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1-1『四月一日、新居にて』

『一ヶ月以上行方不明となっている児童三人は、未だ捜索が続いており――』


 半開きのドアの隙間から聞こえるラジオの音に、黒髪にオールバックの青年は眉間に皺を寄せ、元々鋭い三白眼を更に細める。

 内容は児童連続行方不明事件、ここ最近様々な地域で一定数の児童が次々に行方を晦ませる事件のことだった。

 さて、この事件が青年にどんな関係があるのかと問われれば、実のところ全くない。それこそ、ニュース等で度々小耳に挟む程度である。

 ではなぜ青年が反応を示したかといえば、


――引越し初日に聞いた最初のニュースがこれって、なんか縁起悪いな。


 理由はこんな他愛も無いことだった。勿論、青年とて事件の早期解決に越したことはないだろうと思っている。

 居なくなった児童は未だ誰一人として発見されていないらしく、世間では暴行目的の誘拐や拉致ではないかという声も上がっているのだから。

 しかし自身が当事者になることはないだろうと思っている青年にとって、それは対岸の火事程度の認識でしかなかった。


「お、あったよあったうぉっゲホッゲホッ!」


 青年がそのようなことを考えていると、ドアの向こうから年寄り特有の嗄れた声と咳る音が聞こえる。

 声のする方へと視線を向ければ、腰をくの字に曲げた老婆が激しく咳き込みながら、ヨロヨロと覚束ない足取りで姿を現した。


「……あの、大丈夫っすか?」


 肺をそのまま吐き出しそうな勢いで咳き込む老婆の姿に、青年は堪らず声を掛ける。


「ゲッホヴォエェ……カーッ、ペッ! すまないね、鍵探してたら埃立てちまったよ」


 そう言いながら、老婆はドアの隙間からその手に持った鍵を差し出す。

 なんとなく餌を貰う猿の気分になりながら、青年は鍵を受け取った。


「ありがとうございます。管理人さん」


「いいさ、仕事だからね。しかしお前さんも物好きだ、あんな部屋を借りたいなんてね」


 老婆――管理人は鍵を渡し終えるとそれだけ言い残し、そそくさとドアを閉める。それはまるで、これ以上の関わり合いを避けるかのような印象を青年に与えた。


「ワケあり、とは確かに聞いてたけど」


 青年は管理人の部屋から離れ、目的の部屋がある二階を見上げると、


「一体なにが起こるやら」


 ほんの少しの強がりを込めて、静かにその息を呑んだ。



「――そんなこんなで到着っと」


 青年は目的の部屋、202号室に到着すると深く呼吸をして息を整える。別段疲れた訳ではない、軽く気持ちを落ち着ける程度のものだ。

 彼は特別怖がりという訳でもないのだが、あのような言い方をされれば聊かの不安を感じてしまうのも仕方ないだろう。

 とは言いつつ初めから訳有り物件と知った上で借りることを決意したのだから、青年にとって今更引き下がるわけにもいかなかった。

 もっとも、


「今日からここが俺の城か」


 僅かに上がる口角を自覚しながら、青年はそんなことを呟く。アレコレと不安を感じていながら、その実相応に期待もしていた。

 初めて親元を離れ一人暮らしを経験するのだ、誰の目も気にすることなく自由に過ごせる空間とあらば、自然と胸が躍るのも致し方ない。


「っし」


 青年は気持ちの整理を済ませ意気込むと、鍵穴に向けて鍵を持った手を伸ばす。そのまま差し込み捻ると、ガチャりと鳴る音と共に手応えを感じた。

 それに反応して、落ち着かせた筈の心臓が再び鼓動の速度を上げ否応無く青年の気を昂らせる。そして遂にドアノブを捻ると、そのままドアを引き部屋へと一歩、足を踏み入れた。



 青年――伊江盛 座織は、この春からアパートで一人暮らしを始める新大学生である。


 彼は生まれも育ちも平々凡々。両親も、サラリーマンの父と専業主婦の母というどこにでもある家庭だ。別段これといった不満も不便なく、両親に愛され生きてきた。

 そんな彼がどうしてこんな訳有り物件を借りることになったのか、それを語るには少々時間が掛か るため一言にまとめると『自分のケツを拭く時が来た』ということだ。


 ある出来事がきっかけで、将来を真剣に考えようとせず、日々目標もなく適当に生きてきた。

 どうせ将来はなるようになるだろうと、そんなことを中学時代から思うようになった。

 そんな毎日を続けた結果、ふと目が覚めた時には高校3年の夏。人生というものを真剣に考えるには、余りにも遅いスタートを切ることになった。

 そして、


『良かった……良かったッ!』


 危機感に駆られた座織は死に物狂いで勉強し、どうにか入試を突破。大学へ入学する権利を獲得した。底辺大学、俗に言うFランに。

 とはいえ、もとより勉強がそれほど得意でない座織からしてみれば、それが相応でもあったのだが。


 しかしそこで新たな問題が発生した。

 それは、自宅から毎日通い続けるには無理がある距離にその大学があったこと。

 当初は寮生活を考えていたが、評判によれば置き引き窃盗は当たり前。喧嘩や騒音は日常茶飯事、噂では過去に薬物の売買までしていたという、大学のランクに見合った徹底ぶりに両親が大反対。

結 果、大学からそう遠くない場所で格安で借りられる物件を探し続け、


「なんか臭うな、この部屋。全体的に甘ったるいような」


 訳有り物件として格安で提供されていたこの部屋を見つけた。

 聞けば、夜中に子供の話し声がするだの、誰も居ない筈なのに物音がするだの、ポルターガイストが発生するだの怪奇現象に事欠かず、住むと決めた時も色々と説得された。

 果ては「やはり貸せん」と大家がメチャクチャなことを言い出す始末。だがそれに負けじとどうにか粘り通して手に入れたのだった。


「なんじゃこりゃ」


 そんな粘り勝ちの末に手にした部屋に入ると、座織は早々に呆れた声を出した。

 見ればそこかしこにお菓子の屑やスナック菓子の袋が散らばっているという、本来ならばあり得ない光景が広がっていたのだ。

 誰も住んでないのだから、普通なら清掃や点検をしに来る業者ぐらいあるだろうと座織は溜め息を吐く。

座 織の見た範囲に限られるが、まだ虫が沸いていないのは不幸中の幸いだろう。


――これ、俺が片付けなきゃダメか?


 そんな考えが頭を過って数秒、


「だよなー……」


 一人自問自答を終えた座織は、部屋に散らばるゴミの掃除を始める。

 同じ部屋の中、押入れの隅で息を潜める何者かの存在に気付くこともなく――。

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