少年に気付かなかった少女達は、ボウリングのピンのように弾き飛ばされた。


「痛ったー!?」


「鼻っ! ハルカさん鼻打った!」


「な、なに?」


 突然の出来事に面食らい、三者三様な反応を示す少女三人は、道の真ん中で蹲りつつも直ぐに状況確認を行う。即ち衝撃の元凶に向けて、その視線を前方に這わせた。

 そこには、


「ひっぐ……、うぅ、あぁ」


 顔中の穴という穴から、汗、涙、鼻水、涎と体液を撒き散らし視線を泳がせる、見た目5~6歳程の幼い少年が居た。


「ね、ねぇミハマ。これって」


「うん、間違いない」


 そんな少年を一目見た少女達は――否、仮に少女達で無くとも、彼が正気ではないことは理解できただろう。

 少年は少女達と衝突したことにより出来た傷を一切気に留めることもなく、ただただ涙を流し衝動的に何も無い空間に向かって喚き散らしていた。

 何故、少年がこのような状態に陥っているのか、その理由に少女達は見当を付けられない。当然だ、少女達はただ道の真ん中で彼とぶつかっただけ、それ以上の関わりなどないのだから。

 だだ一つ言えるとすれば、その体の震えから、彼が何かしらの脅威から逃れようと必死にその足を動かしていたということだ。


「……どうする?」


「助ける」


「だよね」


 遠慮がち、とも少し違った態度でオトハが問いかければ、ミハマはそれに即答する。そしてそう答えることを分かっていたかのようにハルカが同調し、諦めたように溜め息を零す言いだしっぺは頭を掻く。

 もはや少女達に今日をどう乗り切るかという考えは存在しない。代わりに思考は、突如現れたこの半狂乱の少年に何があったのかという一点に割かれることになった。


 もし少女達の事情を知る人間が居たならば、その行いが現状の彼女達にとってどれ程までに愚かなのかを諭すことが出来ただろう。

 「自分達のことすら儘ならない状況で、どうして素性も知れぬ誰かを助けてやれるのか」と。

 勿論、困っている人間を助けることは決して間違いではない。むしろ胸を張って誇るに値する行いだ。

 だがしかし、今回に限って言えば、これは少女達の現状に対する無意識的な逃げからの選択であった。

 故に、これは現在抱えている問題を有耶無耶にし、再び先送りにするだけの遅延行為に他ならなかった。


「大丈夫? 立てる?」


 それに気付かない少女達は、ハルカに頼み認識阻害を解くと、今もなお錯乱状態で座り込む少年に手を伸ばす。

 それが縄張りを持たない少女達にとって、致命的な瞬間であることにも気付かずに。



「おや、ここにいましたか。それにお友達も連れて、殊勝な心がけで大変嬉しく思います。キヒッ」



「「「!?」」」


 ゾワリと、まるで巨大な怪物に背筋を舐められたかのような悪寒が、少女達を襲った。



※ ※ ※ ※ ※



「お会計、1840円になります」


「2000円で」


「頂戴します。――お釣りお確かめ下さい。ありがとうございましたー」


 渡された釣銭をバリバリと音を鳴らす財布に入れ、青年――伊江盛 座織はコンビニを後にする。

 店員から受け取った袋の中には、カップラーメンや日持ちするスナック菓子等の食料が大量に詰め込まれ、これから遠方にでも赴くかのような膨れ方をしていた。


「夜食分、あと非常用のストックとしちゃこんなもんか」


 何の気なしにそう呟くと、座織はふぅっと息を吐く。彼は本来、一人暮らしを始めてからは自炊すると心に決めていた。しかし魔法使いを名乗る少女達によってその気力を掻き消され、気が付けばコンビニに頼っていたのだ。

 一日目からずっこける不甲斐なさに気持ちを沈ませつつ、次こそはと息巻く。一度恒常化してしまうと、日を置くごとに徐々にやり直しが効かなくなる厄介さを彼は知っていた。


「いや、ほんと明日から頑張ろう。自炊」


 そして現在時刻は23時を回った頃、もう一時間もしない内に、自身が言う明日が来ることも彼は知っている。


「やっぱ、明後日からでもいいかな」


 気持ちの所為か、余計に重く感じる袋を握り直し、「後は帰るだけだ」と折れかけの心に渇を入れる。

 部屋で敷きっ放しにしている布団に思いを馳せ、一歩を進める活力にする。


――よし、いける。


 半ば空元気であることを自覚しながら、ようやく心の折り合い、もとい諦めを付けた座織は背筋を伸ばす。

 そんな時、ふと違和感を覚えた。


「あれ?」


 首筋の毛が、まるで静電気を貯えているかのようにチリチリと逆立つ。同時に身に覚えのないような、しかしどこかで経験したことがあるような感覚が、ゾワゾワと体を包み込んだ。


「なんだ、この感じ……。って、あれ?」


 しかしそれを知覚したその瞬間、何事も無かったかのように違和感が消え去る。

 一体何が起きたのか、逆立ったままの首筋の毛をを撫でつけながら、座織は特に頓着することなく帰路を歩き続けた。


「体調でも崩したのかねぇ。勘弁してくれ、明日は大学の入学式だぞ」


 立ち直らせた筈の心に再び陰りが出来るのを感じ、座織は肩を落とす。


――タッタッタ


「てか、なーんか熱っぽい気がしてきた。入学式だけだし、明日サボろうかな」


 無意識の内に、座織はそんなことを呟いていた。

 確かに、今の座織は非常に疲れ切っていると言えるだろう。そしてこの疲れは、翌日まで響くタイプのそれであることを直感的に理解していた。


――タッタッタ


「それに昼寝しちまったからなぁ、朝起きれるかもわかんねぇし。……っていかんいかん! この思考はマジで駄目やつだ!」


 考え方が怠け者のそれに陥りかけた直前、首の皮一枚といったところで、辛うじて理性が歯止めを利かせる。

 危ない危ないと滲み出る額の汗を拭いながら、座織はバクバクと音を立てる心臓を誤魔化すように、わざと大きめの声を出していた。


――タッタッタ


「にしてもホントどーすっかなー! 正直行きたくねーなー!」


途端、


「ぎゃ!」


「ぎゃああああああああ!」


 座織の腰にドスンと何かがぶつかるような衝撃と、それに伴う呻き声が揃って彼の元を訪れた。そしてそれが引き金となり、それまで聞こえていた物音に気付かない振りをしてやり過ごそうと考えていた座織の心の堤防は、いとも容易く決壊したのだった。


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