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1-3『現代の魔女裁判』

 声を荒げ、汗を流し、鬼のような形相で迫る座織に、少女は怯むことなく再び掌を向ける。

 座織は気付いている。そこから放たれるのは、容易に人を殺すことの出来る炎だということを。さっきは辛うじて躱せたが、次も躱せる保証など何処にもないということを。

 しかしそんな危険を承知の上で向かっていく選択肢を取ったのだ。彼にも何かしらの策があるのかと思いきや、


「越して早々ボヤ騒ぎとか洒落になんねーんだよ!」


 その実、全くの無策であった。

 呆れたことに、彼はこれ以上騒ぎを起こしたくないという一心のみで、その火口に自ら飛び込んだのだ。


「燃! え! ろー!」


 そんな座織に応じるように、一切の躊躇なく再び少女の掌から炎が放たれる。加えて少女の叫びと同調するように、炎は先ほどよりも更に勢いを付けていた。


――あ、死んだ。


 途端、威勢良く少女に立ち向かった筈の座織は、体中から力が抜けるような感覚に襲われる。

 それは目の前の炎に気圧されたからか、はたまた逃れられぬ死を悟ったからか。どちらにせよ、足を止めた座織の人生は、ここで終わりを迎えることとなる――筈だった。


「――え?」


 酷く間の抜けた声が、少女の口から零れた。その目は驚愕に見開き、掌を向けた仕草のまま硬直する。

 そして視線の先には、


「――?」


 頭に疑問符を浮かべ、その身は何事も無かったかのように綺麗なまま、火傷痕の一つも無い座織が立っていた。


「あれ?」


「ちょっと、え? あれ?」


 互いに互いが困惑する。

 片方は「確かに食らった筈なのに」と、もう片方は「確かに当てた筈なのに」と。しかし、そこから座織の行動は速かった。

 即ち、再び少女の方へ向き直ると、そのまま勢い良く飛び掛ったのだ。


「きゃあ!」


 少女は突然飛び掛ってきた座織に対応し切れず、背中から倒れる。

 そして座織も、そんな少女の隙を逃さず覆いかぶさるように腕を押さえつけた。


「変態! 離せ! そんでもって死ね!」


「うるせえ! こちとらマジで死ぬかと思ったわ!」


 姿勢はそのままに、二人の言い合いが始まる。

 もはや「誤解を解こう」とか「こいつを燃やす」とか、互いにそんなことはどうでもよくなっていた。

 代わりに一方は「あの炎はなんだ危ねえ!」と、もう一方も「どうやって炎を消した!」と、そんな当初の目的とズレた言い争いに発展していた。


「てかいい加減離せ! 大声出すわよ!」


「もう充分出てんだろーがよ! それに離したら、また炎出すだろ?」


「当然」


「ほらやっぱり!」


 終わりの見えない言い争いが続き、互いに我慢の限界が迫る。いや、始めから我慢などしていないのだが。

 しかし物理的に状況が入れ替わった少女にしてみれば、これは耐えねばならない状況でもあった。

 なぜならもし少女が再び炎を放とうものなら、それは間違いなく放った本人にも影響がでる。それほどに二人は接触しているのだ。

 けれどいい加減我慢の限界が迫った少女は、捨て身の覚悟で体に力を入れ始める。微かに体温が上がり、座織も何かを感じ取ったように冷や汗を流した。その瞬間、


「あの、とりあえず冷静になりませんか? お互いに」


 突然現れた黒髪おさげの少女によって、その行為は遮られた。



「つまり、あんたは新しく引っ越してきた住人で、別にハルカを襲おうとした訳じゃないってこと?」


「ちょいちょい間が抜けてる気もするけども、概ねそんなところだ」


 突如として現れた、黒髪を片方に纏めたおさげの少女『ミハマ』が、炎を放つ少女『オトハ』を宥めどうにか場は沈静化する。

 そして「一旦状況を整理してみよう」という提案から、座織の部屋で事の顛末について説明することになったのだ。


「本当なの、ハルカ?」


「うーん……、本当だよ……」


 審議を諮る為無理やり起こされ、まだ寝足りないとでも言いたげに目を擦るハルカと呼ばれた少女は、座織がした説明を肯定する。


「本当に? 騙されてない? 脅されたりしてない?」


「信用ねぇのな俺」


「少し黙っててください」


「あ、はい」


 ミハマから威圧するように睨まれ、座織は黙って口を閉じる。

 色々と理不尽を感じながらも、確かに彼女達が話すターンだと飲み込んで、今はおとなしくしていることを選んだ。


「よーく思い出しなさいハルカ。あの男が下卑た表情といやらしい手つきであなたに迫ったその瞬間を」


「うーん、そう言われてみれば、そんな気もしないでもなくもないような気がしないでもないような」


「異議有り! そんな事実はどこにもない!」


「被告人、静粛に」


 選択を棄却、やはり黙ってはいられなかった座織は異を唱える。そしてそれをミハマが嗜める。半ば茶番劇になりつつあるが、これで彼は相当に必死だった。

 もしこれで騒ぎの非が自身に有ると彼女ら全員に判断されれば、彼にしてみれば物理的に命の危機である。


 炎を放つ少女、オトハ。騒ぎの原因、ハルカ。第三の少女、ミハマ。

 炎を放つ、の時点で異常な少女とその仲間達。ハルカとミハマ、二人がただの少女だとどうして思えようか。

 さっきは運良く制圧出来たが、次は相手が三人。一瞬オトハの炎の前に怯んだことも相まって、座織はこれ以上立ち向かう勇気を持ち合わせてはいなかった。

 故に、


――どうか、正当な判決が下されますように。


 ミハマに両手で口を押さえられ、喋ること封じられた座織は心の中で神に祈る。しかし判決を下すのは神ではなく、この問題において第三者でありながら、その実少女達の仲間であるミハマ。

 (もしやこれは、現代の魔女裁判ではないか?)と、座織は払いきれぬ不安を抱いていた。果たして結果はというと、


「紛らわしいことしたハルカが悪い」


 神は目の前に居たのだと、座織は天を仰ぎ両拳を突き上げる。今、彼の瞳には、天井の染み一つ一つが星のように輝いて見えていた。

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