アニマレイズ
巨大な格納庫の様な部屋の扉を開けて入ると、整備士たちが汗を流して各々の仕事に励んでいるなか、この場に似つかわしくない、色素の抜けた淡い紫色の髪の毛を巻いて、その上に小さな王冠を乗せたゴスロリ風のドレスを着た、まさに西洋ドールみたいな色白の幼い少女が見えた。
片腕には、彼女にとってはお気に入りなのだろうが、普遍的に可愛さから程遠い醜い人形を抱きかかえ、何か不満そうに怒ったような顔で、燻んで光の無い瑠璃色の瞳を細め、見上げている。
彼女の視線の先には、20メートル程はある巨大建造物が配置されていて、天井に吊るされた照明に無機質なボディーが不気味に照らされ浮かび上がる。
「job試験お疲れ様でした、アニマレイズはゲムイチソの魂を召喚できましたか?」
「できたぞ、だが体が小さすぎて本来の力が全く発揮できなかった様だな。“本体”はまだ完成しないのか?」
少女に話しかけたのは白衣のミニから大胆に脚を露出させた長身の女、近くにいた整備員の男が所長と呼んでいたので、研究所の所長、御代妃華梨だろう、ホームページでは髪をしっかりセットして顔を写しているように見えたが、違うな。
生で実際に拝顔してみれば、前髪などは適当に自分で切ったのだろう、不揃いであった。
肩に掛かる程度の癖髪も不揃いだが、その癖のせいでそれなりにセットしてあるように見えるだけだ。
(まるで女を捨てて研究に明け暮れているようだ、この女がスマホを今の形に昇華させたのだからありがたくは思う、以前の型は機能面のみで見た目からダサかったしな)
御代所長が現れてから、イーストエッグを超えた世界中で大きな産業革命が起きている。
個人用携帯端末は、4大陸の中で最も田舎くさい国ウエストロッドに住むかみやふくべぇという謎の男がその仲間たちと共に開発し以後数年その形は変わることなく続いていた。
(恐らくは、所長も概念能力者で、創造系の能力を持っているのだろう……)
そして、このマッドドッグスのボス、退廃のアリサこと獅子王アリサ。
6才の誕生日を迎え、job職の一つ“魔術師”となる試験を終了し、晴れて魔術師となって帰還したわけだ。
(アニマレイズ……、確か魔術師のスキルの中でもっとも使えないカススキルだったはず、そんなスキルを覚えるためにわざわざ魔術師になったというのか?)
腕に抱き抱えられた人形と、建造中の物体は等身が違うが同じもの……か。
(なるほどな……)
建造中の物体へ視線を戻す。
(試してみるか……)
天井に釣らされた照明の留め金付近に小型爆弾の生成を試みる。
先程のナイフと違い、構造が複雑であると生成に時間がかかる。
流暢に会話してくれていたお陰で今回は間に合いそうだが、実戦では要検討しなければならなそうだ。
完成と同時に爆破させ、二人の頭上で派手な破裂音が響いたと同時に巨大な照明機器が彼女たち目掛け落下する。
「…………ッ! 危ない! アリサ様!」
(マッド・ドッグスのボス……、このくらいの危機防いで……、な!?)
照明が外れた音を覆す轟音と共に、巨大建造物の腕が伸び落下物を殴り飛ばした。
「だ、大丈夫ですか!?」
「どうして照明が……」
整備士達が慌てて駆け寄って行く。
「あーあ、シグくん知らないんだ~」
「ん? なにかしたか?」
隣りにいた穂邑が、ニヤけながら距離を置く。
とぼけていると、獅子王アリサの視線が突き刺さる。
「キミは……おおっ、繭から孵ったのか!」
そう言葉を発したのは所長の方で、若干浮かれている様子だ。
どうやら、俺が復活したことを喜んでいるようだ、その俺に殺されかけたことも知らずに駆け寄って……。
「御代、止まってて」
「え?」
「なんだ……!?」
アリサの背後からぬいぐるみが現れる、その数は5。
「……いけ」
そのまま腕を伸ばし命令を下す素振りを見せたと同時にぬいぐるみ達が襲い掛かってきた。
これが、ヤツの能力、人形を操る能力なのか。
「ちっ……しょうがねぇ……」
こちらも武器を生成し迎え撃つ。
原始的なただの槍や薙刀を生成。
単純な武器なら即座に同時に生成してもさほど時間はかからない。
「おっと……オラアッ!!」
そして、槍を左手で持ち即座に飛びかかってきたぬいぐるみに突き刺す。ぬいぐるみの軌道は至ってシンプルに一直線、迎撃は余裕であった。
重なっていた分合わせて2体同時に仕留め、残りのぬいぐるみを薙刀を振りかざし追撃を躱す。
「これで終わりだ!」
そして最後の1体に渾身の力を込めて、刀を振り下ろす。と同時だった、アリサがjobスキルを唱えた。
「……アニマレイズ!!」
「なにっ!?」
呪文を受けたぬいぐるみは発光し、強化されたのかインパクトの瞬間薙刀の方が折れてしまった。
「キキ……キキ……ッ」
「ぬいぐるみが声を……?」
先程までただのモノであったぬいぐるみに、魔術師のjobスキルアニマレイズによって魂が憑依した。
だが人の魂ではない、どうやらその辺に散らばる魑魅魍魎の類、闘争心も殺気も剥き出しの状態でこちらに意識を飛ばしてくるのが伝わってくる。
相手を見据え武器を構えるが、制限時間だった。
能力によって生成された武器が消滅する。
その瞬間、ぬいぐるみは素早く飛びかかってくる。
ちなみにぬいぐるみの見た目は蟹、超リアル系大型海鮮ぬいぐるみシリーズとか最近流行っている。
くだらない雑知恵に捕らわれている間に目前まで迫ってきた蟹が巨大な挟を振り下ろそうとした所で、蟹の動きは止まった。正確には止めたのだ。
「雑魚は網にでも掛かってな」
鎖の付いた猛獣向けの捕獲網を生成し、捕獲する。
鋼製の材質のつもりなのでぬいぐるみの挟みでは切断できないとは思うが、能力で操作されている状態なので油断はできない。
捕らえている隙に、時間をかけて強力な兵器を生成する。
「消えろ。木っ端微塵にな!」
スーパーパワーライフルを生成し、自ら作った網ごと吹っ飛ばす。
蟹のぬいぐるみが粉砕され、中身の綿が燃えて散らばった。
煙を感知し火災警報器のサイレンが鳴り響き、倉庫内は騒然となる。
「ふむ……なにやら色々と作っては出す能力か……、私と違って使い勝手が良さそうだな」
スプリンクラーによって消火活動が始まり、噴煙をかき分け現れたのは、余裕の笑みを浮かべる少女。
最初の可愛げのない威厳たっぷりの姿と一変し、年相応……玩具を見つけた無邪気な子供そのもの目を輝かせている。
「へぇ、仏頂面しかできないガキだと思ったが、そんな顔も出来るんだな」
「……わたしをなんだと思っている、初対面で失礼だな」
「だが、お互いに自己紹介は出来たじゃないか、俺は六道 紫空真……よろしくな」
「獅子王アリサだ」
「いやぁ~、能力者らしい簡素な自己紹介でしたねぇ~」
「お前は今まで何処にいたんだ」
ちゃっかり逃げ隠れていた穂邑が一人だけ傘をさしながらスプリンクラーの雨を躱しながら現れた。
「あはは~……お礼はそれくらいでいいんですかぁ?」
隣にきて挑発気味に耳打ちしてくる。
「何を言っている、今のは本当にただの挨拶さ、能力者として転生出来たことはありがたく思っているしな」
「へぇ~……以外としたたかな人だったのですねぇ」
「お前こそメディアのイメージとは違うみたいだな、ファンが泣くぞ」
「えー」
「穂邑さまお仕事の時間です」
「はぁい。じゃああたしはこれで~。シグくんまたねー」
穂邑がマネージャーに呼ばれて行った。
作業員が破壊したアリサのぬいぐるみを片付ける為に集まってきた。
「お前の大事なぬいぐるみ壊しちまったけど良かったのか?」
「ああ……それは問題ない……よね……ママ……」
「ママ……?」
アリサの背後から再び人形が現れる。
やや古びた大型のアンティーク・ドールだ。
「……あら、私……は……」
「ママ……ママはアリサの人形として蘇ったんだよ……」
「――!?」
概念能力で呼び出した人形に流れるような早さで「アニマレイズ」を唱え、人形に魂が付与されるが、今度は先のぬいぐるみに憑依した魑魅魍魎と違い、はっきりとした人間霊、生前の人間に縁のある依代を使うことで、確実に会いたい人物の魂を呼び出す事に成功したのだ、アリサの母親が憑依した。
「そう……魔術によって呼び出されたことはわかるけど、アリサちゃんが人形として蘇らせてくれたのね……ありがとう……」
「ママの夢だったからね……」
彼女の能力は全て死んだ母の為なのか、先程バトルをした後と思えないほどに、今は達観し澄んだ瞳をしていた。
「ママは、人形を作るのも直すのも得意だったよね……これからはアリサの為に人形師として生きてもううから……、ジュ・アンテルディ!!」
「なっ――!!」
アリサが冷たく微笑みながら、アニマレイズによって降霊した母親のアンティーク・ドールに概念能力による操作を強制する。
母親人形は、見事な手さばきで破壊されたぬいぐるみを修復する……。
(ありえん……! ほぼ粉砕し、焦げた綿と化したぬいぐるみが元通りになるなんて……)
生前はどれ程に腕の立つ人形師だったというのか、いや、これがアリサの真の力なのか?
アニマレイズによって達人の魂を降霊し、その実力を自らの能力で昇華する……。
なるほど……、奴がここのボスである訳だ。
「ママ、次はゲムを完成させて」
「おお……ついにゲムイチソが」
ゲムイチソと呼ばれる未完成の建造物がみるみる作り上げられていく……。その鮮やかさに思わず見惚れていると、御代所長が声をかけてくる。
「お前には、能力者として少しこれからのことを話しておきたい、あとで私の部屋に来てくれ」
「……能力者として? 俺もヒマじゃないんでね、今聞けるものなら聞いておきたいんだが?」
「いや……しかし……」
答えづらい内容なのか、視線がさまよっている、コイツはわかりやすいな。
それを隣りで聞いていたアリサが示唆する。
「お前はこの能力が何のためにあるかわかるか?」
「何のために……? 概念能力は、自分の存在意義、深層心理の中の自分自身が能力となり存在するんだろ?」
真剣な顔で見上げる少女を見下す、アリサはそのまま踵を返し背中を向けて言った。
「…………少し外を歩いてくるが良い。自ずと答えが見つかるだろう」
「なに?」
何が不満だったのか、答えは不正解だったらしい。
よくよく考えてみれば、概念能力の意味でなく、その存在意義を求めた問だったのだろうから、ヤツの期待に添えなかったのは当然か。
刻は丁度昼を指していた。




